44.彼女 パン屋にマヨネーズを教える
主人公の康史は女体化中。
康史の偽名→ココア・コーヤマン
深沙央の偽名→ミサ・ミクライアン
見てみれば魔法士クラスのトーワが、騎士クラスの生徒に取り囲まれていた。なんだか言いあいになっているみたいだ。
不穏な空気を感じた俺は、さり気なく近づいてみた。
「あの? トーワさん」
トーワと騎士クラスの生徒が一斉にこちらを向いた。雰囲気からして相当マズイご様子だったみたいだ。
「あ! ミサ・ミクライアン!」
騎士クラスの一人が深沙央さんを見て声を上げた。ミサというのは深沙央さんの偽名だ。
「この子がキャリバン先生を負かしたっていう留学生」
「どうして魔法士と一緒にいるの?」
「私の国では騎士と魔法士は仲がいいの。それに同郷だし」
深沙央さんはしれっと答えた。
「同じクラスのサッチャーさん。それと先輩方ですよね。どうかしたんですか」
「いや、何でもないわ」
「トーワ、逃げるなよ」
深沙央さんに聞かれると、騎士クラスの生徒はよそよそしく去っていった。
「誰が逃げるものよ」
「トーワさん、何かあったの?」
「何でもないわ。……騎士クラスの人と仲がいいのね」
トーワは深沙央さんを一瞥した。
「一緒に留学してきたからね」
「この学院ではあまり行動を共にしないほうが良いわ。好奇な目で見られてしまうわよ」
なんだよ、それ。
「トーワ!」
一人の女子が駆けてきた。制服を着ていないので、学院の生徒ではないことが分かった。
「クエナ」
「お待たせ。一応作ってきたけれど」
クエナという子は袋からパンを出した。そのパンは形が悪くて焦げ付いている。
「また失敗したのね。いつになったら店に出せるパンが作れるの?」
「ごめんね。さすがに今日の出来だと食べられないよね」
「いいえ頂くわ。クエナが作ってくれたものですもの」
トーワは財布から銅貨を出した。
「こんなパンでお金は受け取れないよ」
「このお金で材料を買って、またパンを作ればいいのよ。不断の努力を続けなければ、いつまでたっても上等なパンは作れないわ。毎日言わせないで」
トーワは中庭のベンチに座ってパンを食べだした。真っ黒で硬そうでとても美味しそうではない。
クエナは嬉しそうに、その様子を眺めていた。
「私たちもランチにしましょう」
深沙央さんに促されて、ちょっと離れたところにあるベンチに腰をかけた。
「じゃ~ん。エビマヨサンドよ。早起きして作ってきたの」
「この季節にエビマヨって大丈夫?」
「アイテムバッグの中に入れてきたんだから、痛みはしないわ」
それなら安心だ。俺は彼女の手作りサンドイッチを頬張った。ああ、幸せの味がする。
「クエナ! こんな所にいやがったか!」
見れば体格のいいオッサンが走ってきた。
「お譲さんにパンを届けるのはいいが、いつまでも仕事を離れるんでねぇ。厨房は人手が足りねーんだ。旨いパンが作れないのなら雑用だけでもしっかりやりやがれ。ただでさえウチは貧乏パン屋なんだ。働かない人間は置けねぇぞ!」
「ごめんなさい。親方」
クエナは深々と頭を下げた。
「親方さん。私がクエナを引き留めたんです。申し訳ありません」
意外にもトーワは謝罪をした。
「いいえ。お譲さんが悪いんじゃありません。うちのクエナが熱心ではないだけですから」
「ごめんなさい。私、熱心なつもりだったけど、熱心になりますから」
「さぁ仕事に戻るぞ。あ、お嬢さんがたもお騒がせしてすいませんね」
親方は俺たちに気付くと頭を下げた。そして立ち……去らない。
「お嬢さんがた、それは一体?」
その目は俺たちのエビマヨサンドをジッと見ている。
「エビとマヨのコラボが何か?」
俺が聞くと親方は恐縮した様子で返してきた。
「すいやせん。私は街でパン屋をしているんですが最近は客の入りが悪くて、昼と夜だけでも厨房の仕事をさせてもらっている身分の者です。ところでお嬢さんがた、その手にあるサンドイッチは何ですかね。見たこともない代物なので、つい」
この世界ではエビマヨサンドはないみたいだ。
「塩茹でしたエビとマヨネーズを絡めたものよ」
深沙央さんが親方に説明した。
「マヨネーズ?」
「えっと、玉子と塩と食用油、それにお酢と粒マスタードを混ぜ込んだものよ。私はレモン汁も加えるけど」
「お酢といえば物好きしか買わない調味料ですよね。粒マスタードなんて入れたら辛くなるだけですよ」
「良かったら、どうぞ」
エビマヨサンドをちぎって親方に渡した。
「こ、これは! この黄色いソースは!」
「おいしいでしょ」
「お嬢さん。このエビマヨサンドとやらをウチの店で出しても良いですかい」
「ご自由に。マヨネーズはいろんな料理に使えるわよ」
「これを出せば客が殺到するぞ。仕事が終わったら早速店に帰って作ってみます」
「良かったね親方。繁盛するといいですね」
親方とクエナは走っていった。
「嵐のようだったな」
「人の役に立てたみたいね」
俺たちはランチを再開した。俺は不思議そうに見て来るトーワの視線に気付いた。
「トーワさんも食べる? エビマヨ」
「……いらないわ」
トーワは去って行ってしまった。
午後の授業も理解不能だった。魔法とは何ぞや。
「今日の授業はここまでです。みなさん寄り道せずに真っ直ぐ帰るんですよ。吸血魔はまだ討伐されていません。決して一人では帰らないように」
ドトーナ先生が帰りの挨拶をすると生徒たちは帰っていく。帰るといっても少し離れたところにある学生寮に移動するだけだ。
中尉の話だと吸血魔は神出鬼没。登校時や下校時、放課後、休日問わず狙ってくる。
学院側は最初の事件以降、登下校時は生徒の複数行動を推奨して、放課後や休日は寮から出ないよう徹底させていた。
それでも遊びに行きたくなってしまうのが、俺たちみたいなお年頃なんだけど。
生徒たちはみんな、連れだって教室を出ていった。トーワだけが一人で出ていく。
もしかして一人で帰るのかな。吸血魔にとっては格好の標的だ。俺は追いかけた。
「トーワさん」
校舎に出たところで、やっと捕まえる。
「何?」
「えっと、一人で帰るの? 先生が友達と一緒に帰るように言ってたよ。良かったら一緒に寮まで」
「気にしないでいいわよ」
「でも……」
そのとき集団が俺たちの前を横切った。制服は騎士クラス。でも先頭にいたのはウチのクラスの女子だった。おとなしい印象の女子だ。
「名前はたしか」
「マリッパ・ノーグルよ」
トーワが教えてくれた。
「マリッパさんは騎士クラスの友達が多いんだね」
「そうね。でも同級生ではないと思うわ。見慣れない顔ですもの」
「そうなんだ」
「……はっきり顔を覚えているわけではないから、なんとも言えないけど」
そう言うとトーワは歩きだした。引き留めようとすると深沙央さんがやってきた。
「康史君。こんな所にいたのね。さっきの集団は康史君のクラスの人たち?」
「先頭にいたのはウチのクラスのヤツだよ。ほかは騎士クラスの人たちだよね。深沙央さんのクラスの人はいた?」
「え? 全員魔法クラスの子だったわよ」
ん? なんだか話がかみ合わないな。トーワはもう帰ってしまっていた。




