41.俺 彼女の前で女装させられる
「神山康史、巫蔵深沙央。二人には王立騎士・魔法士養成女学院に潜入してもらいたい」
王国軍の参謀本部からやってきたイケメン士官のバラケッタ中尉。そんな彼がおかしなことを言い出した。なんですと?
「女学院の生徒が立てつづけに吸血魔に襲われる事件が一年前から続いている。不幸中の幸いか、吸血魔は上級でないらしく生徒の吸血魔化は確認されていない。軍は各方面から吸血魔を見つけて討伐しようと躍起になっているが、なかなか尻尾を出さないのだ」
廊下からは
「深沙央様とバラケッタ様ってお似合いじゃない?」
「きゃ~、理想のカップルって感じよね」
「どうする? 中尉さんがお屋敷に住むことになったら? 毎日声かけられちゃうかも」
うるさいよ、外野。
中尉は咳払いをすると話を続けた。
「一ヶ月に一度の襲撃が、最近では一週間に一度。頻度が上がっているのだ。そこで二人には学院に潜入して内部から生徒を守り、吸血魔が襲ってきた際には倒して頂きたい。もちろん軍は外部から捜査を続ける。引き受けてもらえないだろうか」
「わざわざ康史たちを使わなくても護衛をつければいいじゃないか」
アラクネが中尉に尋ねた。
「もちろん学院や寮には護衛兵をつけている。だが生徒の数が多すぎて一人一人に護衛は付けられない。生徒の中には自分たちで吸血魔を倒そうと考えている娘たちもいる。さらに学院はもうすぐ夏季休暇に入る。生徒が寮生活を送っている今はともかく、散り散りになってしまったら全員を守るのは難しいのだ」
この世界にも夏休みがあるんだな。
「とても参謀本部からの要請だとは思えないけど」
深沙央さんの指摘に中尉は困った顔をした。
「実は学院の教職員の中に軍上層部の血縁者がいる。そこから参謀本部にも問題解決の指示が来た。できれば明日から潜入してほしい」
深沙央さんは乗り気ではなさそうだ。
「急な話ね。私は前線に出て、王や幹部を引っ張り出したいんだけどな」
「潜入捜査をしようにも軍には年頃の人間はいない。君たちの協力が必要だ。今後、戦場に敵将が出たという報告があれば、真っ先に君たちに伝えよう。遠征する際には援助させてもらう」
「まぁ、そういうことなら……」
深沙央さんは頷いたけど俺は疑問だ。
「中尉、学院って女子校だよな。俺はどうやって潜入するんだ」
俺はバカだから教師役は無理だし、学校司書をやるにも漫画ばかり読んでいて本のことはさっぱりだ。やるとしたら用務員か清掃員かな。中尉はフッと笑った。
「簡単だ。女装すればいいだろう」
なんだと! しかも晴れやかに言いやがった。
「待ってくれ。それは無理だ。潜入するんなら本物の女子のほうが良いって。軍にはパティアたちがいるだろ。ちょうど年頃の女の子だ」
「大佐たち異能者は顔が割れている。むしろ王都では有名人なのだ」
そうなの? ガルナを見ると口笛を吹いていた。
ルドリアとブロンダが説明してくれる。
「定説。説明。特にガルナは巷で問題を起こしすぎ。良くも悪くも。以上」
「ナンパ男から助けてあげた女の子が、この前までお弁当を持って軍本部まで通いに来てたんだよね」
そういうのって俺の役目だよね?
「でも女装って……そうだ。騎士の養成学校だよな。だったら本物の騎士のシーカに行ってもらうのはどうだ?」
「学院の教職は騎士の転職先のひとつです。知り合いに会ってしまうかもしれません」
そう言ったシーカは中尉をチラリと見た。
「今回の潜入捜査の件は一部の教職員にしか通達していない。現役が学院にいたら捜査員だとバレてしまう。いずれ生徒にも伝わり距離を置かれてしまうだろう」
「だからって女装して女子校なんて行けるかよ。彼女の前で女装なんてダメだろう!」
「女装の何がダメなのだ!」
中尉は立ち上がった。拳を握って熱く語りだす。
「神山康史。キミには女装してはいけない決まりなんてない。世の中にはカツラや化粧品があるのだ。つまり女装してイイ権利が男にはあるのだ!」
「何を言ってるんだ、このイケメンは!」
「それに貴族には有事の際に民草を守る義務がある。人を襲う吸血魔を放置しておくわけにはいかない。さらに貴族が民から税を徴収して生活しているのは、いざという時に民の剣となり戦うためだ。神山康史、今がそのときだ!」
「税を徴収って。そんなことしてないぞ」
「康史様。してるんですよ」
シーカ?
「爵位をもらうと同時に国から毎月生活費が支給されます。生活費は税金で賄われています。今月分は既に頂いていて、みなさんの食費に使っているんです」
「マジか! ところで中尉、民草のためとは言うけれど、王立の女学院に通っている生徒は、どうせ良家の娘なんだろ。民草じゃない!」
「次の標的は民草かもしれないだろ」
「ちくしょうっ。深沙央さん。彼氏の女装姿なんて見たくはないだろ!」
「え? 別に、そんなこと……フフ……ないわよ」
「ワクワクしないでくれ。それに中尉、この屋敷には都合よくカツラや化粧品なんてないんだぞ」
「心配するな。既に用意は万端だ」
中尉はイキイキしながら、バッグから高価そうな化粧道具一式とカツラ、女学院のものと思われる制服を出して見せた。女子たちから「わぁっ」と歓声が上がる。
どうして制服を持っていることはスルーするんだ。
「さぁ、神山康史」
口紅を持った中尉がジリジリと迫ってくる。退こうにもアラクネやガルナたちが退路をふさぐ。こいつら面白がっていやがるな。
深沙央さん、助けてくれ。深沙央さん、どうして笑いをこらえながら俺を見ているんだ。
「とりあえず、やってみたら?」
「ちくしょうっ」
「神山康史。安心しろ。私自ら化粧を施してやる。可愛くしてやろう」
「くそっ。やっぱりイケメンは消えてなくなれ!」
「思っていたのと、なんか違うと思うぜ」
「康史ってナヨナヨしてるし、男らしくないからイケルと思ったんだけどな」
「どちらかっていうと気持ち悪いよね」
女装した俺に向かって、みんなが口々に落胆の言葉を放った。
「この私の技術を持ってしても、無理なのか」
中尉は化粧道具を落とした。
だから言ったんだ。鏡を見た俺自身の感想は「二度と見たくない」だった。
そりゃ俺は男だし。化粧して女子の制服着たって可愛くなんねえよ。
「落ち込むなよバラケッタ中尉。康史の場合は、その、なんだ。基本がいけないんだ」
「ダメなものはダメなんだよ」
女装させられた挙句、ダメ出しを喰らう俺。今晩俺は全力で俺を慰めてやろう。
「これじゃあ女子校潜入は無理だな。中尉、あきらめてくれよ」
そう言いつつも、深沙央さんにだけ大任を押し付けるのは気が引けるんだよなぁ。
「ならば小生が力を貸してやろう」
心の中のドラゴンが語りかけてきた。俺と同化したドラゴンだ。
「ドラゴンって女装の補助もできるのか?」
「大層なものではない。小生が少しオヌシの前に出ればいいだけのことだ」
どういうことだろう。ドラゴンと女装の共通点が見当たらない。
「簡単なことぞ。小生は人間でいうところの女にあたる。その小生がオヌシの表面に少しでも顕現すればいいだけのこと」
「え! ドラゴン、女だったの?」
「失礼な! 気付かなかったのか!」
「もしかしてエンシェントドラゴンが現れた途端、急に素直になったことや、話相手になってほしいって言ってたことって。もしかして恋……」
「聞かせるな! 恥ずかしい! オヌシは可愛くなりたいのか。そうでないのか!」
「なりたいですっ。深沙央さんと一緒の学校に行きたいです!」
「ならば少し前に出るぞ。えいやぁっ」
すると……身体が一瞬痛んで……おおっ
周囲からもざわめきが起きる。
「康史君、よね?」
深沙央さんが恐る恐る聞いてくる。俺は自分の身体を確認した。
「これは!」
胸がある。髪が伸びてる。全身が柔らかい。鏡を見ると、そこには可愛い女の子がいた。
「さすが康史君よ。私よりも背が低くなっているのが不思議。ふふ」
「ドラゴン!」
「うむ。必要に応じて元に戻したり変身させたりしてやろう」
「これはもはや女装ではなくて女体化というものなんじゃ」
今まで遠巻きに俺を見ていたシーカ達が近づいてくる。
「康史様、すごいです。可憐ですよ」
「本当の女子になるなんてな」
「これなら潜入してもバレませんね」
「神山康史。キミってヤツは、なんて逸材なんだ! 素晴らしい!」
ずっと肩を落としていた中尉が瞳を輝かせて俺の肩を揺さぶった。
「よし。今度はこの化粧品なんてどうだ!」
もういいよっ。ふと俺は股間に手を当てた。
「ない。え? トイレはどうするんだ?」
一同、沈黙。ちょっと考えて
「まぁ、普通に用をたすしかないか」
「それはイケナイわ」
深沙央さん?
「イケナイ! 自分の身体だからって女の子の身体を見るなんて禁止。トイレなんかに行かないで」
「それじゃあ、オシッコもれちゃうよ」
「うう。じゃあ私がパンツを脱がせてオシッコさせてあげる。そのあいだ康史君は目隠ししていて」
「なんだよそれ!」
エリットが少し開いていた扉から顔をのぞかせた。
「女装して目隠しして彼女にオシッコの処理をさせるなんて、さすが康史様。やることがエグいです」
「違うんだエリット!」
こうして俺と深沙央さんは王立騎士・魔法士養成女学院に潜入することになった。




