40.つ、ついに今晩あるのかしら
「魔力放出が出来るようになったとはいえ、オヌシはまだまだ弱い。教えるべきことが山ほどある。大きな戦いに挑む事があったら必ずワシのもとへ来い。戦場で即死しない程度には鍛えてやろう」
「ありがとう爺さん。いや、師匠」
別れを惜しむモシマル爺さんにガルナたちは半ば無視した感じでお別れをした。
弟子を乗せて去りゆく馬車を、いつまでも見送る師匠に同情した俺は思いきり手を振った。
「師匠ありがとう。またいつか!」
「今度来るときには女の子も連れて来るのじゃぞ。たくさん屋敷におるんじゃろう。連れてきたらオヌシはすぐに帰っていいから。オヌシが戦場で死んだらワシが引き取ってやる。弟子の財産は師匠のモノじゃからのう。わはははは」
「やっぱりアンタは師匠なんかじゃない! 馬車、加速しろ!」
屋敷に戻ってきた頃には夜になっていた。扉を開けるとパティアが走ってきた。
「お帰り康史。魔力の放出は上手くいったか」
「ああ。俺の魔力は回復の力があるみたいなんだ」
「そうか。じゃあ気の流れも心得たんだな。康史の『気』は何て言うんだ? パティアは時獄の亜気っていうんだぞ」
言っていいモノだろうか。かっこ悪いし名前だし。
目を輝かせながら首を傾かせるパティアが可愛くて、黙っているわけにはいかなかった。
「波津壌気」
「そっかぁ。ハツジョウ気か。カッコいいな」
そう言われるとカッコいいかもしれない。笑顔で頷くパティアを見ていたら自信が湧いてきた。
パティアがダイニングの扉を開けた。
「おーい。康史がハツジョウ気になって帰ってきたぞっ」
ダイニングで夕食を取っていた女子全員が凍りついた。やっぱりそうですよね!
シーカは顔を真っ赤にし、メグさんははにかんで、女の子たちはヒソヒソと話しだす。
「つ、ついに今晩あるのかしら」
深沙央さんはソワソワしだした。期待と困惑の眼差しで俺を見てくる。なぜ。
「マーヤ、ハツジョウ気ってなんだかわかる?」
「シーラはまだ知らなくていいと思います」
「ハツジョウ気! ハツジョウ気!」
みんなの反応が面白かったのか、パティアが嬉しそうにハツジョウ気と連呼する。
「みんな聞いてくれ。俺の場合の波津壌気は良いものなんだ。そうだ、みんなだって元気になれるんだぞ。世界を平和に出来るかもしれないんだ」
「お兄さん、たかがムラムラしているだけなのに大きく出たっスね」
「詳しく説明させてくれ」
「ハツジョウ気! ハツジョウ気!」
「康史様。そんな幼い女の子に発情期と言わせるのは如何なものかと」
「違うんだエリット」
「あはは。最初から発情気だったろーが」
アラクネめ。健気な少年を獣のように言いやがって。だったら教えてやろうじゃないか。俺の波津壌気を!
「…………以上が爺さんが言っていた『気』のなんたるかだ」
俺は爺さんから聞いた『気』の概念をみんなに聞かせてやった。
「へぇ。康史君の魔法は治癒系だったんだ。発情期かと思って驚いちゃったわ」
深沙央さんが期待を込めた眼差しで俺を見つめてきた。
「じゃあ早速披露するよ」
「待ってください」
シーカは怯えた様子で止めてきた。
「それは本当に回復魔法なんですよね。その魔法で私たちは変なことになりませんか」
「疑ってるのか。だから発情期じゃないって」
何人かの女の子がダイニングから去っていく。エリットはシーラとマーヤを連れて出ていってしまった。
「くそぅっ。まずは俺の波津壌気を身体で受けてから判断してくれ」
「身体で受けてからじゃ遅いんです」
「もう遅い! いくぞ、波津壌気!」
魔力を放つ。周囲に広がっていく。
「おい、マジかよ。なんて質の高い回復魔法だ。しかも一瞬で広範囲に。想像以上だぞ」
「これは私の出番が無くなってしまうかもしれませんね」
アラクネとメグさんは顔を見合わせた。深沙央さんなんて前のめりだ。
「すごいわ康史君。康史君がいれば怖いものなしよ」
「逆に回復魔法で良かったっス。さっきのが攻撃魔法だと考えると身震いするっスね」
スワロッテは苦笑いだ。
そこへ台所のほうから女の子たちがやってきた。
「夕食を作っていたときに包丁で指を切ったはずなのに、治っているんです」
「枯れかけていた花が元気になったんです」
「風邪気味で熱っぽかったのに急に楽になりました」
魔力を感じ取れない子たちは、急に症状が回復して不思議がっていた。
「見よ。衰弱していた捨て犬が元気になって我を引っ掻きはじめたのだ。よかった」
マミイラが子犬を抱いて駆けてきた。良い奴なんだな。引っ掻かれてるけど。
「ん?」
「どうしたの康史君」
「さっき魔力を放ったとき……」
俺はダイニングから玄関の方角を見た。
「誰か来るのか?」
そのときエリットが扉を開けた。
「康史様と深沙央様にお客様です。なんだか軍の偉い方のようですよ」
先にお客さんをリビングに通してもらって、俺と深沙央さんは廊下に出た。なぜかシーカ達もついてくる。
「康史君、誰か来るってどうして分かったの?」
「魔力を放ったときに、なんて言うのかな。はね返ってくるような感覚があったんだ。魔力を放つと、まわりの人間の数だけ魔力の波のようなものが少しずつ返ってくるんだ。それで玄関のほうからも返ってきた。だから誰か来たのかなって」
ガルナは首を傾げる。
「この屋敷にはメイドがたくさんいるぜ。玄関にもいたんじゃないのか」
「それが、はね返ってくる魔力の波の質が普通の子と違う感じがしたんだ。深沙央さんやアラクネから返ってくる波は強い感じで、スワロッテやシーカから返ってくる波は弱い感じ。玄関からは強い感じの波が来たんだ」
「それは立派な感知系魔法だぞ!」
アラクネは驚嘆の声を発した。
「さすが康史君だわ。一日だけの修行でここまで成長するなんて」
深沙央さんはご機嫌になってくれた。
リビングの前では女の子たちが、少しだけ開いた扉から中を覗いていた。
「美形よ。見て、あの綺麗で小さな顔。肌もキレイ。いいなぁ、もっと近くで見たい」
「ああいうタイプは絶対に出世するわ。ああ、帰るときに声をかけてくれないかな」
「そこらの男とは違うわ。特にこの屋敷の男って変態とミイラだけでしょ。ずっと眼精疲労だったの。あの人を見てると角膜が癒されていく。ずっと居てくれないかしら」
なんだ? リビングに入るとソファに座っていた男が立ちあがった。
「夜分に済まない。私はエリンシュタイン王国軍参謀本部から来たリザライズ・バラケッタという者だ。二人に軍からの要請を伝えに来た」
うちのリビングに金髪のイケメンが降臨していた。背が高く、顔の各パーツが高品質な上に見事な加減で所定の場所についている。ニキビがない、テカってない、毛穴がない、まつ毛長い。思わず叫びたくなる。普通の男子のために消えてくれ!
「あ~、リジーだ。リジーも遊びに来たのか」
「え! ゴルドサード大佐?」
「深沙央がな、トランプっていうカードを持ってるんだぞ。パティアは昼間トランプで革命を起こしたのだ。すごいだろっ」
「は、はい?」
イケメンがパティアを相手に弱っている。何者なんだ?
「なぁガルナ?」
「ああ。バラケッタ中尉な。参謀本部っていう出世部署で騎士をしている異能力者だ。お偉いさんが康史たちに頼みごとがあって若造をよこしたってところだろうぜ」
ふぅん。部署は違ってもパティアのほうが上位階級だから苦手な感じなんだな。
「パティア。中尉さんをしばらく貸してもらえるかしら。トランプならあとで一緒に遊びましょう」
「うん、わかった」
深沙央さんがパティアを引き離すと、解放された中尉はホッとした様子だった。
俺たちは中尉に座ってもらい、話を聞くことになった。
「神山康史、巫蔵深沙央。二人には王立騎士・魔法士養成女学院に潜入してもらいたい」




