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39.俺のハツジョウ気

「心配するでない。オヌシほどの魔力の持ち主ならば死ぬことはなかろう。では、行くぞ」


 師匠は構えた。空気が変わる。


「ところで康史よ」

「は、はい!」

「話に出てきた深沙央とやらは、もう一人の来訪者か?」

「ああ。俺の彼女だ。屋敷で一緒に暮らしてる。今日はみんなで買物に行くとかで来てないけどグハァシファシャァ!」


 師匠がいきなり顔面を殴ってきた。なんで!


「ワシに彼女が出来たのなんて四十歳の頃にギャンブルで大勝ちして、その金で遊んでいる数時間だけじゃったぞ。金もない若造が彼女だと。しかも同居だと。オヌシは世の中を舐めてるのか!」


「アンタの場合は彼女ではなくてタカリっていうんだ。それと、どうして殴るんだ」


「秘孔をついただけじゃ! ところでガルナちゃんたち三人と親しげな様子だが、会ってどのくらいじゃ?」


「五日目ってところだグギャアレガハハァ!」


 師匠、今度は俺の股間を蹴りあげた。


「ワシがあの子たちと口を聞いてもらえたのは出会って二ヶ月経ってからじゃぞ。それを、たった五日だと。どんなエロエロ魔法を使ったんじゃ。教えろ。聞いて習得したあとで、じっくりとなぶり殺してくれるわ」


「普通に仲良くなっただけだ。エロエロ魔法があったら俺が教えてほしいくらいだ」


「年寄りを期待させるとは何事じゃ! 老い先短いんじゃぞ」


「知るか! どうして俺の股間のバディを蹴りやがった! 可哀相だろ!」


「秘孔をついただけじゃ!」


「絶対嘘だ! 俺はもうオマエを師匠なんて呼ばない!」


「ワシを師匠と呼んでいいのは可愛い女の子だけじゃ! ところで、可愛い子といえばパティアちゃんの姿が見えんようだが。あの三人が来たのだから会えると思ったんじゃがの」


「パティアなら俺の屋敷にいる。心配しなくていい。屋敷には深沙央さんのほかに女騎士や女魔法使い、女伯爵、それにたくさんの女の子がメイドとして住んでいるんだ。必ず誰かが見ている。今ごろみんなと買物してるかもしれないけど」


 師匠は一瞬固まると、庭の隅にある大きな岩を担ぎあげた。ヨロヨロと近づいてきて、俺に投げつけようとする。


「その歳で、か、彼女と住んでいるだけじゃなく、メイドともども、だと……キサマっ、キサマと言うヤツはっ。それにパティアちゃんは一番のお気に入りだというのに、キサマなぞに懐いているというのか!」


「おい、投げないでくれ。ほかにも女魔王や女泥棒までいて大変なんだ。今朝はパティアたち四人が遊びに来て、女だらけで息苦しいというか。女の子なんて最初は38人もいたんだぞ」


「天誅っっっ!」


 ついに師匠は岩を投げてきた。思わず腰に携えていた魔剣を抜いて叩き斬る。岩は真っ二つに割れて、勢い余って師匠の額に一筋の傷をつくってしまった。


「ぐはぁっ。いったぁぁぁい!」

「謝る気はないけど、一応ゴメン」


 どうしようか。縁側を見ると三人がガッツポーズをとっていた。キミたちの師匠だよね?

 師匠は手ぬぐいで傷を押さえると、俺の剣を見た。


「その剣はなんじゃ?」

「これは魔剣だ。盗まれた魔剣が進化して……ん?」


 よく見れば、ところどころ刀身が白っぽくなっていた。師匠はそれを真面目な顔をして見ていた。


「ははははは! 面白い。面白い男じゃ。適当にあしらって帰してやろうかと思ったが。よし、今すぐ秘孔をついてやろう」

「今までのは何だったんだ!」

「では真剣に行くぞい」


 師匠は人さし指と中指を立てると、俺の胸の中心をついた。

 俺の中で何かがうごめく。たぶん魔力だ。これまで固まっていたモノがグルグルと動き始めた感覚だ。


「よし。空に向かって放ってみるといい」

「もう出来るのか」

「難しい想像はいらん。やってみるといい」


 わかった。放て、魔力!

 あれ? 何も起きない。


「あとはオヌシ次第なんじゃが。心の整理はついておるか。自分の心に問いかけてみよ」


 俺は強くなりたい。深沙央さんを助けられるくらいに。ん?


「どうしたんじゃ?」


 助けるのに強さなんて必要なのか? 俺は深沙央さんと同じくらい強くならなくちゃいけないと思っていた。肩を並べるくらいに。俺が強くなれば深沙央さんは危ない思いをしなくていい。

 でも、それは本当に強くなることが必要なのか。俺の本心は深沙央さんを守れる男になりたいというものだ。守れれば、助けられればいい。


 俺は彼女を守りたいんだ。


 そう思って、もう一度、魔力が外に出ていくようなイメージで、手を空に突き上げた。

 ドンっ!

 真っ白い風のようなものが周囲に拡散した。


「これは?」

「むううううっ。まさか、これほどまでとは!」


 縁側に目を向けると、三人は立ち上がってこちらを凝視していた。


「大成功じゃ。まさか治癒系の魔法か。ここまで強く盛大に放つとは恐れ入った」

「治癒魔法?」

「うむ。あれを見よ」


 庭の花が元気に咲き誇っていた。さっきまで咲いていたっけ?


「枯れようとしていた草花がオヌシの治癒魔法で生気を取り戻したんじゃ。この額の傷も、すっかり、ほれ」


 師匠の額の傷も塞がっていた。駆けつけてきたガルナたち三人は、辺りの草花を見まわした。


「あの大きな魔力を回復にまわしやがったのか。こりゃ戦局が変わるかもしれないぜ」


「すごい勢いで治癒魔法が広がっていったよ。あっちの丘まで花が咲いてるよ」


「驚愕。賞賛。戦場に出れば多くの負傷兵の命が助かる。国にとっては朗報。以上」


「日頃の疲れや寝不足も吹っ飛んでいったわい」


 治癒魔法か。攻撃は深沙央さん。補助は俺ってことだな。なんだか自信がついてきた。


「ときに康史。斜めにした板の上に水を五十滴ほど垂らしたとする。すると水はどうなる?」


 師匠がいきなりワケのわからないことを言いだした。


「まさか頭の傷が治ってないのか」

「いいから答えんかい」


 斜めの板の上に水だろ。五十滴といったら結構あるよな。そうなると下に向かってブワァーって広がっていくもんだ。このことを師匠に伝えると。


「やはり壌気じょうきか」

「なにそれ?」


「気の放ちかた、すなわち魔力の放出の仕方は、その者の想像力に反映されるのじゃ。オヌシのように広がって落ちていくという考えをする者は、放出した魔力も広がりやすいのじゃ」


「え? みんな違うのか?」


 三人は頷いた。


「水は真っすぐ落ちると思うよ。ルドリカはくねくねと曲がりながら落ちるのを想像するみたいだけど」


 ブロンダの言葉に俺は驚いた。人によって違うのか。で、ガルナの場合は?


「俺は落ちずに止まってると思うぜ」

「なんでだ。どこ行った重力」

「だって五十滴も落とせば、それなりの重さだろ。斜めにしたくらいで落ちるかよ」

「人それぞれじゃな」


 師匠は笑った。


「オヌシのように魔力が周囲に広がっていくと考える者もいる。この気の流れ、あるいは魔力の流れを、ワシは無限に広がる大地に例えて『壌気』と名付けた」

「壌気」


 なんだかカッコいいな。三人は各々の能力を紹介してくれた。


「俺の場合は帯気たいき。俺の技は魔力を蹴り足の周辺に留めて、異能の刃で敵を切り裂く剣帯気けんたいきっていうんだぜ」


「私は直気ちょっき。異能は魔力で加速する猪駆昂直気ちょっこうちょっきっていうんだよ」


「名称。教示。螺気(らき)。異能の雷を螺旋状にして放つ威雷螺気いらいらき。以上」


 イライラしてるのか? ルドリカの顔を見ていたらメチャクチャ睨まれた。なんだかゴメンナサイ。


「オヌシの魔力は回復系ながら津波のような衝撃があった。名づけるのであれば……」


 ちょっとドキドキする。来い。かっこいい技の名前。


「うむ。津波のような壌気。波津壌気はつじょうきじゃ!」

「キラキラネームはやめろ! 違う名前にしろ」

「オヌシ、これから『はつじょう気の康史』と名乗るが良い。っていうか名乗るのじゃ!」

「名乗れるか! 女の子が離れていくだろ!」


 もしや、それが狙いかよ。俺は三人に助けを求めた。


「はつじょう気って。マジかよ」

「ハツジョウ気。王国軍に通報モノだよね」

「…………」


 ああ、さっそく嫌われたじゃないか。ルドリカは黙って眼鏡を光らせるし。ちくしょう。


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