35.彼女 鈍器のようなもので敵を殴る
階段を上りながら深沙央さんは鎧を解除した。
「鎧にヒビが入ってたけど、大丈夫なのか?」
「自動修復機能があるから直っていてほしいわね。次はこっちで変身よ。キュートキャスター ミラクル☆ミサオン!」
深沙央さんは変身宝石で魔法少女に変身した。
そのとき、違和感が走った。
「これは、時間が止まったのか」
「パティアって子の能力ね。急ぐわよ」
時間が止まっても、俺の体は自由に動いてくれる。
最上階にやってくるとパティアはサイ人間のような吸血魔と戦っていた。
「時間を止めたのに、どうしてオマエは動けるんだっ」
「教えてやろう。俺の身体は一切の魔法や異能を受け付けん。武将ライオラが唯一恐れた武人、それが俺、ライラスよ」
サイの吸血魔ライラスは岩のような大きな拳を振り回し、パティアに迫っていく。
パティアはなんとか避けていくけど、空振った拳は床や壁を破壊していった。
助けに入ろうにも、時間が止まった世界では舞い散った小石や瓦礫が床に落ちず、宙で停止していて邪魔くさい。
「止まった世界はパティアにとって特別な場所なんだぞ。動いていいのはオマエじゃない。動くなんて許さないんだぞ!」
「知ったことか!」
ライラスの拳がパティアの肩をかすめた。
「痛っ」
「武将候補の俺に挑んだことを後悔させてやる。ぬぅっ?」
「うしろがガラ空きなのよ
」
ミサオンのマジカルリボンがライラスを絡め取った。
「やるな。ところで人間よ。人質は俺の手中にあるのだぞ。良いのか。このような真似をして」
「昨日の犯行声明では、人質は夕方まで生かしておくって言っていたわ。それに戦っちゃいけないなんて聞いてない」
「はははは。屁理屈は人間のほうが上手のようだ。ちょうど夕刻まで退屈だったところ。キサマらをいたぶって暇を紛らわすことにしよう」
両者の会話の隙をつき、パティアが剣を振るってライラスに突っ込む。
「吸血魔は全部、パティアがやっつけるんだぞ。邪魔するなっ」
「むうう、はうううううん!」
ライラスはマジカルリボンを引きちぎった。
「うそ。魔法繊維でできてるのよ!」
ライラスの高速拳がパティアに迫った。
「パティア!」
俺はパティアの盾になることを選んだ。大きな拳が俺を殺しにやって来る。
「康史君!」
「おのれ! 人間め!」
ライラスの拳に俺の魔剣を突き刺さしてやった。相手の力を利用してやったのだ。
「康史、助けてくれたのか。なんで?」
「パティア、一人でコイツを相手にするのは危険だ。今日だけは俺を仲間だと思ってくれ」
ライラスは痛み混じりな声を発する。
「ただの剣であれば俺の拳が打ち勝つ。その剣は、まさか魔剣なのか」
「魔剣なら魔力を注ぐことができる。喰らえ!」
俺は魔剣へ魔力を注いだ。魔剣を通してライラスに魔力が注がれる。岩のような拳が破裂した。
「康史、時間停止の時間切れだ!」
パティアの予告通り時間が動き出した。
「おのれ人間風情が! ぐえっ」
天井が落下してライラスに直撃した。
「昨日みたいに、いつか時間が動きだすと思って天井を壊しておいたのよ。康史君が引きつけてくれたおかげで上手くいったわ」
いつのまに。さすが深沙央さんだ。
「次は私の番よ。ミラクル☆ミサオン 必殺タイム チャージアップ!」
変身宝石がみるみる巨大化。人よりも大きくなる。
「人間よ、その宝石で俺に何をする気だ!」
必殺技。お約束なら光線かな。それとも宝石の中に敵を閉じ込めるとか。
「そんなの決まっているわ。この宝石で」
ミサオンは巨大宝石を担ぎあげると
「思いきり! 殴るだけ!」
ライラスに向かって巨大宝石を振り下ろした。ライラスは鈍器のようなもので頭を強く殴られ、一分ほど意識不明となった。
「さあ、人質はどこにいるの?」
目を覚ましたライラスにミサオンは詰め寄った。
「拳は潰され、頭は砕かれ、武将となる夢はついえた。もう俺には何もない。キサマらの勝ちだ。誉めてやろう」
爆音が鳴り響き、建物が揺れる。外で兵士が騒いでいるのが聞き取れた。
「何をしたの?」
「勝ちはくれてやる。だが人質は渡さん。この廃要塞は爆弾と発火装置によって炎に包まれる。俺の野望もろとも人質は無に帰すのだ」
「なんてことを。言いなさい。人質はどこにいるの!」
ミサオンの恫喝の中、パティアはライラスに近づいた。
「火を悪用するのか。また火事で殺すのか!」
パティアはライラスの胸に手を当てた。
「オマエはパティアの力が通用しないって言ったな。だったら力を一点集中させたらどうなるんだっ!」
とたんにライラスは苦しみだした。
「オマエの心臓の時間を止めたんだぞ。心臓だけの時間だ。言え。人質はどこなんだ」
ライラスはもがき苦しむ。外を見れば煙が上がっている。火事だと騒ぐ声もする。
「言えば時間を動かしてやる。人質はどこにいるんだ!」
床の上で暴れ回り、嗚咽するライラス。それでも人質の居場所は吐かない。
階段からも煙が立ち込めてきた。火のまわりが早いみたいだ。
廃要塞のどこかにいる人質を、無闇に探すよりも、ライラスから聞き出したほうが早い。
「やめてパティア。死んでしまったら元も子もないわ。時間を動かしてあげて!」
「人質はどこにいるんだっ」
ライラスは急におとなしくなると、突然パティアに向かって突っ込んだ。
「危ない!」
油断した。パティアを守るために前に立つまでは良かった。でもライラスの頭の角が俺のわき腹を斬りつけた。刺されてはないが、抉れた。
激痛で倒れる。
「康史君!」
ライラスは最後の力を絞るように、狂気混じりに言う。
「ふふふ。早く回復魔法士のもとへ急がないと死ぬことになるぞ。しかし、そのあいだに人質は焼け死ぬ。それとも人質捜索を優先するか。ならばキサマは死ぬことになる。ふふふ、ははは」
「パティア、時間を動かして!」
ライラスは糸が切れたように倒れ、動かなくなった。
「康史君!」
「ううぅ……死ぬな康史! パティアは父様と母様の仇を取りたかった。吸血魔は全部やっつけなきゃと思って」
俺は激痛に耐えながら、泣き出しそうなパティアになんとか笑いかける。
「焦るなよ。吸血魔にも良いヤツはいるんだ。それにパティアには仲間がいるだろ。一人で焦る必要はないんだ」
「あ……」
最上階でも爆音がして火の手が上がる。早く人質を探さないと。
「康史様! 深沙央様!」「パティア!」
シーカやガルナたちがやってきた。
「深沙央様、一体なにが」
「吸血魔が建物に発火装置を仕込んでいたのよ。人質の居場所はわからないままよ」
「この吸血魔は死んでるのか」
ガルナがライラスの死体を見た。
「霧散してない。この死に方は病気か体調不良か。まさかパティア、人質の居場所を聞き出す前に心臓を止めたのか」
パティアは火をジッと見ていた。様子がおかしい。次にパティアは俺の傷口を見た。
「父様……母様……ああああああ」
叫びだすと時間が止まり、動きだし、また止まっては動きだした。短いあいだに、時間は何度も停止と再動を繰り返す。
最後に時間は動きだして、パティアは倒れてしまった。
「パティアはどうしたんだ?」
「トラウマだ。パティアは俺たちに任せてくれ。それよりも人質をなんとかしようぜ」
ガルナは言うけど、この火事では満足に探せない。捜索が長引けばこちらの命だって危うくなる。
「深沙央様、水を操る鎧で火を消せませんか」
「放水の威力を高めたら建物が壊れてしまうわ。威力を押さえたら火を消しきれない。理想的ではないわ!」
ミサオンはシーカに首を振った。
「康史様、怪我の治療を」
メグさんが回復魔法を詠唱する。俺はわき腹の傷を見て閃いた。
「メグさん、ケガはあとまわしだ」
傷口があったほうが魔力を出しやすい。この建物を俺の魔力で包みこめば、どこに誰がいるか分かるかもしれない。
傷口に集中する。ダメだ。上手くいかない。
「ガルナ。俺に蹴りを入れてくれ」
「何言ってんだ。そんなことしたら傷だらけに」
「それが良いんだ。俺は傷が増えるほど魔力を外に出せる。魔力を建物の空気に混ぜ込んで人質を探したいんだ」
「ただでさえパティアが迷惑かけちまったのに、ケガさせることは……」
「こっちには優秀な魔法使いがいるから平気だ。頼む」
ガルナは逡巡すると呆れた表情で俺を見た。
「どうなっても知らねえぜ!」




