30.俺 恥ずかしいところを見られる
「あ、そうだ。キャンディーだ。よかったら全部やるよ」
「もらってるぞっ」
俺の手にあったはずのキャンディーがケースごとパティアの手にあった。
俺が驚いているとパティアは悪戯っ子のように笑みを含みながら走り出した。
「じゃあな康史。楽しかったぞ。来賓用の更衣室なら三階だ。すぐそこの青い扉から入ったほうが近いぞ。バイバイだっ」
パティアは行ってしまった。どうして魔力の使い方を知っていたんだろう。
俺は自分の手を見る。魔力の放出にイメージが必要なのか。手をかざす。魔力の滝が出るようなイメージ。滝ではダメだ。もっと勢いのあるモノ。消防車の放水。ダムの放水。
俺はマリンダンサーに変身したときの深沙央さんのことを思い出した。あのときの深沙央さんは水を操っていた。手からすごい勢いの水を発射させて塔や壁を壊していた。たしか技の名前は
「必殺! 水撃翔龍ナントカ道!」
想像して、力を込めて、集中して、叫びながら勢いよく掌を天へ向かってかざしてみた。はい、何も起きません。残念です。
「こんな事したの、小学生のころ以来か」
気付くと、二十人くらいの兵隊がこちらを見ていた。先頭にいるのは女の子だ。不審な顔をして俺を見ている。
「へへっ……恥っずかしいいいいいい」
顔がみるみる熱くなって、俺は慌てて目を逸らした。絶対に変なやつだと思われた。
俺は庭園を駆け抜けてお城の中へ逃走した。
――☆☆☆――
「ふわぁ~。暇だ、暇だぜ」
「ガルナ、移動中でも勤務中だよ。あくびはダメ」
ポケットに手を入れて、かったるそうに歩くガルナ・ウェロッジ軍曹をブロンダ・マキシブ上等兵が咎めた。
「いくら出撃予定がないからって休暇をもらってるワケじゃないんだからね」
「どうせ出撃なんて一生ないぜ。俺たち、オッサンどもの手に余るみたいだし」
「意見あり。発言する。そのような事を言っては部下の士気に関わる。おかしな発言は慎むように。以上」
二人の横を歩いているルドリカ・キリパワフ少尉もガルナ軍曹を咎めた。
「あー、わかった。わかったから眼鏡を光らせるのはやめてくれ」
ここはエリンシュタイン城の隣にある騎士団および王国軍司令本部。この建物の外を三人の軍属少女が二十人の兵士を引き連れて歩いていた。修練場から建物内に戻る途中なのだ。
ブロンダ上等兵がうしろの兵士に向かって手を合わせる。
「ごめんね二等兵諸君。ガルナがつまらないこと言って。これから忙しくなるからさ」
隊列を崩さずに行進していた兵たちはブロンダを気遣うように笑顔で応えた。
ガルナ軍曹がブロンダ上等兵に問いかける。
「なぁ。俺たちの部隊が忙しくなるときって、いつなんだ。国中が吸血魔の脅威にさらされてるってのに、巡回部隊にも前線部隊にも編入されず、もう何ヶ月経つんだ。そんなに俺たちって扱いにくいのか」
「ガルナが上官の命令を聞かずに暴れ回るからダメなんだよ」
「暴れ回れると思って入隊したんだけどな」
「そのせいで特殊部隊の指揮を任されたんだけどね」
数ヶ月前に設けられた特殊部隊は、軍内部では永年待機特別隊とも呼ばれている。彼女たちは訳あって辞めさせる事が出来ないため、軍はどこの部隊にも属さない部隊に彼女たちを配属させた。部下になってしまった者は運が悪いとしか言えない。
けんかっ早いガルナ軍曹。小柄で三つ編みのブロンダ上等兵。無口で眼鏡のルドリカ少尉。彼女たちは、とある理由で問題児の四人娘の三人として知れ渡っていた。
ガルナ軍曹は溜息をついた。
「もう少しアイツが頑張ってくれたらな。アイツなら上層部にも顔が効くだろうし。ルドリカはどう思う?」
ルドリカ少尉は歩きながら読書にふけっていた。
「コイツが本を読みはじめると、何を言っても無駄なんだよな。ところでアイツはどこ行ったんだ。朝から見かけないぜ」
「始業前にかくれんぼをしてあげたんだ。私が鬼。それから見つからない。仕事の時間になったら出てくるかと思ったんだけど、ダメみたいだね」
「まだ隠れてるってことかよ。昼飯の時間まで行方不明ってか」
「最近は人から食べ物をもらうことを覚えたからね。昼休みに戻ってくるとは限らないよ」
「そうなるとアイツを探すよりも、人の良さそうなヤツを探して監視していたほうが捕まえやすいか」
そう言って歩いているうちに司令本部と城のあいだまでやってきた。ここには心和む庭園がある。
「あっ、いたよ」
「ようしっ。全隊止まれ!」
ガルナ軍曹の掛け声で兵士たちが足を止める。ルドリカ少尉は立ち止まりながら読書を続けていた。
庭園には彼女たちの仲間であるパティア・ゴルドサード大佐がいた。少年と話をしているようだ。
「一緒にいる男子は誰だろう。見慣れないね」
「人の良さそうなヤツっていうよりも、弱そうなヤツだな」
声をかけようか、そう思ったときにはパティアは駆け出してしまったあとだった。
「追いかけよう」
「まて。あの男、何してんだ」
パティアと一緒にいた少年は自分の手をジッと見ていた。そして手のひらを空に向かって突き出した。その瞬間、まるで魔力の津波のようなものが周辺に溢れた。
魔力を感じ取れた者は少ないだろう。微細な魔力の波動。しかし津波のような圧を感じたのは魔力の質が異常に高いからだ。
気付けた者しか気付けない。しかし、気付いた者は間違いなく恐怖する。
「な、何だ今のは」
「すごく強い魔力だったよ。なぜか手から出す寸前で止めていたけど」
「つっこみ。発言。あの質の魔力が実際に大量放出されていたら、周囲の被害は尋常ではない。以上」
ガルナ軍曹とブロンダ上等兵は驚愕していた。ルドリカ少尉も思わず本を落とし、少年を見つめた。
兵士たちは何が起ったのか分からなかったが、とりあえず三人同様に少年を注視した。
少年はこちらに気付いた。その途端、急いで目を逸らして駆けていった。
「いま、目があったな。そしてすぐに立ち去った」
「まさか私たちが気付いた事に、気付いたってこと?」
「パティアのヤツ、とんでもない男と絡んでいたもんだゼ。こりゃ退屈な時間も終わりになるかもな」
――☆☆☆――
「一体どこに行っていたの?」
なんとか深沙央さんとシーカに合流できた。深沙央さんは真っ赤なドレスを着ている。まるで大貴族のお嬢様みたいだ。
「すごく似合ってる」
「えへへ。ありがと。康史君は、その」
「康史様は、えっと、その」
どうせ似合ってないよ。立派な服を着て髪を整えてもらっても、御覧の顛末だよ。身だしなみって何だったんだよ。
「ところでシーカはドレスじゃないんだな」
なんというか、王子様っぽい恰好をしていた。
「爵位を受けとるのはお二人ですから。私は案内役としてお二人をお連れしたまでです。それでも綬勲式には出席するので騎士の正装をしています」
なるほど。それにしても深沙央さんのドレス姿は素敵だ。モデル体形だし、お城に負けてないし、ロングスカートも似合うんだな。そのドレス、けっこう胸元が開いてるんだな。
惚れ惚れしていると深沙央さんは「あんまり見ないでよ」と恥ずかしそうに胸元を隠した。無駄な抵抗め。まばたきせずに見続けてやる。
そこへ接客係がやってきた。綬勲式の準備が整ったという。よし、男爵位をもらってきてやろうじゃないか。




