3.彼女 妊娠する?
女の子たちを連れて森から出た俺たちは、迎えにやってきたシーカと再会した。
シーカの判断で俺たちは村にあるという騎士の駐在所にお世話になることになった。とりあえず女の子たちも駐在所で休ませ、親元に帰そうということになった。
その夜は疲れていたためか、全員すぐに眠ってしまった。
朝日がまぶしい。俺は駐在所の物置部屋で目を覚ました。深沙央さんや女の子は個室や大広間で休ませている。女子を窮屈な場所で眠らせるのは気が引けるからな。
駐在所はそこそこ大きい。部屋数も多く、木造二階建ての旅館って感じだ。俺が寝床にした物置だって教室ひとつ分の大きさがある。
ベッドも置いてあったので不満なんて無い。ここが異世界ではなければ、な。
本当なら夏休みの一日目。昨晩は深沙央さんの知らない一面を垣間見た。でも悲しくなんかない。彼女がいる夏。贅沢じゃないか。俺は扉を開けて廊下に出た。
廊下では助けた女の子たちとすれ違った。疲れはまだ残っているみたいだったけど、顔色はだいぶ良くなっている。
「お、おはようございます」
「うん。おはよう」
なんだか様子が変だな。緊張しているような、怖がっているような。中には軽蔑のまなざしを向けてくる子もいた。
まぁ、俺は異世界人だ。俺たちに助けられたといっても、彼女たちだって一晩経てば冷静さを取り戻して警戒してくるだろう。
食堂に行くとテーブルの上にスープやパンが並べられていた。何人かの女の子が食事をしている。そこにはシーカもいて、オレの姿を見るなり話しかけてきた。
「おはようございます康史様。村の方々がみんなのために食べ物を持ってきてくれたんです」
「それは良かったな。あと、その康史様っていうの、やめてくれないかな」
「いいえ。康史様と深沙央様はやはり勇者様でした。妹も無事生還できました。英雄を正しく崇め、民にその功績を伝えるのも騎士の務め。康史様のことは康史様と呼ばせてください」
「無理強いはしないけど。そうだ、これを返さなくちゃな」
俺はポケットからブラジャーを出した。昨晩、弱りきったシーカの身体から掴み取ってしまったブラジャーだ。
「はい。返すよ」
「ほわっ!? は、はうっ」
シーカは奇妙な声を上げた。まわりの女の子たちが一斉にこちらを見る。
「この真っ赤なブラジャーはシーカのだろ。返すよ。もしかして昨日の夜のこと、忘れちゃった? 意識朦朧としたシーカに手を伸ばしたとき、インナーを切り裂いちゃっただろ。そのとき、はずみでブラジャーを脱がしてしまったんだ。憶えてるよね? 匂いだってシーカと同じ匂いがする。それにしても赤って刺激的な色だよね。驚いたよ」
「うぐっ、ううぅぅぅ」
シーカはまるで息を詰まらせたように、目をグルグル回しながら、顔を赤くして身体を震わせている。ははは。ブラジャーの赤と同じ色だ。
「このブラジャー、昨日の夜に大いに役立たせてもらったよ。でも、もういいんだ。返す」
ニセ魔王を倒した今、配下の蜘蛛は消滅したからな。
俺の手から垂れ下がるブラジャーを、シーカは震える両手でつかみ取った。
「あ、ありひゃとうごふぁいます、康史さみゃ。深沙央様から、剣を、取り返してくれた康史様の、ことですから、必ず返してくれると、お、思ってました……か、感謝いたしまひゅるぅぅぅぅぅ」
そう言うとシーカはブラジャーを手にしながら、何度も転びそうになりながらも食堂を急いで出ていった。
どうしたんだろう? もしかして今朝はノーブラだったのかな。だったらここで付ければいいのに。
まわりの女の子は、何故か俺をジトッとした目で見ていた。もしかして、この世界ではブラジャーは貴重品なのだろうか。
もう少し大切に扱ったほうが良かったか。すると、みんなノーブラなのかな。
「あ、ここにいらっしゃったんですか」
話しかけてきたのはエリットだ。監禁されていた女の子の一人。ニセ魔王の側近が別の子を連れ去っていったことを教えてくれたのも彼女だった。
「良い知らせと悪い知らせがあります。どちらからがいいですか」
いきなりだな。どちらから選んでも悪い知らせにたどりつく。決められないでいるとエリットが言った。
「では良い知らせから。深沙央様の部屋まで来てください」
エリットに連れられて二階にある深沙央さんの部屋に行く途中、何人かの女の子とすれ違った。全員が、まるでゲス野郎を見るような目で俺を見つめていた。
中には舌打ちをする子や、ひそひそ声で話す二人組もいた。一体なんだというんだ。
その答えは深沙央さんの部屋に入って、すぐに分かった。
「え? これは?」
深沙央さんのお腹が大きくなっていた。まるで妊婦さんが苦しむかのように、額には大粒の汗をかきながら「う~ん」と唸っている。エリットが言う。
「起こしに伺ったらご覧のとおりでした。あの、おめでとうございます?」
「違うんだエリット。俺と深沙央さんは昨日結ばれたばかりで」
「結ばれたんですね」
だから違うんだエリット。深沙央さんとはキスもしていないんだぞ。
今朝から感じていた少女たちの蔑むような視線。それは女子高生を妊娠させたクズ野郎って意味だったんだ。
でも俺はまだ、何もしちゃいないんだ。
「康史様、さぁ、ご認知を」
エリットが俺を追いつめる。さらに
「ひぃ、ひぃ、ふぅ~。ひぃ、ひぃ、ふぅ~」
「エリット、何それ?」
「苦しんでいる妊婦さんを元気にする呪文です。私には魔力がないので効果はありませんが、気休め程度にはなるかと。さあ御一緒に」
何もかも違うんだエリット。それは周りの人間がやったところで意味はないんだ。
そんな中、深沙央さんの苦しみは大きくなっていくようだった。深沙央さんはベッドから立つとヨロヨロと歩きだし……
「お、オエ~!」
吐いた。紫色した毛むくじゃらの物体を吐きだした。よく見ると、それは……猫?
「ふぅ~、スッキリした」
深沙央さんは手で口元を拭うと、壮健な表情を浮かべた。お腹の大きさも元に戻っている。
「あ、おはよう康史君。よく眠れた?」
「いや、あの、説明して!」
「ようやく出てこれた。ここは深沙央の世界ではないようだけど、アタシがいた世界でもないね。でも久しぶりの魔素を感じる」
話に割り込んできた聞き慣れないハスキーボイス。俺たちの視線は紫の猫に集まった。猫は伸びをしながら言う。
「ん? 何ガンとばしてんだコラ」