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28.あの子とみんなの物語

 その日の夜。人間に戻ったシーカと女の子たちは眠りつづけていた。マーヤは別室で寝かせている。吸血魔を一人で倒したアラクネも酒を飲んで寝てしまった。

 俺と深沙央さんは無事だった女の子たちに、マーヤの事情を聞いてもらっていた。みんなは何も言わなかった。無理もない。話が突飛すぎる。また明日、話してみよう。


 翌朝、マーヤはいなくなっていた。慌てる俺と深沙央さんの前にエリットが現れた。


「私たちが寝ていた大部屋に、こんな手紙が置いてあったんです」


 それはマーヤからの手紙だった。自身の正体と今回の事件について書いてあった。まるで自分が悪いかのような書き方だ。最後に、迷惑かけたから出ていく、と書かれてある。

 こんなのを読まされたほうは誤解するに決まってるじゃないか。


「マーヤは悪くないんだ。俺、今からみんなに説明してくる。大部屋にいるんだな」

「康史様、もう遅いですよ」

「どういう意味だよ。根気強く説明すれば分かってくれることなんだ」

「そうではありません。そこまで女子を甘く見ないでください」


 エリットは訳ありな笑みを浮かべた。


――☆☆☆――


 朝日が照らす海岸沿いの道。やわらかな海風が足元に白い砂を運んでくる。

 マーヤは一人、海の家とは反対の方角へ歩いていた。

 空は青い。二日前も同じ空を見た。だけど今日は晴れやかな気分にはなれない。海を見ても、砂浜を見ても、道端で咲く花を見ても心は浮かなかった。


 悪いことをしてしまった。吸血魔にしてしまった子たちは人間に戻れたとエリットたちが話しているのを耳にした。本当に良かった。これ以上の迷惑はかけられない。

 結婚に反対して招いた結果が今回の騒動だ。とんだ疫病神だなと思う。あの二人がいなかったら今ごろどうなっていただろう。


 一昨日、魔封石を取ってもらってもらい、過去の記憶が復活した。最初に康史が魔封石に触れてからの数日間のことも憶えている。シーラやエリットたちと家事をしたり、康史や深沙央と食事をしたり。何気ない事ばかりだったけれど、楽しかった。

 次期王妃になるために厳しく育てられてきた。それゆえ穏やかな生活は初めてだった。

 涙が出ていた。マーヤは自分のことなのに驚いてしまった。


「そっか。私、あの場所が大好きだったんだ」


 そんな大好きな場所を自分の手で壊してしまったようなものだ。

 涙は止まらない。いっそ、声をあげて泣いてみた。涙はどんどん流れてきた。

 泣きながら歩いていると人の気配がした。急いで涙を拭く。


「マーヤ様、一人でどこ行くんスか。私も連れてって下さいよっ」

「貴女は」


 スワロッテだった。彼女は木の上から飛び降りた。


「もしかして吸血魔の国に帰るんスか。国境は防衛線が敷かれていて、抜けるには一苦労っスよ」

「じゃあ、どこに行こうかな」


 行き先は考えていなかった。当てもない。行きたいところは何処だろうと思って、首を振った。もはや行きたいところには帰れないのだから。


「マーヤ様はやっと自由の身になれたんス。自由にすればいいスよ」

「貴女も吸血魔なのですね」


 スワロッテは、にゅはははは、と笑った。


「スワは泥棒稼業を閉店していて暇なんス。自由の身に関しては一枚上手っスよ。なんでも頼ってくだスい」

「じゃあ、素敵なところに連れて行って下さい。誰にも迷惑をかけないところへ」

「了解しまスた。素敵な場所にご案内。みんな、エスコートを頼むっス」


 スワロッテがマーヤの背後に向かって声をかけた。

 振り向けばシーカやシーラ、ほかの子たちが駆けてくるところだった。


「マーヤちゃん、行かないで!」


 シーラはマーヤに抱きついた。


「え? え?」

「悪くない。マーヤちゃんは悪くない。迷惑なんて思わない。だから、いなくならないで」

「無理やり結婚させられそうになったんでしょ。だったら私たちと一緒にいればいいよ」

「深沙央様から聞いたわ。悪い吸血魔に操られていたって」

「最初はびっくりしたけど、マーヤはマーヤじゃん。吸血魔でも関係ないよ」


 マーヤは驚いて、それでも何とか言葉を絞り出す。


「でも私は、あなた達の血を吸ってしまった。吸血魔にしてしまった」

「深沙央様が助けてくれたから問題ありません。マーヤさんも被害者です。困っている者は人間でも吸血魔でも手を差し伸べる。それが騎士の務めです。私は貴女を放っておくことはできません。帰ってきてください」


 シーカはマーヤの手を取った。ほかの女の子も集まる。


「さっきも言ったけどマーヤのせいじゃないんでしょ」

「そうよ。悪い吸血魔が悪いことしたから悪いのよ。全ては悪いヤツが悪いのよ」

「そりゃそうよ。悪いんだもの」


 マーヤは泣き崩れた。先ほどよりも大声で、地面に涙がボトボト落ちるほど泣いた。


「マーヤちゃん、これからも一緒にいて、ね」


 シーラはマーヤを優しく抱き寄せた。


 空から鎧を纏った深沙央と、担がれた康史がやってきた。


「なんだか私たちの杞憂だったみたいね」


 着陸した深沙央たちにスワロッテは声をかけた。


「みんなが少しでも遅れたらどうしようかと思ったっスよ」

「スワロッテちゃんも一緒だからね。吸血魔とか、関係ないから」


 シーラが釘をさす。康史は感心しながらスワロッテを見た。


「スワロッテ、みんなに正体を明かしたのか」

「マーヤ様だけはかわいそうっスから」


 そのとき一人の少女が拳を天に突き上げた。


「それに私たちは団結しなければいけないわ」


 康史は何事かと注視する。


「私たちの生活圏は康史様という変態の脅威にさらされているの。私たちは団結して戦わなければいけない。そのためには一人でも多くの女子が必要なのよ」


 康史は驚きのあまり口をあんぐりと開けた。


「深沙央様は彼氏って言ってるけど、あれは騙されているのよ。あんな変態が彼氏であっていいはずがない。そもそも勇者ってことも怪しいわ。私たちが深沙央様を守るのよ」

「私、聞いたの。康史様が波に向かって、頑張れ、ポロリを俺に捧げてくれって。あのときの顔は恐ろしかった。今でも身の毛がよだつわ」

「下着を眺めていたこともあったし、健康診断は覗くし、すれ違うときは胸を見てくるし。あの男は悪の元凶よ、これから悪いことするに決まってるわ。頭悪そうだし」

「そりゃそうよ。悪いんだもの」

「え、あの、みなさん。えっと」


 康史は震えながら、ただただ震えるしかなかった。


「そんなの誤解だああああああああああ」


――☆☆☆――


 今回の旅でみんなの結束力は高まった。マーヤとスワロッテがみんなに受け入れられたことが、とても嬉しかった。みんな良い子で本当に良かった。

 それにしても俺を変態だと勘違いすることでも結束されてしまったことが納得いかない。そんなことを帰りの馬車の中で、会話に混じることもできず、隅っこで体育座りしながら考えていた。


 そして駐在所に戻ってきた俺たち。

 深沙央さんやシーカと一緒に荷降ろしをしていると、駐在所から巡回兵が出てきた。


「大変だ、シーカ!」

「あら、今回は留守番役だった巡回兵さん。どうしたんですか」

「これを見てくれ」

「これは王国からの召喚状ですね」


 手紙を読んだシーカは、みるみると驚いていく。


「これは……」

「どうしたんだ?」


 俺と深沙央さんは顔を見合わせた。


「深沙央様と康史様に爵位を与えたいから、お城へ来るようにと書いてあります!」


 こうして俺たちは王都へ向かうことになった。


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