27.彼女 吸血魔化した子たちを人間に戻す
上半身は女、下半身が蛇という化け物が真っ白な空間を這いずっている。石化の呪い。それが具現化した姿だ。
ここが深沙央とか言う人間の心の中。
まったく馬鹿げた者もいたものだ。誰かの代わりに呪いを受け入れるとは。
石化の呪いは蛇の下半身をくねらせて、心の中心部に向かった。中心部に触れて、この人間を石にしてやる。どのように苦しむか、恐怖するのか、後悔するのか、とても楽しみだ。
だが、中心部に来て愕然とした。
巨大な骸骨が心の中心を殴り、噛みつき、罵声を浴びせていたのだ。だけど心の中心はまったく傷つかない。
「よう、呪うんだったら順番守れよな」
声をかけられ、振り向けば三つ首の犬が立っていた。
石化の呪いは思わず問いかける。
「なんだオマエは」
「なんだとは、なんだよ。お前と同じ『呪い』だよ」
石化の呪いは言葉が出ない。
「あれれ。もしかして別の呪いに会ったのは初めてか。まぁ、そうか。俺も同じだったな」
「あ、えっと、どういう状況なのだ」
石化の呪いは巨大な骸骨を指し示し、聞いた。
「あれか。あれはシンプルに『死ぬ呪い』。ここの人間が八歳の頃から呪っているんだけど、どうも呪いが効かないみたいでな。俺が来たのが人間が九歳の頃だったから、一つ先輩か。何回か横入りして、俺も呪ってみたけどダメだった」
「へぇ。納得……するはずないだろ! 呪いが効かないなんて有り得るか!」
「ほかのヤツにも聞いてみなよ」
三つ首の犬の視線の先には、炎上している者と腐臭をまき散らす者が談笑していた。
「燃えているほうは人体発火の呪い。汚ねぇヤツが原因不明の病気の呪い。ちなみに俺は『身体が重くなって潰れる呪い』な。そういや『恋人が死んでしまう呪い』ってヤツもいたが、最近見てねーな。旅にでも出たか」
石化の呪いは現状を受け入れられない。三つ首の犬はニヤリとした。
「ここでは頑張ったって意味がねえんだ。人間が寿命を迎えるまで楽しくやろうや。おーい、先輩。今日は終わりにして、こっちで休もうぜ」
すると巨大な骸骨が素直にコチラへ向かってくる。
石化の呪いは動けない。状況が飲み込めないのだ。まるで石になったみたいに動けない。
「そんなに信じられないのなら、アンタも心の中心を壊してみな。無理だから。でも今日はよしてくれ。アンタの歓迎会だからよ」
「歓迎だと。私は呪いなんだぞ。呪いなんて誰も喜ばない。ゆえに呪いなんだぞ」
「ここにいるヤツは、みんな呪いだよ。みんなで呪いの歌を歌うんだ。楽しいぜ。来いよ」
石化の呪いが気付いたときには、下半身はうねっていた。三つ首の犬は尻尾を振った。
「人は呪っても自分まで呪う必要はないんだぜ。アンタ、名前は?」
「石化の呪い。魔神の呪術より生まれし者だ」
「ふぅん。石化か。せっちゃんって呼んでもいい?」
――☆☆☆――
「深沙央さん?」
うずくまる深沙央さんに、俺は恐る恐る名前を呼んだ。
「うん……喉のつっかえが取れたから、呪いは心の中で落ちついたみたい」
魔神の呪いを魚の小骨のように言わないでほしい。
「ほう。暴走から解放し、呪いを断ち切り、さらに呪死まで乗り越えましたか」
振り向けばカマキリ人間の吸血魔が立っていた。
「お初にお目にかかります勇者殿。私は吸血魔三大伯爵の一人、マンティスと申します」
吸血魔の大幹部か。タイミングからして今回の黒幕はコイツか。
「お前が。お前がマーヤを酷い目に遭わせたのね。許せない。たたっ斬ってやる!」
「お待ちください。今日は戦う気はありません。ご挨拶に来たまでですから」
「吸血魔は魔神と手を結んでいたのですね。数十年前から始まった他国への侵略は魔神が関係しているのですね」
「だったら何だというのです。詳細を申し上げる義務はありませんが」
深沙央さんとメグさんの問いかけをあしらったマンティスは、次にマーヤを見た。
「次期王妃の奪還は次回にしましょう。現状では、どんな手段を用いても心変わりしてもらえないでしょうから。そうそう。一度吸血魔になった人間は、主の吸血魔を殺しても元には戻りません。次期王妃にお伝えください。自責の念で人間の中に居づらくなったら、いつでも王のもとに帰ってくれば良いと」
マンティスは宙に浮かんで俺たちを見下した。
「逃げんじゃないわよ。今からお前を倒す。そして王を引きずり出して、倒して、この世界を平和にする。私はそのために異世界転移してきたんだから」
「たとえ王を倒したところで戦争が終わるとも思えませんが。女性勇者さん。貴女には期待していますよ。もっと強くなってください」
「うおりゃあああああああ」
そこへ、跳んできたアラクネがマンティスめがけて魔鉄槌を振り下ろした。浜辺の砂が舞い散る。
「手ごたえがない。どんチクショウ。幻影だったか!」
アラクネは歯ぎしりした。マンティスの姿はどこにもなかった。
海の家に気絶しているマーヤを担ぎいれる。
そこには五人の女の子が苦しんでいた。この子たちは暴走したマーヤの触手に血を吸われてしまった子たちだ。口を覗けば、吸血魔の牙が生えていた。エリットたちが心配そうにしている。
マンティスは人間に戻す手段はないと言っていた。俺は途方に暮れてしまう。
「勇者様、みんなを助けてあげて」
シーラが懇願してきた。俺は深沙央さんの表情から、手段がない事を悟った。
せっかくマーヤを助けたっていうのに。せっかくのお別れ会だというのに。
「なぁ深沙央」
アラクネだった。
「オマエの血は吸血魔にとって毒みたいなもんだ。その血で娘どもの身体から吸血魔の部分だけを殺すことはできないか」
「もし死んでしまったらどうするんだ」
深沙央さんの血を飲んだ吸血魔は破裂してしまったのだ。もしこの子たちに血を飲ませて死んでしまったら。
「そんなの危険な賭けよ。簡単には出来ないわ」
「その危険な賭け、私で試させてもらえませんか」
壁に手をついて、ヨロヨロとやってきたのはシーカだった。手の甲にはマーヤに噛まれたあとがある。口には牙。シーカも吸血魔になりかけているんだ。
「もしシーカに何かあったら」
首を振る深沙央さんにシーカは息を上げながら、でも、しっかりとした口調で言った。
「少しでも可能性があるなら試させて下さい。人のために危険な賭けに出るのも騎士の務め。もし何かあったときは」
ついにシーカは倒れて、それでも顔を上げる。
「そのときは妹を、シーラのことを頼みます」
深沙央さんは剣を手にすると、躊躇いもなく手首を切った。滴る血がシーカの口に入る。
するとシーカは一層苦しみ、もがきはじめた。
「シーカ!」「お姉ちゃん!」「シーカさん!」
深沙央さんは黙ってシーカを見据えていた。しばらく経つとシーカは大人しくなり、憑きモノが晴れたように、穏やかな寝息をたてた。
口を覗けば牙は無くなっていた。
「やった。成功した!」
深沙央さんは、ほかの女の子にも血を飲ませた。こちらも人間に戻っていった。
みんなはもちろん、駆けつけた地元民や軍人からも歓声が上がった。
「すごいぞ。吸血魔から治すなんて」「こりゃ本物の勇者だ」「奇跡を起こしやがった」
メグさんから治癒魔法をかけてもらっている深沙央さんに、女の子たちが駆けよってきて称賛を送った。




