26.彼女 呪われ役を引き受ける
すごい。海の中なのに自在に動ける。息もできる。目も痛くない。ドラゴンと同化して良かった。
「何か来るわ。気をつけて!」
大きなウミウシやミジンコが向かってきた。
「おそらくマーヤさんの使い魔だと思われます」
「マーヤのところに向かわせない気か!」
俺は襲ってくる使い魔を二刀流で斬り払った。深沙央さんは水流を操り、メグさんは魔法で戦いながらマーヤの居る方向を目指した。
しばらく進むとマーヤの大きな身体が見えてきた。急に辺りが暗くなる。
「それだけ深いところまで潜ってきたってことなのか」
「それもあるけどね。マーヤから流れてくる瘴気が原因よ。このままでは、ここが死の海になるわ」
「そうなる前にマーヤさんを助けないといけませんね」
数百のフジツボの塊の中心に、真珠貝に覆われた人の上半身の形をした部位がある。あれが本体か。
「マーヤ、聞こえるか。妙な腕輪のせいで暴走してるんだろ。いま壊してやる!」
「やめて……こないで」
フジツボから使い魔が放出されて、触手も生えてきた。
「邪魔ね。これでも食らいなさい!」
深沙央さんが前へ出た。
「広域水圧操作陣!」
手をかざした先に複数の渦が出現。それに呑み込まれた使い魔や触手は互いに衝突して霧散していく。深沙央さんは発生した渦を踊るように避けながら、ついにマーヤにたどり着いた。
「悪いのは腕環ね。いま楽にしてあげるわ」
腕輪に手を伸ばす深沙央さん。しかしマーヤは左腕でガードしてしまった。
さらにマーヤの表皮の貝殻が開き、大きな真珠が弾丸のように発射された。深沙央さんに命中し爆発、ユラユラと漂ってきた。
多くの真珠爆弾がマーヤの近くに浮かんでいる。
「あれは厄介ね。近づけないわ」
「マーヤ、聞いてくれ。腕環を壊せば元に戻れるんだろう。結婚なんてしなくていい。俺たちが世界を変えてみせる。俺は異世界転移してきたんだ。深沙央さんなんて九つの世界を救ってきた。この世界の未来を変える。だから諦めるな」
反応がない。いや、相手は女の子。よく見るんだ俺、得意分野だ。マーヤは左手で右腕の腕環を押さえている。あれは腕環を守っているんじゃない。腕ごと引きちぎろうとしてるんだ。
「マーヤも、戦ってる」
俺はマーヤのもとに急いだ。
「康史さん危険です。真珠の機雷があるんですよ」
だからなんだ。そこをどけ! 二刀流だ!
真珠爆弾を魔剣と太陽の剣で斬りつける。爆発する。飛ばされた先で別の爆弾に接触して爆発する。
やっぱり……無茶だったか。
周囲の海水が赤く濁りはじめた。傷口から血が噴き出してるのか。どうりでイテェよ。
そのとき、真珠爆弾が勝手に爆発した。なんだ?
「これって、そうか。海水に康史君の魔力が溶け込んだのね」
「ほう。考えたな。血に魔力を乗せて、狭範囲ながらオヌシの海域を作りだしたのか」
深沙央さんの解説とドラゴンの賞賛。よく分からないけど道は開けた。行くぞ!
「私も全力を放つわ。招勝式水圧砲吼弾!」
深沙央さんが海上に向けて輝く水の玉を放った。水の玉は海中の瘴気を貫いて、キレイな海水の道を作った。その海水を通して、海中に太陽光が届く。
太陽の剣が熱を帯びる。これなら。
「マーヤ!」
マーヤは確かに言っていた。勇者様、助けてって。
「だから! 世界を変えるために、まずはキミを助ける!」
「う……あ、康史さ……ん」
マーヤが右手を伸ばした。その手首には腕環が光る。俺専用の魔剣に力を込める。呼応するように太陽の剣が炎を帯びる。
ナナメ十字斬り。
腕環は斬り落とされ、マーヤは大きなフジツボから分離して人間の姿に戻った。大きなフジツボは海底に沈みながら崩れていく。海中を覆っていた瘴気も晴れていった。
俺たちは、虚ろな目をしたマーヤを連れて浜辺に戻った。
「これは」
浜辺に戻って愕然とした。マーヤの身体が石になりかけていたのだ。下半身から徐々に広がっていく。元の姿に戻った深沙央さんとメグさんも驚いていた。
「まさか暴走の代償なのか」
「それは違います。これは呪いなんです」
マーヤは苦しそうに言った。
「私が婚約者の元から逃げ出さないように施された呪い。こうなる事は分かっていました。もう時間切れなんです」
そんな。結婚しなかったら呪われて死ぬなんてメチャクチャだ。
「メグさん。回復魔法で何とかならないか」
メグさんは悔しそうに首を振った。
「深沙央さん。助けてやってくれ」
「呪いを解除することは、呪った本人ですら難しい事なのよ」
ここまで来て助けられないのか。なにか呪いを断ち切る手段は無いのか。異世界なんだろ。
「あっ」
思いつく。危険な賭け。断ち切る手段を探していて目に停まった。
俺は魔剣を手にした。
「康史君、何する気なの?」
俺用に進化した魔剣。扱いやすいように小型になってくれた剣だ。
今度はマーヤの呪いを断ち切ってくれ。そう願いを込めて魔力を込める。
石化が胸まで進み、苦しむマーヤを前に、剣を構えた。
「康史君!」「康史さん、やめてください」
「苦しみ抜いて石になって死ぬよりも、康史さんに最期を与えられたほうが幸せかもしれません」
違うよマーヤ。
「私は勇者様に助けられました。康史様に自我を取り戻してもらいました。ありがとう」
俺は、またキミを助ける。今度は笑顔を取り戻す。
「呪い、断ち切れェェ!」
斬りつけると、マーヤから黒い煙が噴き出して俺たちの頭上に滞留した。
マーヤは気絶していたけど、身体は元に戻っていた。やった。成功だ。
「剣撃で呪いと人を分かつなんて」
メグさんは驚嘆していた。
「さすが康史君。お祝いしなくちゃ、と言いたいところだけど」
深沙央さんが頭上の黒煙を警戒した。黒煙は心臓のように脈打っている。
「あれはなんだ?」
「呪いよ。呪いっていうのは呪った相手を呪い終わらないと消滅しないわ。このままだとほかの誰かを呪ってしまう」
「倒すことは出来ないのか?」
「倒すことが出来ないから呪いなのよ」
呪いの黒煙は蛇のような姿になる。上半身は人間。神話に出てくるメデューサみたいだ。
「あれは魔神です。マーヤさんを呪った者は魔神だったんです。そうなると吸血魔は魔神と手を結んでいたことになります」
メグさんの驚きようで、尋常じゃないことはわかった。
「魔神の事はあとにして、今は呪いをどうするかよね」
深沙央さんは渋った顔をすると、一人頷いた。
「よし。あの呪いは私が引き受けるわ」
「はぁ?」
「平気よ。いろんな異世界で呪われたけど、私には効かないみたいなのよね」
そんなことってあるのか。だからって今度は平気とは限らないし。
深沙央さんは心配する俺に気付いた。
「やってみる価値あるわ。私だってマーヤを助けたいもん」
黒煙に向かって深沙央さんは手を広げた。
「さぁ、呪いよ。私を呪いなさい。私と呪いどちらが勝つか、勝負よ」
呪いの黒煙は深沙央さんを包んで、身体に吸い込まれていった。




