25.それでも俺は追いかけたい
「空を飛んで探していたら、倒れているのを見つけたわ」
マーヤは海の家の一室で寝かされていた。深沙央さんの鎧は空を飛べる。今は俺と監視を交代して、俺がマーヤを看ていた。
「あ、ここは?」
「起きたか」
マーヤが目を覚ました。
「どうして、私を助けたんですか。私、実は……」
「そうだったか。うん。大変だったね。でも、もういいんだ」
「知っているんですか? それならどうして、どうして助けたのですか……ううっ」
マーヤは右手の腕環を押さえた。辛そうだ。何かを我慢しているような。
「マーヤ、目を覚ましたの?」
シーラとシーカがスープを持ってきた。
「よかった。メグさんが過労だって言ってたよ。私ね、マーヤが吸血魔に襲われたんだと思って、すごく心配してたんだ。よかった。帰ってきてくれて」
「違う。違うの。吸血魔は……こっちに来ないで」
シーラは嬉しそうにマーヤに近づいていった。お腹の音がなる。マーヤだった。
「お腹がすいているんだね。お姉ちゃんとスープを作ったんだよ。シプリちゃんがね、貝やエビをわけてくれたの。美味しいよ」
シーラはスープをマーヤのもとへ運ぶ。
「ダメ。痛い。来ないで。衝動を抑えきれない。もうダメ……助けて……勇者様」
マーヤ? マーヤはスープを叩き落とすと、大きく口を開けた。シーラの細い首に牙をつきたてようとする。
「危ないっ」
シーカはシーラの首とマーヤの牙のあいだに、自分の手を滑り込ませた。
「痛っ」
シーカの手の甲から血が滴り落ちる。手には噛まれたあとがあった。
「あ、う、ごめんなさい……ごめんなさい!」
マーヤは走って部屋を出ていった。シーラは呆然としている。
「私のことは良いですから。追ってください」
手を押さえながら座り込むシーカ。
「わかった。事情はあとで説明する」
俺はマーヤのあとを追った。
マーヤは海に向かって走っていた。俺は追う。
マーヤは海に入っていく。そんな悲しい背中で海に入るなよ。俺は海に飛び込んだ。間にあえ!
「ちょっと待ってください!」
前方に立ち塞がったのは数人の女の子だった。
「どうしてマーヤを追いかけているんですか? あの子、泣いてたんですけど」
え?
「康史様、追いかけるのが楽しいですか? 女子って、そういうの、すごく嫌がります」
ええっ?
「マーヤをイジメないでください。エッチな事をしないでください。っていうか康史様とエッチしたい女子なんて、この世界には存在しませんから」
なんだとぉぉぉぉぉ!
何が原因か分からないが、この子たちは誤解している。頭の悪いスケベ野郎がマーヤを追いかけまわしていると勘違いしている。
「前から思ってたんですけど康史様は変態なんです。改善を要求します」
「私たち、黙認なんてしませんから」
こうしているあいだにもマーヤは遠ざかっていく。俺の前にはビキニ姿の柔肌が立ちふさがる。当たって砕けていいものなら喜んで当たりに行くけど……
「いい加減にしやがれ! 神山康史!」
俺は俺を叱りながら俺の頭を殴った。煩悩を振り払う。
女の子たちは一斉に黙った。
マーヤは遠くにいた。小さい身体が波の中に消えようとしている。
マーヤは振り向き、言った。波の音で聴こえなかったけど、口は動いていた。その言葉は推測できた。
「ゴメンナサイ」
その身体は真珠貝のような装甲に覆われていった。吸血魔は二つの姿を持っている。人間の姿と、化け物の姿だ。身体中に張り付いている無数の真珠貝が開き、何本もの触手が浜辺に迫ってきた。
「おい、マジか!」
俺の声で女の子たちは触手に気付いた。
「驚いてないで逃げろ!」
女の子は悲鳴を上げながら海の家に走っていく。
「マーヤ! 怖がらなくていいんだ!」
大声で語りかけるが応答がない。
まだ事態に気付かず、浅瀬で遊んでいる女の子たちが触手に絡め取られた。触手の先端は首筋に張り付き、俺が駆けつけたときには離れていった。
その場で倒れる少女たち。首筋には血を吸われたあとがあった。
「康史君!」
深沙央さんたちだ。
「マーヤが変身したんだ。いきなり人を襲いだした」
「マーヤが何に変身したって? アタシには貝のバケモンしか見えないぞ」
アラクネの言葉に振り向けば……大きくなってる? 船の底にフジツボがくっつくように、変身したマーヤの身体に多くのフジツボが増殖して巨大化していたのだ。
スワロッテが驚き叫ぶ。
「いくらなんでも変身したくらいで巨大化はないっスよ。きっと吸血魔を暴走させるナニカが原因ス。マジックアイテムとか!」
そういえば見慣れない腕輪をつけていたな。
「じゃあマーヤは自分の意思とは別に人を襲っているってことね」
深沙央さんの言葉にスワロッテは頷いた。
「問題はそれだけではありませんよ」
メグさんは触手に血を吸われた少女たちを看ていた。
「もしマーヤさんが上級の吸血魔だとしたら、襲われた子たちは……」
上級に血を吸われた人間は吸血魔になってしまうのだ。マーヤは伯爵家の人。明らかに上級だ。
触手が今度は俺たちに狙いを定めてきた。
「喰らえ魔鉄槌!」
アラクネが魔鉄槌の電撃で触手を黒焦げにする。
「うおい! 相手はマーヤだって言ったぞ」
「よく見てみろ。あっちはピンピンしてるぞ」
巨大化したマーヤはノーダメージのようだった。そこへ
「ヒヒヒ。感謝しますよマンティス様。このシースタンに狩りの場を与えてくださった事にぃ」
今度はヒトデ人間の吸血魔まで現れた。
「あっ、テメぇは昨日の吸血魔!」
「そう言うオマエは昨日の邪魔者! 逃げるが勝ち!」
アラクネはヒトデ人間を追いながら言う。
「マーヤは任せた。さっさと説得しないと軍隊や騎士団に討伐されちまうぞ!」
「わかった。スワロッテは気絶している女の子を運んでくれ」
「了解っス。その前にお兄さん、武器を持ってきてあげたっスよ」
俺は魔剣と太陽の剣を受けとる。
そうしているあいだにもマーヤは海中に沈んでいった。
「追いかけるわよ。セミテュラー! 征海の鎧よ、顕現せよ!」
深沙央さんは水を操る鎧、マリンダンサーを装着すると海に飛び込んだ。
「私も行きます。潜水補助魔法! 海の精霊よ、我に水生の力を与えたまえ!」
メグさんは下半身を魚に変化させて海に飛び込んだ。まるでマーメイドだ。
よし、俺も行くぜ。……と思ったところで立ち止まる。どうやってマーヤのもとにたどり着けばいいんだ? また場違いなところに来てしまったのか?
「案ずるな。オヌシは小生と同化しただろうに」
「ドラゴンか!」
同化したドラゴンが心の中で語りかけてきた。そうか、お前は湖の守り神だもんな。
「お前と一緒なら安心だ!」
俺はマーヤが待つ海へと飛び込んだ。




