24.愛が高ぶって仕方がないから結婚するのよ。
夜になった。海の家の宴会場にはご馳走が用意されていた。地元の人たちもやって来て、俺と深沙央さんは吸血魔からシプリちゃんや女の子たちを救った勇者として、もてなしを受けた。
アラクネは新鮮な魚と酒で気分良く酔っ払い、メグさんやシーラ、女の子たちも美味しい料理にご機嫌だった。
目を覚ましたシーカは倒れていた理由が分からなかったみたいだけど、ほかの子たちと同じように楽しそうにしているから安心だ。
ただ、途中からマーヤの姿が見えないことが気がかりだった。
宴会が落ちついてきたところで俺は外に出た。マーヤを探して近くを歩いていると、高台の上でマーヤを見つけた。
「見つけた。ここは海が良く見えるね。真っ暗な海だけど」
マーヤはビクッと肩を震わせて振り向いた。そんなに驚かなくても。もしかしてマーヤにすら嫌われたのか。
「どうしたんだ?」
昼間も様子がおかしかった。俺はマーヤに近づいた。
「康史さん、こっちに来ないでください!」
ショック! 足が止まる。思考も止まる。
「マーヤ、なんだかよく分からないけどゴメンナサイ」
「違うんです。私、自分で自分が抑えられなくて」
マーヤは左手で右の手首を押さえている。そして倒れた。
俺は怒られるのを覚悟でマーヤに駆け寄った。
「マーヤ!」
「ダメです。ダメなんです。私のそばに来ないで」
マーヤは口を大きく開けた。歯のうちの二本が鋭い牙のようになっていて、俺に抱きつこうとしてきた。俺は肩をつかんで引き離す。
「本当にどうしたんだ」
そのとき呼びとめられた。シーカだった。剣を携えている。どうしたんだろう。
「康史様、ここにいらっしゃったんですね。マーヤさんも。急いで戻ってきてください」
「何があったんだ」
「吸血魔です。シプリさんが吸血魔に襲われました」
海の家の前には多くに人だかりがあった。その中に深沙央さんもいる。
「来たわね康史君」
話によると、シプリちゃんは何人かの女の子と一緒に夜の海を見に行ったという。そこで吸血魔に襲われたのだ。
悲鳴を聞いて駆けつけたアラクネが応戦。だけど酔っぱらっていたせいで、強力な一撃は間違えて波よけブロックに喰らわせてしまったそうだ。
その隙に吸血魔は逃走してしまった。
メグさんが気絶しているシプリちゃんに回復魔法をかけていた。
「噛まれた痕は魔法で消えます。吸われた血も少量だったみたいなので、しばらくすれば目覚めますよ」
それを聞いたシプリちゃんの両親はホッとした様子だった。
俺の隣には偶然シーラが立っていた。シーラは震えていて顔面蒼白、黙って泣いていた。
「シーラ?」
「シーラ、家の中に入りましょう。みんなも。今日はもう外に出てはいけませんからね」
シーカはシーラとみんなを連れだって海の家に戻っていった。
「きっと思い出してしまったのね」
深沙央さんの言う通りかもしれない。シプリちゃんが襲われたのを目の当たりにして、吸血魔に誘拐、監禁されて血を搾取されていたときのことを思い出してしまったんだ。
「あっ……ああ」
マーヤも泣きはじめた。きっとマーヤも辛いことを思い出してしまったんだ。
「大丈夫だよ。俺と深沙央さんが吸血魔を倒す。マーヤを怖がらせるようなヤツらはやっつける。深沙央さんが本気だしたら吸血魔なんて絶滅だ」
マーヤは泣きながら顔を横に振った。
海の家に戻る女の子が俺たちの横を通り過ぎた。
「こんなときに吸血魔が出るなんて。せっかく楽しい思いをしてたのになぁ」
「シプリがかわいそう。吸血魔なんていなくなればいいのよ」
「本当よね。血を吸うなんて気持ち悪い」
女の子たちは吸血魔に不満を爆発させている。俺も気持ち悪いヤツは嫌いだ。
「耳が痛いっスね」
スワロッテは苦笑いしていた。スワロッテが血を吸わない吸血魔であることを知っているのは一部の人間だけ。
深沙央さんは俺に言う。
「私たちも戻りましょう。吸血魔を捜索したいところだけど、夜のうちは私たちがみんなの近くにいたほうが、安心してもらえるわ」
「そうだな。帰ろうマーヤ。あれ? マーヤ」
マーヤの姿がなかった。
「お兄さん、お姐さん」
「スワロッテか。マーヤを知らないか。先に戻ったのかな?」
「そのマーヤさん。いえ、マーヤ様について聞いてほしいことがあるっス」
朝からみんなは海で遊んでる。吸血魔がいる以上、海水浴はやめようとの意見もあったけど、そのことに猛烈に反対したのはシプリちゃんだった。
「せっかく海に来たのに遊ばないなんて、もったいないよ」
シプリちゃんは自分が襲われたことに責任を感じているのかもしれない。それに今回はお別れ会も兼ねている。せっかく海に来たんだから遊ぶべきだということになった。
もちろん監視は付いている。俺たちが交代して吸血魔の襲撃に備えていた。
俺は監視しながら昨晩のことを思い出していた。
みんなが寝静まった頃、スワロッテがマーヤのことを話してくれた。
「スワは以前、吸血魔の三大伯爵家に忍び込んだことがあるっス。警備がしっかりしていて何も盗めなかったんスが、そこで見かけた伯爵家の当主であるマーヤ様にマーヤさんがそっくりだったんスよ」
「三大伯爵といえば吸血魔の王の次点だよな。同一人物だとしたら、どうしてニセ魔王に捕まってたんだよ」
俺の質問にスワロッテが首を傾げる。
「そこまではスワでも分かりかねまス。聞いた話だとマーヤさんはマジックアイテムで自我を封じられていたとか。もしかしたら、あの噂は本当だったのかも」
「噂って?」
「三大伯爵家に生まれた女子は王と結婚するのが決まりなんス。本人の意思とは関係なく。今の伯爵家で女性当主はマーヤ様のみ。でもマーヤ様は人間の血を飲むことや、人間の国との戦争には反対していたでス。それでも王と結婚するって報が流れたから不思議だったんスよ。だってマーヤ様が記憶喪失にでもならないと、結婚なんてありえないっスから」
しかし結婚の続報は無かったという。花嫁は結婚に反対していたことから、王は花嫁に逃げられたとか、はたまた誘拐されたとか言われていたそうだ。
「そのあとっスよ。魔王を名乗るニセモノが人間の国で独立国を作ろうとしたのは。王が討って出ないのは、相手が人質をとっているからってのが主な噂でした」
ニセ魔王は深沙央さんが最初に倒した吸血魔だ。
あのニセ魔王が記憶のない花嫁を誘拐して、吸血魔の国を黙られていたってワケか。
「そんなの許せないわ」
黙って聞いていた深沙央さんが立ち上がった。
「結婚っていうのは好きなもの同士がするものよ。一緒じゃなきゃ苦しいから結婚するのよ。愛が高ぶって仕方がないから結婚するのよ。本人にその気がないのに結婚? 結婚したいのに年齢制限で結婚できない身にもなってみなさいよっ」
分かりますよ深沙央さん。まずは落ちついて。
「それをっ。意思とは関係なく結婚ですって。反対したマーヤは正解よ。よく人間の国までやってきたわ。私、今から吸血魔の国に行って、王とか伝統とか決まり事を殴ってくる」
分かりますよ深沙央さん。落ちつくために落ちついて。
昨晩、マーヤは帰ってこなかった。マーヤが三大伯爵の一人で、さらに敵国の将来の王妃。さっぱりだ。
でもマーヤは自我を宝石によって封じられていた。宝石が外れたとたん、何かを思い出したようだった。そして様子がおかしくなった。
もしマーヤが本当に吸血魔だったら。
それがどうした。スワロッテが言っていた。伯爵家の当主は血を吸うことを拒んでいる良い人だって。だったらマーヤはマーヤなんだ。
「康史様~!」
エリットだ。
「深沙央様がマーヤを連れて帰ってきました」




