23.波とビキニとあの子の秘密
マーヤの胸から離れない不思議な宝石。俺が触れると赤色から青色に変わって、マーヤの自我が復活した。宝石はマジックアイテムだと思うんだけど……
せっかく海に来たというのに、マーヤは宝石のせいで水着で遊べない状況にいた。
そんなとき、アラクネの一言。
「康史が触ればいいんじゃないか。魔力の使い方も分かってきたみたいだし、今度こそ取れたりしてな」
もし上手くいくことでマーヤが楽しく過ごせるのなら、やってみる価値はあるか。
アラクネがマーヤの耳元で事情を説明している。マーヤは顔を赤らめた。
「こ、康史さん、私に服を脱げって。胸が見たいって本当ですか」
「こぉぉぉらぁぁぁぁアラクネ! お前は伝言ゲームが苦手な魔王か!」
「で、でも、康史さんが言うなら」
マーヤは手を小刻みに震えさせながら、上着のボタンを外していった。胸元の宝石が露わになる。
「康史、手を見せてみな」
アラクネは爪の先で俺の人さし指を突いた。血が滲む。
「イテっ。なんだよ」
「これで魔力を出しやすくなっただろ」
たしかに傷があったほうが、俺の場合、魔力が外に出やすいみたいだけどさ。
出血する人差し指でマーヤの青い宝石に触れてみた。
触れた瞬間、俺の頭に不思議なイメージが飛びこんできた。見知らぬ土地、目の前には深沙央さん。でも少し雰囲気が違う。
いつもの強さに溢れた深沙央さんの印象ではなく、不安げな表情をしている。守ってあげたくなる印象を感じる。
「康史君!」
深沙央さんの声に目を覚ます。俺は膝をついて涙を流していた。どうしてだ。
「平気なの?」
「うん。宝石は?」
宝石はマーヤの胸元から外れて足元に落ちていた。色は青から白に変わっている。成功したんだ。
マーヤは頭を抱えていた。
「マーヤ? 大丈夫か」
「ええ。もう大丈夫です。おかげで宝石が取れました。ありがとうございます」
マーヤは頭を下げた。なんだか雰囲気が変わった?
シーカが落ちた宝石を拾おうとすると手を伸ばした
「まさか魔封石を解除するとは。途方も無い魔力ですね」
けれど先にアラクネが拾いあげた。
「こういう危ない物はオマエには荷が勝ちすぎるよ」
そう言うと水着の中にしまってしまった。
「ねえ康史君。泣いていたけど、どうしたの?」
「俺にも分からないんだ。変なイメージが頭に入ってきたというか」
あの感覚は、思い出した、という感じに近いかもしれない。不思議な体験だったな。
深沙央さんは女の子たちと海で遊んでいる。かつての俺は水着に嫉妬していた。俺だって女子の身体を包んであげたい。俺は更衣室の壁に嫉妬していた。壁は女子の着替えを見ていたのだから。俺は波に嫉妬していた。女子の肌を好き放題に舐めるように波打ちやがって。
だが許す。俺には水着の深沙央さんがいる。きっと夜には二人きりになれる。今は彼女を慕ってくれる少女たちに譲ってやろうじゃないか。
俺は砂浜で海を見つめていた。16人の水着の少女たちを見つめていた。ビキニ率が高い。波よ、自然の力よ、素晴らしい大自然よ、水着をポロリしてくれ。期待しているぞ。
「海のバカヤロー! 海のバカヤロー!」
この声はエリットだ。だが今日は質問なんてしてあげない。
きっとエリットのことだから海の水量を上げるおまじないとか言い出すんだろう。だけどそれは、ただの満潮だ。
もしくは海をバカヤローと罵ると赤くなって怒るとか言うんだろう。だけどそれは赤潮だ。赤いプランクトンの影響にすぎない。
エリットが俺を見ている。質問されるのを待っている。だが質問はしない……が、なんだ?
「一体それは何のつもりだ!」
俺は思わず質問してしまった。
「これですか。さっき拾ったので水着にしたんですよ」
エリットはワカメをビキニにしていた。ボトムは器用にフンドシ風にしている。
「ちなみに海のバカヤロー! 発言には特に意味はありません。青春が高ぶると叫びたくなってしまいますよね」
それは間違ってない。間違っているのは水着だ。それでは簡単にポロリしてしまう。俺は子供体型のエリットにエロいことは望んでない。
「お兄さん、こんなところにいたんスか」
「スワロッテか。エリットに言ってやってくれ。……って、一体それは何のつもりだ!」
スワロッテは二枚の貝殻で胸を隠していた。
「盗んだ物ではないっスよ。拾ったんでス。海水に漬けたらピタッと胸にくっつきまスた。ボトムはこの先でゴミのように落ちてたんで、きっとゴミっス」
それでは速攻でポロリといくだろう。俺は子供体型のスワロッテにエロいことなんて望んでない。
それにボトムをよく見たら、
「俺のボクサーパンツじゃないか!」
ゴミのように落ちてただと。そういや男子更衣室はボロかった。海風に飛ばされたのか。
「お兄さんのパンツでしたか。異世界のパンツは履き心地イイっスね。貸しといて下さい」
二人は海に向かって走っていった。待ってくれ俺のパンツ。オマエが濡れてしまったら夜の俺はノーパンだ。
砂浜に散乱した俺の服を救出していると、海の家の裏から声が聞こえた。
覗いてみるとアラクネとシーカがいた。
「テメぇ何者だ。シーカじゃないな」
「見て分かりませんか。私はシーカですよ」
「とぼけるな。シーカの中身のテメぇに聞いてんだ。正体をあらわせ!」
「私は用があるので、これにて。邪魔をしないでくださいね」
「待ちやがれ!」
シーカは建物の角を曲がった。アラクネは追ったけど
「消えただと」
「どうしたんだアラクネ」
「消えたんだ。やっぱりシーカは」
「おーい。康史君、アラクネ。一緒に遊ぼう」
深沙央さんが手を振りながら駆けてきた。水着で。はーい。今行きまーす。
――★★★――
左右が岩場に遮られた人気のない砂浜。マーヤは一人、ここにやってきた。ここだけは入り組んだ海岸になっているため、波が高く、泳いでいる者はいない。
「ちゃんと来てくれましたね」
そう語りかけたのは、マーヤの背後に音も無く現れたのはシーカだった。
「その娘から早く離れなさい。マンティス」
マーヤは静かな物言いだったが、語気には怒りがこめられていた。
シーカの影からカマキリ人間のような化け物が現れる。上級吸血魔の中でも参謀職を担う伯爵、マンティスだ。シーカの身体は糸が切れた操り人形のように、その場に倒れた。
「お久しぶりの再会だというのに、随分と怖い顔をしますね。次期王妃」
「あなたが私にしたことを考えなさい。王との婚姻を無理強いし、拒めば呪いで脅迫し、魔封石で記憶まで封じた卑劣漢。今度は関係のない娘まで巻き込むとは何事ですか」
マーヤの拳は握りしめられ、目には憎悪が滲みでていた。
マンティスはせせら笑う。
「貴女が王と契りを交わすのを拒むからですよ。三大伯爵として生を受けた女性は王と結ばれる義務がある。そうして強力な次世代の王を生むのです。貴方はこれを拒んだ。そして逃げようとした。記憶を封じてでも王のもとへ送るのは仕方のないことです」
「どうして愛してもない男と結ばれなければならないのですか。王は私に興味なんて持っていない。自我のない私が蜘蛛男爵に囚われても王は動きませんでした」
「ふぅむ。確かに王も婚姻には無関心でした。でも関係ないのです。しきたり通りに次期の王を産んでいただき、その者が吸血魔の新世界を創造してくだされば。私には王と貴女の想いや考えなど、どうでもいいことなのです。それに」
マンティスはマーヤを舐めるように見た。
「そろそろ呪いが発現する頃合いです。呪いを解くには王のもとへ行って、術者に解いてもらうしかありません。呪いの力は分かっているはずです。それでも婚姻を拒むのは何故ですか」
マーヤは憎しみと嫌悪の視線をマンティスに向ける。
吸血魔の国が他国に対して好戦的になったのはマンティスが参謀職に就いてからだと聞いている。
今の王は他国への侵略がはじまってから、王職に就いたにすぎない。
人間との戦争の発端はマンティスなのではないかとマーヤは考える。それに他者の意思を無視する男はキライだ。
マンティスは困ったとばかりに唸る。まるで自分が被害者かのように。
「もしかして人間に心を売りましたか」
「人間は私たち吸血魔と変わりません。食糧でなければ眷族でもない。ましてや滅ぼしていいものでもありません。王に告げなさい。今すぐ戦争はやめなさい」
「今さら人間と共存できるとでも?」
「少なくとも蜘蛛男爵から私を救ってくれたのは勇者様でした」
「勇者ね。確かに面白いですが、この世界で何が出来るか」
マンティスは高速でマーヤの背後に迫ると右腕をつかんだ。右腕に腕環をはめる。
「何を?」
「これは吸血魔の能力を高める魔具です。試作型なので安全性までは保証できませんが。吸血魔の衝動が強まった状態で、どこまで人間と共存できるでしょう。ちなみに一度つけたら外せませんよ」
「この不埒者!」
マーヤはマンティスを振り払う。そのときだ。
「マーヤ、どこにいるの?」
シーラの声がした。駐在所で一番仲の良い少女だ。
「お話はここまでにしておきますか」
マンティスは宙に浮き、その姿は薄くなっていく。
「呪いの件ですが、そろそろ王の元に戻らないと本当に死にますよ。貴女が死んでしまうと非常に不本意ですが別の女性を探さなければなりません。そうなる前に考え直してくださいね」
「待て!」
「それと戦争でしたら、じきに終わります。貴女が王と結ばれて、強力な時期王が産まれれば、あっという間に人間は滅びますから。だから是非帰ってきてください。私は歓迎しますよ」
「こんなところにいた」
シーラだ。それに康史や深沙央たちもいる。マンティスの姿は完全に消えていた。
「みんなでお夕食を作ろう。今晩は豪勢だってシプリさんが言ってたよ。あれ? お姉ちゃん、どうしたの!?」
シーラが倒れているシーカに気付いた。
「身体が熱いわね。もしかして熱中症かな。メグさん」
「夢中になって遊んでいたのかもしれませんね。海の家に戻って休ませましょう」
深沙央とメグがシーカを運ぶ。
「おかしいな。シーカから怪しい気配が無くなってる」
アラクネは首を傾げる。
康史はマーヤの助けを求めるような視線に気付いた。
「マーヤは熱中症……って言っても分からないか。体は大丈夫か?」
「はい、別に……」
マーヤは腕環が巻かれた右手を隠した。




