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20.魔剣と魔力と彼女の殺気

 竜神湖でキャンプすることになった俺たち。

深沙央さんとメグさんは夕食のスープを煮詰めていた。アラクネは酒をチビチビ飲んでいる。アウトドアの経験なんて殆どない俺は戦力外だ。手持無沙汰だな。


「お兄さん、ちょっと」


 スワロッテが手招きをする。なんだろう。招かれるままに茂みの影までやってきた。


「見てほしいものがあるっス」


 上着を脱ぎだすスワロッテ。


「待ってくれ。俺はキミにそんなことは望んでない。それに彼女がいるし」

「上着を脱がないと背中の剣が取れないんスよ」


 剣だと。上着の背中にくくり付けられていた剣。よく見れば真っ黒で禍々しい鞘に収まっている。手にすると力が吸い込まれ、跳ね返って来て、気持ちが高ぶってくる。やる気が湧いてくる。


「やっぱりお兄さんに反応してたっスか」

「これは?」


 俺は鞘から剣を抜いた。刀身は長く、太く、茂みの影でも分かるほどの漆黒だ。


「それは魔王13秘宝のひとつ、魔剣。王の宝物庫から盗んできたんス」

「なんだって」

「ずいぶん簡単に引き抜いたっスね。スワでは無理だったのに」


 スワロッテは身体をくっつけてきた。


「お兄さんったら随分大きな魔力を持ってるんスね。強い男は好きっス。スワの相棒にならないッスか?」


 甘い吐息が俺の鼻をくすぐる。桃の香りがした。さっきの桃缶だな。それと少し酒臭い。そういやアラクネの酒も盗んでたんだっけ。俺はスワロッテの熱い息でクラクラしてきた。


「優しいお兄さん。スワの身体を張った謝罪を受けとってほしいっス」

「ダメだ。俺には深沙央さんがいるんだ」

「だったら代わりに戦ってくれませんか」

「え?」


 近くの木の上から何かが降ってきた。コイツは、蛾人間?


「ようやく追いついたぞスワロッテ。魔剣を持ち逃げするなんてズルイじゃねーか」

「魔剣は売り払う約束で盗みをしたっス。それなのに盗品を強盗や実力支配のために使おうなんて盗み手の風上にも置けないっス」

「吸血魔か。どういうことだよ」


 俺は魔剣を構えた。


「アイツの名前はモスモン。一緒に魔剣を盗んだ仲間でしたが、その目的は魔剣を使って吸血魔と人間を支配することだったんス。スワは魔剣を持って逃げ出したんスよ」

「その剣を渡してもらおうか」

「いやっスね。だいたいモスモンだって鞘から引き抜けなかったクセに」

「光よ、邪悪なるものに裁きの矢を。フラッシュアロー!」


 そのとき、メグさんの攻撃魔法がモスモンの足下に炸裂した。

 深沙央さんたちが駆けつけてきたのだった。


「話は聞かせてもらったわ。人の彼氏まで盗もうとするなんて、正真正銘の泥棒だったのね」

「お兄さんのハートは既に盗まれていたっス。お姐さん、一体どんな手段を使ったんスか」

「え、それは、え~と。康史君から告白してくれたっていうか」

「ひゅ~、熱いっスね」

「そんなことより、あの吸血魔はあなたを狙っているんでしょ。泥棒同士で解決して」

「あんなヤツと同じにしてほしくないっス。モスモンの牙をよく見るっス」


 モスモンの牙と口元には血の跡が残っていた。


「人間を襲ったっスね」

「ああ。この先に旅人がいてな。うっかり動かなくなるまで吸っちまったぜ」

「泥棒には盗んではいけないものがあるっス。そんなことも分からないんスか」

「泥棒はヤメだ。これからは吸血魔の新たな支配者として君臨してやる。魔剣を返せ」

「もういい。私が戦うわ」


 深沙央さんはモスモンと対峙した。ところが


「ここは康史にやらせてみようぜ」

「アラクネ?」

「なんのために、ここに来たと思ってるんだ。丁度いい武器もあるみたいだしな」


 アラクネの視線は俺が持つ魔剣に注がれていた。でも、この魔剣は素人にはちょっと大きいのだ。


「ショック療法ってヤツだ。戦いの中で強くなるのが男ってもんだからな」

「上手くいくはずないだろ。練習もしてないんだぞ」


 アラクネに否定する俺。

その時、同化したドラゴンが語りかけてきた。


「少年よ、やってみるのだ。死にそうになったら小生が助けてやろう」

「ダメよ康史君。私が戦うわ」

「深沙央は黙ってな。いつまでも弱いままじゃ康史の立つ瀬がない。それに要塞戦で康史を守っていたのはアタシだ。次はもうないぞ」


 アラクネは深沙央さんを制止する。アラクネの言うとおりだ。深沙央さんのピンチは明日かもしれない。弱いままじゃダメなんだ。

 深沙央さんが心配そうに見つめてくる。そんな顔はさせたくない。魔剣を構える。


「剣を引き抜いたのか。ただの人間が」


 そう言うモスモンに、俺は駆けた。ただの人間は今日でおしまいだ。

 剣で斬りかかる。突く。薙ぎ払う。袈裟に斬る。だが、相手は蛾人間だけあってヒラヒラと舞い、ちっとも当たらない。剣は重くて腕が疲れてきた。


「魔剣を抜いておきながら、その程度か。驚かしやがって」


 モスモンに蹴りとばされ、俺は横転する。モスモンが背中の羽根を羽ばたかせると、鱗粉が舞い、それらが集まって槍になった。


「魔剣を返してもらうぜ。死ねぇい」


 槍が迫る。だけどモスモンはピタリと止まった。


 モスモンの視線の先には深沙央さんがいた。深沙央さんは俺の戦いを見ているだけだった。だが、彼女から放たれる尋常ではないほどの殺気がモスモンを制止させたんだ。

 まるで世界の全てを敵に回してでも、目的のためならば構わない。そんな殺気が周囲の空気に溶け込んでいる。


「おい深沙央、邪魔すんな」


 アラクネに注意されて深沙央さんは俺たちから視線を逸らした。モスモンは溜息が洩らすと俺から距離を取った。


「あんな女は相手にできない。さっさと魔剣を奪ってトンズラしねぇとな」


 モスモンの攻撃。俺は魔剣で必死に受け止めた。コイツがライオラやシープンより弱い事は分かってる。でも勝てない。俺は普通の人間なんだと思い知る。

 ついに魔剣で受け止めきれず、モスモンの槍が俺を突き刺そうとした。そのとき身体が勝手に避けた。さらに大きく跳んで距離を取る。


「ドラゴン、お前が助けてくれたのか」

「うむ。オヌシの魔力を身体制御に回せば、造作も無い芸当よ。だが戦うのはオヌシぞ」

「わかってるさ」


 再び剣を構える。走る。槍を構えていたモスモンは、突如槍を捨てて何かを投げてきた。右腕に当たり、痛みで立ち止まった。血が噴き出す。


「俺様の鱗粉が作り出せるのは槍だけじゃない。短刀だって作れるのさ」


 痛い。血がボトボトと地面に落ちる。魔剣に血がつたるほどの出血だった。

深沙央さんは心配してるだろうか。俺は深沙央さんの顔を……

 いや、見ない。俺が見たら余計心配させてしまう。


「オマエは変わった血の匂いがするな。でも吸わないでおいてやる。俺様が魔剣を手に入れたら全ての人間の血は俺様の物になるんだからな」

「そんな身勝手なこと、させるかよ」


 傷口が熱くなる。怒りが傷口から溢れ出ていく気がした。


「空気が変わった。何だこれは」


 モスモンが驚いている。


「康史のヤツ、深沙央の真似をしたな」

「アラクネ、私の真似って?」

「さっき深沙央は殺気で空気を変えやがった。康史は魔力を空気に混ぜ込ませたんだ。ここは康史の領地みたいなもんだ。傷口が魔力の良い放出口になったみたいだな」


 さらに俺の血で濡れた魔剣にひびが入って砕けた。魔剣から出てきたのはもう一本の剣だった。


「お兄さんてば、魔剣を自分用に作り変えたんスか!」


 俺用の剣だって? なるほど。丁度いい重さと大きさだ。これなら扱いやすい。


「おのれっ。それは俺様の魔剣だぞ」


 モスモンは鱗粉で槍を作ろうとするが、鱗粉が集まらない。アラクネが言った。


「さっき言っただろ。ここの空気は康史の魔力が溶け込んでんだ。上手くいくかよ」


 体が軽い。身体の中の重いものが傷口から出ていったみたいだ。


「康史よ、想像してみよ。足にも傷があるイメージだ」


 ドラゴンの助言どおりに想像して、駆けだす。足から風が出ているように、早い。

 一閃。

 切り払われたモスモンは廃塵と化して散っていった。


「傷を負って怒るのではなく、他者の未来のために進化したか。たしかに人間は面白いかもしれぬ」


 ドラゴンは妙に納得した様子だった。




 こうして俺はドラゴンと魔剣を得て駐在所へ帰ることになった。帰りの馬車の中で深沙央さんに聞いた。


「ドラゴンが同化できるのは清らかな心と身体を持つ乙女だけだったはずだよな。湖のドラゴンは俺でも良かったのか?」

「ああ、そのことね。実は誰でもよかったみたい。エンシェントドラゴンは同化したあと私にだけこっそり教えてくれたわ」

「そうなの?」

「拘りや常識でガチガチに固まった大人よりも、純粋無垢な子供と同化したほうが扱いやすいって言っていたわ。あと、誰でもいいなんて言うと自分の価値が低く見られそうで嫌だったみたい」


 つまり見栄ってヤツね。


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