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2.彼女 魔王を殴る

「勝手に召喚して、さらに初対面にもかかわらず生意気な対応をしてしまい、大変申し訳ありませんでした」


 土下座をしながら謝罪する白騎士さんの名前はシーカ・ネイムズ。この辺りを警護している騎士だそうだ。

 一ヶ月ほど前から領内で少女を狙った誘拐事件が頻発しているという。犯人は血を吸う種族『吸血魔』。


 明日にでも吸血魔がアジトにしている廃城に向かうため、異世界の勇者を召喚して少しでも戦力を増やそうと考えていたという。

 

「それで、私たちは廃城に攻め込んで吸血魔を倒して、女の子たちを取り戻せばいいのね」


 変身を解いた深沙央さんはシーカに聞いた。


「はい。明朝にでも勇者様たちの装備を整えて、私とともに攻め込んでもらう気でいました。しかし白陽の鎧を失った私では足手まといになるだけです。作戦を立て直します」


 シーカが纏っていた鎧は深沙央さんに砕かれてしまった。今は身体に密着したインナースーツと剣だけが彼女の装備だ。

 意気消沈するシーカとは裏腹に、深沙央さんは全く問題ないといった口調で聞いた。


「その廃城はどこにあるの?」

「あちらを真っすぐ進むと森があります。その森の奥に廃城があるんですが。まさかお二人だけで行くつもりなのですか」

「そのつもりだけど」


 そのつもりなの? シーカは立ち上がると抗議した。


「いけません。確認されている吸血魔は二人。そのうち一人は蜘蛛男爵といって魔王を名乗っています。さらに多くの毒蜘蛛を操ります。何人かの冒険者が挑みましたが返り討ちにされました。王国軍は討伐隊を編成中ですが出撃の目処は立っていないのです」

「つまり魔王一人と仲間が一人。たった二人なのね」

「そんな簡単なことでは……うっ」


 倒れそうになったシーカの背中を俺は受け止めた。シーカの顔をよく見れば疲労がたまっているようだった。


「誘拐された少女は三十人を超えます。その中には私の妹も含まれます。今ごろ血を吸われているか、最悪の場合殺されていることも」


 妹さんまで。シーカは焦っているんだな。最初に勝負を挑んできた口ぶりとはまるで違う。今の真面目そうなシーカが本当のシーカなんだ。


「もう喋らなくていいわ。あとは私たちが何とかする」


 深沙央さんは光に包まれると、さきほどの聖式魔鎧装とかいう鎧を身にまとった。


「高校生活初めての夏休みを異世界転移で潰されてムカついていたけど、この世界の困っている人たちを助けたくないわけではないわ。康史君、さっさとゲス魔王をやっつけて女の子たちを助けましょう」

「ああ、そうだな」


 そうは言ったものの、たった二人で大丈夫か。実質戦えるのは深沙央さんだけだ。俺の腕にもたれかかるシーカは心配そうに言った。


「待ってください。せめて朝が来てから乗り込んだほうが」

「五十倍速!」


 聖式魔鎧装の深沙央さんは俺のうしろ襟をつかむと走り出した。五十倍の速度で。俺の腕にもたれていたシーカは支えを失って引っくり返っていた。

 引っくり返る直前のシーカを、俺は手を伸ばして支えようとした。そのとき、俺の手がシーカの着ていたインナーの背中の部分をつかんだ。

 だが、深沙央さんに引っ張られていたので、つかんだインナーが破けてしまった。


 五十倍の走力に引っ張られ、俺の身体は宙に浮いている。手にはシーカの破れたインナースーツ。悪いことをしてしまったな。

 よく見たらインナーとともに赤い何かを掴んでいる。これは


「やった! ブラジャーだ! この世界にもブラジャーがあるのか!」


 破いた拍子にブラジャーを引きちぎってしまったみたいだ。直前まで女の子が身につけていたブラジャーが俺の手に。

 それにしてもシーカ、真面目そうな雰囲気で赤い下着とは恐れ入ったぜ。


「康史君、何か言った?」

「いいえ! 何も!」


 今度会ったとき返さなくちゃな。急いでズボンのポケットにしまった。


「康史君と一緒にいると勘を取り戻すのが早いわ。それに身体の魔力の流れが、とってもいいの! やっぱり魔力の大きい人が近くにいると、良い影響があるみたい」

「そうなのか?」

「うん。これなら……百倍速!」


 ドンっ!


 さらに走力が上がった。五十倍速のときは景色がうしろに流れていった。百倍速になると目が景色をとらえられない。


「森に突入したわ。廃城まであと少しよ。この調子ならイケる! チェンジ、スカイダンサー!」


 深沙央さんの鎧の背中から金属質の翼が出現した。さらに鎧の各所が鋭利な形状へ変化していく。そしてスピードに乗ってジャンプすると、飛んだ。


 高い。俺はうしろ襟だけを掴まれた状態で空を飛んでいる。


「あれが廃城ね」


 見れば廃城がグングン近づいてきて


「バリア全開!」

「バリア張れるの?」


 そのまま最上階のド真ん中の城壁に突っ込んだ。


 そこには玉座に座る蜘蛛人間のような化け物と、ローブを着たハサミ虫人間の化け物がいた。すると、あいつらが魔王とその仲間か。


「誰だオマエたちは!」


 ハサミ虫人間が怒鳴ってくる。深沙央さんは俺から手を離すと、両手を腰に当てて仁王立ちになって怒鳴り返した。


「私たちはオマエたちを倒しに来た勇者よ! とっとと倒されて女の子たちを解放しなさい!」


 蜘蛛人間がせせら笑う。


「勇者とは面白い! 魔王スパイダの居城に立ち入ったことを後悔させてやろう。側近のイヤウィッグ、あの者たちの力を計測してやれ」


 イヤウィッグと呼ばれたローブ姿の化け物は、懐から水晶玉を取りだすと深沙央さんに向かって、かざした。


「この水晶は人間の体力、魔力を計測する物。貴様の力は……あれ?」

「どうした側近よ」

「測定不能と出ています」


 すると蜘蛛人間の魔王スパイダは腹を抱えて笑いだした。


「脅かしおって。測定出来ないほどの弱者が勇者とは。これでは騎士や冒険者のほうがよほど怖いわ」


 するとイヤウィッグが震えながら口を挟んだ。


「あの、蜘蛛男爵?」

「今は魔王!」

「魔王、弱者が外から最上階の壁を突き破って、魔王の間にやってきますかね?」

「え? え~と、側近よ、もう一回計測してみろ。今度は丸腰の男のほう」


 イヤウィッグが水晶玉を俺のほうへかざした。すると、バリン! 水晶玉が壊れた。


「こ、これは……」

「側近よ。使い方を間違えてるんじゃないのか」

「いいえ。取扱説明書には、吸血魔の王だけは測定してはならない。測定しようにも魔力量を測りきれなくて最悪壊れる場合がある、としか書かれていませんでした。使い方は間違えておりません」


 深沙央さんは魔王へと近づいていく。魔王は慌てて杖を向けた。


「お、おいっ、勝手に近づいてくるな! この杖は魔王13秘宝のひとつ、魔杖だぞ。これを手にした我の力は格段に跳ねあがるのだ! 出でよ、魔結界!」


 蜘蛛の巣状のバリアが深沙央さんの前に立ち塞がった。深沙央さんは拳を握りしめると


「この技は私の26の必殺技のひとつ、全力パンチ!」


 蜘蛛の巣状の結界は霧散した。魔王は驚愕する。


「そ、側近。まずはオマエが戦え!」

「え! えっと、これから会議がありますので、今晩はこれにて」

「なんだと! この城の吸血魔は、我と側近の二人だけではないか!」


 側近のイヤウィッグは俺たちが突入するときにできた壁の穴から飛び降りていった。


「一体取り逃がしたけど、今は女の子を助けることが先決よ。八十倍速!」


 深沙央さんは魔王から魔杖を奪い取り、部屋の隅に投げた。魔王は唖然とする。


「オマエは三十人の女の子に怖い思いをさせた。少なくとも三十回は痛い目に遭わせてやる!」




 スマホの時計を見る。夜の十時一分。この世界にやって来てから一時間経過。

 魔王は既にボロボロだ。何発も殴られ、蹴られ、手刀を打ちこまれている。


「くくく。くくくく」


 みすぼらしくなった魔王が突然笑い出した。


「この我が黙って殴り続けられるとでも思ったか。この城にいる配下の蜘蛛をこの部屋に呼びよせた。天井を見るがいい」


 見上げれば無数の蜘蛛がうじゃうじゃと張りついていた。小さいものでも手の平くらいの大きさがある。


「あの蜘蛛は少女の匂いを嗅ぎつけ、噛んだ者の動きを止める。動きを止められた少女は気を失うわけではなく、動けないまま我に血を吸われ、弄ばれるのだ!」


 なんだ、その蜘蛛。一匹飼いたい。


「鎧の戦士よ、キサマは女だな。キサマも蜘蛛に襲われて動けなくなったところを存分に可愛がってやろう」

「このゲス外道め! オマエは女の敵! どの世界にもいてはいけない存在よ!」


 全くその通りだ! そんな蜘蛛、一匹たりとも生かしちゃいけない!


「かかれ! 蜘蛛ども! その生意気な女をデク人形にしてやれ!」


 天井の蜘蛛が一斉に落ちてきた。百はいるかと思われる蜘蛛が一斉に深沙央さんに群がる……と、思ったけど、何故か俺に群がってきた。しかも俺の股間のあたりに。

 深沙央さんのほうには一匹たりとも向かっていない。


 魔王は混乱した。


「バカな! その蜘蛛は少女の体臭に反応する。キサマは男だろう。少女の体臭がついた物でも持っているのか?」


 可能性はただひとつ。シーカのブラジャーだ。ブラジャーは股間の横、つまりズボンのポケットに秘められている。

 ポケットの中に手を入れてブラジャーの感触を確かめた。程よく湿っている。指先の匂いを確かめる。甘酸っぱい青春の香りがした。

 これだ、これに蜘蛛は群がっているんだ。死守しなければ!


 魔王は混乱の極みにいた。


「男がどういった手段で蜘蛛を引きつけているのか分からんが、女よ、キサマはどうして?」

「聖式魔鎧装はあらゆる瘴気、冷気、熱気を中に通さない仕組みになっているの。逆もまたしかり。康史君、私のことを心配して蜘蛛を引きつけてくれているんだね。どんな方法を使っているか分からないけど、ありがとう!」

「どういたしまして!」


 ブラジャーを死守していることも死守しなければ!


「さて魔王。もっと痛めつけたいところだけど、予定が変わったわ。私には彼氏を蜘蛛まみれにして楽しむ趣味はないの」


 そう願います。深沙央さんは拳を構えた。


「すぐにでも消えてもらうわ! 二百倍速×全力パンチ=魔拳鉄甲弾!」


 その計算、俺の学歴では無理だ。魔王も回避することは不可能だ。深沙央さんの必殺拳は魔王の身体を貫いた。


「グハァ! 最後に言っておく。我は本当の魔王ではない。吸血魔の王の宝物庫から魔杖を盗み出して、こんな田舎でいい気になっていただけなのだ……グハァ!」

「そんなことだろうと思ったわよ。だってオマエ、ほかの世界の魔王と比べても、格段に弱いもの!」


 魔王、いや、ニセ魔王の蜘蛛男爵は廃塵と化した。俺の股間に群がっていた蜘蛛たちも灰になった。




「みんな、大丈夫か?」


 女の子たちは別の階の部屋に監禁されていた。血を吸われるためだけに連れてこられた38人の少女たち。

 俺が扉を開けると一瞬怖がったものの、俺が人間だとわかると、ある子は安堵の表情を見せ、ある子は泣きだした。


「もう安心だ。俺たちが助けに来た」


 何人かの子が泣きながら抱きついてきた。


「怖かった」「もう家族には会えないかと思った」「もうダメかと諦めてた」


 そう言う少女たちを、俺は頭を撫でて慰めるしかなかった。


 少女の一人が、俺の背後の何かに気付いて怯えた顔をした。


「ま、魔王!」


 なに? アイツはさっき深沙央さんが倒したはず。振り向くとそこには……魔王の武器・魔杖を手にした鎧の戦士、深沙央さんが立っていた。


「私だって戦ってて怖かったんだから! どうして私の頭は撫でてくれないの!」


 怒っている。仮面で表情が見えないが、すごく怒っている。彼女に告白して一時間二十八分経過。初めて嫉妬されている。


 こうして神山康史、高校生活初めての夏休みが始まろうとしていた。さらに……


「あ、あのっ」


 一人の女の子が歩み寄ってきた。


「さっき、一人連れていかれてしまいました。ハサミ虫の吸血魔に」


 事件はまだ解決していなかったのだ。


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[良い点]  1話から爆笑しました。  ぶっ飛んだ彼女さんへの冷静なようで冷静でない突っ込みが面白すぎです  死守していることも死守しなければとか、言葉遊びも秀逸で、ついつい笑ってしまいます。 [気…
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