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19.彼女の中のエンシェントドラゴン

「今度こそ、さらばだ。人間たちよ」


 ドラゴンは再び湖に消えようとしていた。


「ちょっと待ちなさいよ。……ん、ええ、何……ちょっと聞こえづらいんですけど」


 深沙央さんは突然耳に手を当てた。まるでスマホで話しているみたいだ。エアスマホ?


「あ、もしもーし。うん久しぶり。え、それはいいけど、頼んでみる。おーいドラゴン」

「物わかりの悪い人間め。いい加減に帰ってくれ。吸血魔に滅ぼされたくなければ、多くの子を産めばいい。彼氏と励め。そんなこと言わせるな。恥ずかしい。さらばだ」

「そうじゃなくて。ウチのドラゴンがあなたと話がしたいって」


 俺とメグさんは驚いて深沙央さんを見た。


「だから、私の中のドラゴンがあなたと話したがっているの」

「人間め、小生をバカにしているのか」


 そのとき、辺りに霧が立ち込めてきた。不自然なほどに霧の広がりが早い。


「これは小生の仕業ではないぞ。女、お前の魔法か?」


 深沙央さんは答えない。まるで身体を乗っ取られたように、ぼんやりと立っている。

 そして背後の霧をスクリーンにするように、大きなドラゴンの幻影が浮かび出た。


「余はワールド・リーフの守護者、エンシェントドラゴン」


 それは湖のドラゴンよりも一回り大きくて、立派な角が生えていた。怖さよりも威厳のほうが大きい。思わず傅きそうになる。神々しいとはこのことか。


「小生以外にもドラゴンが。バカな。この世界のドラゴンは小生で最後のはず。それに、この壮大な魔力はなんだ。五本指だと。竜王なのか」

「そなたから見れば異世界の竜だ。話を聞いていたが苦労してきたのだな」

「ド、ドラゴンが、小生のほかに、いた……」


 ドラゴンの目が潤みだした。そうか、寂しかったんだな。


「この世界のドラゴンよ。湖の守護者よ。そなたの境遇には同情する。だが、このまま死んでいい者ではない。仲間もそれは望んではいないはず。滅ぶ前に人間と同化してみぬか」

「しかし……」

「人間は愚かで寿命も短い。だが愚かなりにも必死で生きている。同化してみるのも面白いぞ。特に異世界転移するような人間は」

「だが、もう小生は」


 ドラゴンの声は弱々しい。心の痛みが伝わってくる。ドラゴンは弱いんだ。俺と同じだ。


「なぁドラゴン」


 俺はドラゴンに出来るだけ近づいた。


「俺は戦いで多くの仲間を失った。助けられた。弱いんだ。下手すればドラゴンと同じ立場になっていたかもしれない。それでも俺は強くなりたい。力を貸してくれ」

「もう少し、生きてみるか」


 ドラゴンはエンシェントドラゴンのほうを向いた。


「竜王、この人間と同化したら、小生の話相手になってもらえないだろうか」

「心行くまで」


 ドラゴンは俺に大きな顔を寄せてきた。


「康史と言ったな。戦いで傷つき、それでもなお強くなりたいと思うのなら、決して弱い者ではない。小生はもう戦えない。だが、力は貸してやろう」


 俺は大きく頷いた。

 エンシェントドラゴンが聞く。


「この世のドラゴンよ、そなたの名は」

「名前を呼んでもらえるのも久しいな。小生の名は……」




 ドラゴンの魂は俺と同化した。同化はあっという間だった。身体が光に包まれるとか、力が溢れだす、なんてことは全くなかった。変化なし。


「最初はそんなものよ。これからよ」


 深沙央さんは笑った。俺たち四人はテントへ戻るところだ。


「さっきから心の中でドラゴンと話そうとしているんだけど、出来ないんだ」

「それは出来ないんじゃなくて、ドラゴンが応答しないだけ。相手にも都合があるのよ」


 なんだか拍子抜けしたままテントの前に戻ってきた。俺は強くなれるのか?


「そこにいるヤツ、出てきなさい!」


 深沙央さんがテントに向かって叫んだ。中に誰かいるのか? でも返事はない。


「んじゃ、煽ってみるか」


 アラクネが魔杖を魔鉄槌に変形させた。稲妻が魔鉄槌に帯びていく。そのとき。


「まいったっス。そんな強い魔力を放たれたら死んでしまう。許して下スい」


 テントから現れたのは上下黒の半そで、短パンの少女だった。黒髪ショートで華奢な体格。なんだか忍者少女っぽいなと思う。

 でも忍者に不釣り合いな、西洋風の剣を背負っていた。


「あなた、泥棒ね。ああっテントの中の食糧が食い荒らされてる」

「なんだとっ。アタシの煮干しが。晩酌の酒まで飲まれてる」


 深沙央さんとアラクネは怒りふためく。


「にゅはははは。こういうときは、逃げるっス」


 少女は逃げ出した。早い。もう50メートルは離された。


「素直に出てきたと思ったら隙をついて逃げるつもりだったのね。セミテュラー! 追跡の鎧よ、顕現せよ! 120倍速!」


 深沙央さんは鎧を纏うと、あっという間に少女に追いつき、捕まえて戻ってきた。




「申し訳ありませんでしたっ」


 正座させられた少女はスワロッテと名乗った。


「身を潜めるために人気のない湖まで来てみたら、食べ物の匂いがしたんで、つい」


 どうやらお腹がすいていたようだ。


「深沙央さん、どうする?」

「もうすぐ日が暮れるし、ここでキャンプするしかないわ。食糧は少なくなったけど、仕方ないわね」

「食べた分は労働でお返しするっス。そこで失礼なことは承知なんスが」


 スワロッテは桃の缶詰を懐から出した。それは俺が百円ショップで買って、この世界に持ってきたものだった。


「不思議な容器に入っていて開けられないんス。絶対美味しいものだとスワの鼻が告げるので是非食べてみたいんス」


 オドオドと缶詰を差し出すスワロッテが、なんだか小動物のように可愛くて俺はつい缶詰を開けてやってしまった。

 スワロッテは桃を一口かじると、こんな美味しいものは食べたことがないという感じで目を輝かせた。


「隠しているのは桃缶だけではないでしょ」


 桃を頬張り、缶詰のシロップを飲みこむスワロッテに、深沙央さんは腕組みしながら聞いた。


「はて、お姐さん。何のことやら」

「トボケてもムダよ。あなた、吸血魔でしょ」

「ええ? でも人間の姿をしているよ」


 俺は慌てて否定した。これまで遭遇した吸血魔は化け物の姿だった。目の前にいるのは女の子だ。


「さっきの脚力。魔法の効果かと思ったけど無詠唱だったわ。詠唱を必要としない高位の魔法使いとも思えない」


 スワロッテは桃をゴクンと飲み込んだ。


「別に隠していたわけではないっス。吸血魔は人間と獣人の二つの姿を持っているんス。獣人のときのほうが戦闘力は上がるんで、人を襲う時や戦うときは変身するんス。ちなみにスワは人の血は飲んだことないんで怖がらないでほしいっス」

「本当でしょうね?」

「普通に生活していれば血を飲む機会も必要もないっスから。例えばお姐さんは危ないクスリを使ったことはあるっスか」

「ないわ。機会も必要も無いもの」

「同じっスね」


 驚いた。目の前に人の姿の吸血魔がいる。メグさんも驚きを隠せないでいた。


「普段の吸血魔は人間の姿をしていると聞いていましたが、実際に会ったのは初めてです」


 俺がジッと見ているとスワロッテは胸元を手で隠した。


「食べた分は労働で返すと約束しましたが、スワはまだ幼いし痩身だし、とても殿方が満足できるとは思えないっス」

「え? いや、いやらしい意味で見てたんじゃないよ」

「康史君、夕食の準備を始めるわよ。森で薪を取って来て。今すぐ。二千倍速で」


 怒られたじゃないか。そんなに早く走れるかよ。スワロッテはニンマリしていた。コイツ、わざとだな。


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