18.俺と彼女 ドラゴンに会いに行く
ドラゴンに会いに行こう。
俺と深沙央さん、アラクネとメグさんで向かうことになった。
そして馬車に揺られて数時間。ドラゴンの住む湖は駐在所から馬車で半日ほどのところにあるという。
泊まりになるかもしれないので、馬車には食糧をつめこんだ。あと深沙央さんが異世界転移する前に用意してきたテントも持ってきた。
「以前会ったときドラゴンはとても弱っていました。もしかしたら既に亡くなっているかもしれません」
御者をしてくれているメグさんが、荷台の俺たちに言った。
「その確認を含めてでも、行く価値はあるわ」
深沙央さんは元気に答える。対して俺は結構ビビってた。
「どうしたの?」
「同化すると考えたら、ちょっと怖くてさ」
「大丈夫よ。私なんて小学一年生の時に同化して平気だったもん」
「え? 深沙央さんの中にもドラゴンがいるの?」
深沙央さんは懐かしむような遠い目をした。
「あれは初めての異世界だったな。そのとき私は勇者パーティの最年少だった。ある湖で魔王に敗北したドラゴンが息絶える寸前だったの。みんなはドラゴンの力を借りて魔王を倒す気でいたから慌てていたわ」
「どうなったの?」
「ドラゴンは世界を守るために人間と同化することを決めたわ。でも同化できるのは清らかな心と身体を持つ乙女だけ。勇者パーティには私のほかに13歳から19歳の女の子が10人もいたけど、乙女だったのは私だけだったの」
「二桁も居たのに全員が!」
俺は言葉を失った。猫のアラクネがヒヒヒと笑う。
「異世界は早婚だからな」
「でも同化したおかげで竜の巫女とか言われて優遇してもらったわ。小学一年生の私が異世界で生き残れたのは、そのおかげね。それにドラゴンは頭が良いから便利なのよ。夏休みの宿題をまかせたら、日記以外は最後の一日で終わっちゃうんだから」
「それはスゴイな」
「深沙央の中はカオス動物園だったよ」
アラクネは溜息をついた。そういやアラクネも同化していたんだったな。
「動物園なんて失礼ね。みんないい人よ」
「ドラゴンにデュラハン、十三人のヤバい騎士。よく溜めこんだもんだ。憑依の便秘かよ」
「アラクネは同化したあと、心の中で散々悪態をついていたんだけど、元の世界に戻ってから急に大人しくなったわ」
「どうして?」
「原因のひとつは私たちの世界に魔素がないから。魔素がないと、同化した人たちは元気をなくしちゃうみたい」
深沙央さんは続ける。
「もうひとつの原因は学校よ。どうも馴染めなかったみたいで、中三の高校受験の時にはストレスで完全に引きこもっていたわ」
「深沙央の世界のほうが変なんだよっ」
アラクネは怒りだした。
「なんだ、あの学校とかいうものは。授業とかいう悪事にも護身にも金儲けにもならないことを永遠に続けやがって。それに、どのクラスにも必ずいる悪の幹部みたいに性格の悪い生徒。私の部下だったら即死刑だぞ」
「魔王が何言ってるのよ」
「疲れて家に帰っても試験勉強に受験勉強。せっかく高校とやらに合格しても勉強は難しくなるだけだし。それに教師っていうのが気にくわねぇ。あいつら魔法も使えないのにあの態度はなんだ!」
「無視していいわよ康史君」
そんなこんなで馬車は湖に近づくのであった。
竜神湖。周囲は枯れかけた森に覆われ、足元には砂利。水面上には靄がかかっている。人気はない。
俺たち四人は馬車を停め、テントを張ってドラゴン出現スポットまで歩くことにした。
出現スポットの近くにテントを張らなかったのは、もしドラゴンが暴れ出したときに備えてのことだった。
「ドラゴンは暴れないと思いますよ」
メグさんは言う。
「二年前のことです。吸血魔と戦ってくれないかと魔法の師匠とともに頼みに行きました。そのときのドラゴンは弱りきっていて断られたんです」
「まぁ、一応ね。あのテントは高かったし」
俺たちは出現ポイントにやってきた。ほかと、どう違うのか俺には分からない。
「ドラゴン様。魔法使いユルリの弟子のメグ・アソシエイトです。謁見をお願いします」
メグさんは湖に向かって大声を出した。だけど反応なし。湖は波ひとつ起こさない。とっても穏やか。
「もしかして死んじまったんじゃないのか」
いつのまにか人間の姿になっていたアラクネが言った。
「そんな……ドラゴン様」
メグさんは悲しそうだ。
深沙央さんは湖へと足を進めた。
「ちょっと確かめてくるわ。セミテュラー! 奇縁の鎧よ、顕現せよ!」
緑色の鎧が召喚され、深沙央さんの身体に装着されていく。この鎧は水を操れる形態のマリンダンサーだ。
鎧の深沙央さんは湖に潜っていった。すると数十秒後。湖面が少し揺れはじめて、すぐに大荒れの海のようになってしまった。
湖から俺たちが立っている場所に向かって、勢いよく深沙央さんが飛んできて地面にぶつかって横たわった。何かに押し出された?
「小生の住まう水を勝手に操るのはオヌシか!」
湖面から現れたのはドラゴンだった。でかい。大きく裂けた口、鋭い牙、背中には大きな翼。本当にドラゴンがいた。
「お久しぶりです。メグです。今日はお願いがあって参りました」
「ユルリのところの小娘か。人間に力を貸せというのなら断ったはずだ」
深沙央さんが鎧を解除して立ち上がった。
「どうしてなの?」
「オヌシ、奇妙な力を感じるな。ただの人間でも吸血魔でもない。何者ぞ」
「私は巫蔵深沙央。ほかの世界からやってきた勇者よ。このまえ彼氏が出来たの」
「興味なくなった。帰れ」
「もう一度聞くわ。どうして力を貸してくれないの。この世界は吸血魔の脅威にさらされている。人間が滅べば、新たな標的はあなたの仲間になるかもしれない。そうなってからでは遅いわ」
ドラゴンは黙った。辛そうな目をしている。
「小生の仲間は、もういないのだ。数十年前、吸血魔の王が世界に争いをばらまき始めた。仲間とともに粛清を加えに行ったのだが、返り討ちにあった。あれは吸血魔の域を超えた力だった。仲間たちは全滅。生き残った小生は静かに暮らす道を選んだのだ」
「仲間の仇を取りたくはないの?」
「そのような力はもうない。王と戦ったときの傷が癒えず、小生の身を蝕み続けている。見ろ、この湖を。湖の主である小生の力が及ばぬせいで生命は死に絶え、周囲の森までも活気を失っている」
ドラゴンは疲れたように言った。
「小生は戦える状態ではない。吸血魔によって人間が淘汰されるのであれば、それは自然の摂理なのだろう。抗うのは勝手だが小生を巻き込まないでくれ。余生を静かに送りたいのだ」
メグさんは悲しみを含んだ声でドラゴンに問いかけた。
「ドラゴン様、それほどまでにお身体の具合が」
「ああ。せいぜい数ヶ月だろうな」
「そんな……」
「メグよ。ユルリは今どうしている」
「前線で軍とともに戦っています」
「物好きめ」
ドラゴンはフフっと笑った。その笑い方で、何もかも諦めている感じが伝わってきた。
「相手は人間だが久しぶりに話ができた。死にゆくまでの暇つぶしには物足りんがな。湖に立ち入った事は不問にしてやる。帰るがよい」
ドラゴンは湖に沈みはじめた。
「待って」
引きとめたのは深沙央さんだった。
「私には彼氏がいるの。そこに居る康史君」
「だから興味ないと言ったろうが。さっさと帰れ」
「何か強烈なモノを感じない?」
「オヌシには強烈な排除欲を感じるが。男のほうは何ら特徴も無い……なぜ彼氏に……ムムっ」
ドラゴンが沈みかけた身体を戻し、俺を凝視した。
「なんて魔力だ。これは吸血魔と王と同じ。それも量だけではない。質まで似ている。オヌシ、何者だ」
何者と言われてもな。深沙央さんが自慢げに語る。
「スゴイ魔力でしょ。あなたの寿命は数ヶ月。そこで康史君と同化してほしいの」
「同化だと。出来ないことはないが、する理由も無い」
「同化して仲間の仇を取ればいいのよ。康史君はスゴイ魔力を持っている。だけど力の使い方がわからない。ドラゴンは博識で力の使い方を知っている。でも自身の力はない。ちょうどいいわ」
ドラゴンは目をつぶる。しばらく考えた様子で目を開けた。
「人間の女よ。単細胞な愚かな子娘よ」
「ムカッ」
「小生の目には復讐の未来は映っていない。かわりに焼き付いているのは小生の力及ばず、倒れていく仲間の姿。もうたくさんなのだ。失いたくないのだ。このまま、ゆっくり死なせてほしい」
大きな身体で、とても寂しそうな目をしていた。メグさんは俯いている。知り合いが死んでしまうんだもんな。アラクネは「こりゃダメだ」とばかりに首を振っていた。
「今度こそ、さらばだ。人間たちよ」




