17.それは彼女の意趣返し
大広間に行くと女の子たちがキャッキャと騒いでいた。中心に居るのは深沙央さん。テーブルの上には大きな写真? いや、肖像画が何枚か置かれている。
よく見れば何人かの女の子が同じような肖像画を持って、うっとりしていた。
深沙央さんは俺の顔を見ると、いたずらっ子のようにニンマリした。
「この絵は?」
「それらは深沙央様宛に送られてきた『お見合い画』ですよ」
エリットさん、あなた今なんて言いなさった!
「康史様たちが留守のときに送られてきたんです」
「バカな! 昨日までなかっただろう」
「昨日はお疲れのようでしたので、今朝お渡ししました」
み、み、深沙央さんにお見合いだと。いや、まだ慌てるには早い。冷静になれ神山康史。
「そ、そ、それは、ど、ド、DO、どこのぉ、ふと、ふとん、ふとまき、ドキドキ、もののけ、の、の……しわよせ、ざわざわ、ゴホっゴホっ……なんなんだぁああああ!」
「略して、それはドコの不届き者の仕業なんだ。ですね。これらは全て近隣の御貴族様の御子息やお孫さまからの物ですよ」
エリットが俺以上に冷静に答えた。こいつ、スマホ落としても動じないタイプか。
「貴族がなぜ俺の彼女を横取りするんだ!」
「助けた女の子の中に貴族の御令嬢、リエッカ・アルマノリッヒ様がいたことを憶えていますか。おそらく実家に帰られたリエッカ様が深沙央様に助けられたことを御当主様に話されたんでしょうね。その活躍ぶりが周辺貴族に伝わったのかと」
「あれから一週間しか経ってないぞ」
「お貴族様は情報に敏いですから。吸血魔を単体で倒す女の子なんて放っておきませんよ」
なんてことだ。最初に告白したのは俺だぞ。
「ねぇ、この人なんて優良物件なんじゃない」
「コンクエスト男爵っていったら果物商のトップよ。そこの孫ってスゴイ」
「こっちのロジテクス子爵の息子ほうがいいって。彼の親は流通業権のほかに三つの山を持ってるんですって」
チクショウ。肖像画を手にした女子どもが騒ぎやがる。それは深沙央さんの物だ。深沙央さんがこれから破り捨てるものだ。さっさと返してあげやがれ!
俺は深沙央さんを見る。深沙央さんは気付き、目が合い、見つめ続け、そして……ニヤりとした。なんだ、その勝ち誇った顔は。
「俺は悪い事でもしたのか。罰を受けているのか。女の子が不快になるような発言、行動、変態行為に及んでいたとでもいうのか。全く思い出せない。見当もつかない。これは、もはや恐怖だ」
世界が揺れる。膝が震えているのか。視界が滲む。俺は泣いているのか。
「俺の……何が悪いんだ」
崩れ落ちた俺の肩にエリットが手を当ててくれた。
「世界平和を考えながら、洗濯ものの下着を凝視するところではないでしょうか」
ばれて……いたのか……
そこに現れたのは赤いブラの主であるシーカだ。
「はいはい。みんな解散ください。すでにシーラ達は与えられた仕事をしています。今日の浴場掃除、玄関掃除の当番は誰ですか」
女の子たちは肖像画を深沙央さんに返して解散していく。
俺は再び深沙央さんに目を向けた。深沙央さんは優しい眼差しを俺に返す。そのまま見合いを断わると言ってくれ。温かい言葉をかけてくれ。
深沙央さんはおもむろに立ち上がった。
「ふふふ。あははははは」
お見合い画を持って楽しそうに部屋を出ていってしまった。
「一体何なんだよ。こっちは不安だっていうのに。もしかして、とり憑かれてるのか?」
「なんだと。もうバレたとでもいうのか」
今度はシーカが変なことを言う。
「違うんだシーカ。深沙央さんが狐にでも憑かれたのかなって」
「なんだ。そういうことですか」
そこにやってきたのは猫のアラクネだ。
「こりゃ明確な意趣返しだな」
「意趣返しって?」
「これまで康史は女に囲まれてウハウハしてただろ。その仕返しを受けてるってことさ。恋敵は貴族か。強敵だな」
違うんだ。俺は深沙央さん一筋なんだ。
するとエリットが窓を開けて叫び出した。
「痛いの、痛いの、飛んでけー! 痛いの、痛いの、飛んでけー!」
「何それ?」
「遠くの相手に謎のダメージを与える呪文です。私には魔力はありませんが康史様が行えば恋敵への牽制にはなるかと。さあ、御一緒に」
だから違うんだ。それは傷を負った者の精神的な苦痛を和らげる優しい嘘だ。でも俺の精神は崩壊寸前だ。嘘では何の解決にもならない。
シーカは俺をジッと見ている。ふっ、笑えよ。アラクネはシーカを睨んでいる。何なんだよ。
台所では女の子たちが昼食の準備をしている。俺は台所の勝手口の外にある切り株に座りこんで、空を眺めていた。
「このままでは深沙央さんが遠くへ行ってしまう。どうすれば……」
「あ、こんなところに居た。康史君、行くことにしたわ」
深沙央さん! 俺を捨てる気なのか。
「俺なんでもするから許して下さい!」
「なんでもしてくれるのは嬉しいけど、許すってなんのこと?」
キョトンとした様子。メグさんもいた。
「深沙央さん、順番に説明しないと分かってもらえませんよ」
「そうね。メグさんの話では、この異世界にもドラゴンがいるらしいの」
「ドラゴンって、あのドラゴン」
「そうよ。ドラゴンに会いに行くことにしたの。康史君の強化のためにね」
強化? たしかに先日の要塞戦では自分の弱さを痛感した。たくさんの深沙央さんの分身が死んでしまった。エッチ乙ちゃんが身を呈して守ってくれた。深沙央さんは首を斬られた。俺がもっと強ければ、状況は違っていたかもしれない。
「康史君って魔力はとっても強いのに、使い方がわからないんでしょ。ドラゴンなら博識だから良いアドバイスをくれるかもしれないわ。それに」
「それに?」
「ドラゴンは死にかけているらしいの。吸血魔の脅威にさらされている世界で、ドラゴンが後世に何も残さずに消えてしまうのは惜しいことだわ。そうなる前に、できれば康史君と同化してもらいたいなって思ってるの」
「ドラゴンと同化……」
同化と聞いて少しビビる。だけど。俺はライオラとの戦いを思い出した。深沙央さんが殺されたと思いこんだ俺はキレてライオラに斬りかかった。でも一太刀も浴びせることはできなかった。それは俺がとても弱いからだ。
俺は弱い。でも深沙央さんやみんなと肩を並べることはできなくても、守れるくらいの男にはなりたいと思った。
「わかった。ドラゴンに会いに行こう」




