16.彼女 お見合い画をもらう
目を覚ます。ここは駐在所の物置部屋。俺のベッドの上だ。
要塞を奪還した日、プリンカ村に戻れたのは昼ごろだった。疲れきっていたので村で一晩休もうかと話し合っていた。
村には軍の偵察隊が来ていた。吸血魔に奪われた要塞の様子を見に来たのだという。今後の奪還作戦の参考にするんだとか。
要塞は既に勇者が奪還したとシーカは偵察員に言ったのだけど信じてもらえず、それどころか、鼻で笑われた。
怒ったシーカと深沙央さんは偵察員を連れて要塞に向かった。もちろん俺やメグさんも一緒に。そして要塞に到着したのが夜。偵察員たちは吸血魔が全滅し、もぬけの殻となった要塞を見て唖然としていた。
そのあと再びプリンカ村へ。到着は深夜。そこで今度は冒険者が村に来ていた。メグさんを心配したゲンゴウが仲間を連れて来たのだ。
ゲンゴウたちはメグさんから要塞奪還の報を聞くと、とても驚いていた。
数時間後、夜明けとともに偵察隊と冒険者は村を出ていった。それぞれ軍とギルドに報告に行くという。
俺たちもたいして眠ってない状態で村を出て、夜になって、昨日の朝になって、昼過ぎに駐在所に到着。その夜はすぐに眠ってしまった。
この世界に来て八日目の朝。いつもの物置部屋のベッドで目覚める。この世界に来て、もう一週間が経ってしまった。
この部屋にもすっかり馴染んでしまっている。四日ほどしか使ってないけど、部屋に帰ってきたときは心底ホッとした。
馬車の荷台で眠るよりも、ここのベッドのほうが何倍もよく眠れる。
「異世界でよく眠れるなんて、俺って環境適応能力が高いのかも」
そんな独り言をベッドの上で呟いて、ふと気付く。
ベッドの周囲がカーテンで仕切られているのだ。ベッドの枕元は壁。それは昨日と変わらない。変わっているのは右と左と足元の方角がカーテンで仕切られていることだ。
なんだこれは。俺は右側のカーテンをそっと開けた。ベッドがあった。左側のカーテンも開けてみた。ベッドがあった。
もしや、永遠に続くベッドの世界に転移したのか。怖い。深沙央さん、みんな、俺を一人にしないでくれ!
不安を抱きながら足元のカーテンを思いっきり開けた。
「こ、これは!」
そこには下着姿の女の子、服を脱ぐ途中で下着姿になりかけている子、さらに上半身が裸の子までいたのだ。ここは一体。
「あ、康史さん、おはようございます」
椅子に座っていたメグさんが挨拶してくれた。
「メグさん、この状況は何事ですか。世の中から服が失われたんですか。これは吸血魔の仕業ですか。俺ちょっと弟子入り、いや、倒しに行きます。ところでメグさんはどうして服を着ているんですか。俺、不公平だと思うんですけど!」
混乱で頭と口が連動していないことを許していただきたい。
「私、ここでお世話になることになったんです。まず駐在所の子たちの健康診断をしようと思いまして。この部屋は診療室として使わせていただきます。私、医療の心得もあるんですよ」
健康診断だと。冷静になってよく見れば、確かにいつもの物置部屋だ。ガラクタは部屋から出され、かわりに机や椅子、消毒薬などが入った棚が置かれている。
メグさんは目の前にいる女の子の胸に聴診器を当てていた。この世界にもあるんだな。聴診器って。
「なんだ驚きましたよ。てっきりベッドの世界にベッドインしたのかと思いました。みんなと一生会えないかと思って不安だったんですよ」
「ふふ。おかしな康史さん。どうですか、御一緒に健康診断」
俺は答えるかわりに笑顔で手を振ってカーテンを閉めた。この部屋は診療室、いわば保健室になったわけか。だからベッドが複数あってカーテンで仕切られているんだな。
謎は解き明かされた。俺は二度寝をするためにベッドに潜りこんだ。ああ、心底ホッとできる我がベッドよ……って二度寝できるわけねーだろ!
「さっき出てきたのって勇者の男のほうだわ。覗くために隠れていたのかしら」
「ベッドの世界でベッドインとか、みんなも一生とか言っていたわ。怖い」
「深沙央様がかわいそう。どうしてあんな男と付き合っているんだろう」
一生会えないかと思っていた少女たちの声が聞こえる。俺はそっとカーテンをめくった。女の子たちが侮蔑の視線を送ってきた。
そうなりますよね。俺はそっとカーテンを閉める。
ああ、心が痛い。異世界怖い。一緒に健康診断? できるかよ! 俺の環境適応能力をなめるなよ。最低値なんだからな!
「おはよう。康史さん。よく眠れましたか」
廊下に出たらマーヤがいた。帰って来て嬉しかったことといえば、マーヤの劇的な変化だった。エリットいわく、俺たちがいないあいだに、みるみる喋りはじめ、いまやエリットとともに駐在所の家事を引き受けてくれている。
「昨日帰ってきたときには驚いたよ。すっかり色んなことが出来るようになっていたから」
「その節は大変ご迷惑をかけました。なんだか私、康史さんに抱きついてしまったみたいで」
そういや、あのあと深沙央さんに嫉妬されたんだっけ。
「全然迷惑じゃなかったよ。俺でよければ抱きついて来てくれ」
「あ、うう」
「康史さん。マーヤが困ってます」
そう注意してきたのはシーカの妹のシーラだった。変化といえばシーラもそうだ。ほかの女の子とともにニセ魔王から救出したものの、彼女の心はとても傷ついていてシーカ以外とは話せる状態ではなかった。
ところが似たような状態だったマーヤがやってくると、率先的に世話を買って出て、今や大の仲良しだという。
「ところでマーヤ。胸の宝石のことは思い出した?」
マーヤの胸に埋め込まれた謎の石。高い魔力を秘めたもので、取ろうとしても取れなかった。俺が宝石に触れると色が変化して、そのときからマーヤは快方に向かった。
「ごめんなさい。まだ名前以外のことは思い出せないんです」
「そうか。無理して思い出さなくていいんだ。ごめんね」
「いえ、気にかけて下さりありがとうございます」
以前マーヤは俺に抱きついて、婚約者様、と言っていた。それが誰なのか少し気になっていた。
マーヤとシーラはこれから掃除があるからと言って、手をつないで駆けていった。
尊い。なんだか、このままでも良い気がしてきた。
彼女たちを見ていたら、背中に何かがぶつかった。
「おっと失礼。あ、康史様おはようございます」
エリットだった。両手で大きな洗濯かごを抱えている。中身は女物の衣類だ。エリットはすっかり駐在所の家事担当になっている。
ムッ、かごの中に下着があるぞ。あの赤いブラジャーはシーカのだな。
「どうしたんですか? ボケーっとしちゃって」
「あ、うん。世界平和について考えてた」
「さすが勇者様、朝から視野広めです。でも近くを注目してないと大変ですよ」
どういう意味だよ、そりゃ。
「あ、気になります? では付いてきて下さい」
大広間に行くと女の子たちがキャッキャと騒いでいた。中心に居るのは深沙央さん。テーブルの上には大きな写真? いや、肖像画が何枚か置かれている。
よく見れば何人かの女の子が同じような肖像画を持って、うっとりしていた。
「深沙央さんおはよう」
「あら康史君」
深沙央さんは俺の顔を見ると、いたずらっ子のようにニンマリした。
「この絵は?」
「なんだと思う?」
なんなんだ。肖像画はすべて身なりの良い若い男の絵だ。みんなイケメン。気に入らん。
エリットは言った。
「それらは深沙央様宛に送られてきた『お見合い画』ですよ」




