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15.彼女 それでも生きていた

「じゃあ、今キスしてよ」

「え?」


 頭部だけの深沙央さんが喋り出した。驚きすぎて声も出ない。


「やっと喋れるだけ回復したわ」

「そろそろ起きると思ってたよ。康史のヤツ、オメぇが死んだと思って敵にノロケてんぞ」


 アラクネは平気で会話しているが、俺は呆気にとられていた。ライオラも同じだ。


「康史君、キスして」

「え? あ、ええ?」

「アラクネ。ちょっと私の頭持ってくれる?」

「あいよ」


 アラクネに持ち上げられた深沙央さんの頭は跳ねあがると、俺の唇に唇を合わせた。頭が落ちる。


「痛っ。でもキスできた。フフ」


 さらに。カツーン、カツーンと足音が聞こえてくる。誰かが階段を下りてくる。

 闇を抜けて現れたのは聖式魔鎧装を纏った……誰だ? 身体こそ聖式魔鎧装だけど首から上の兜と仮面は初めて見る。


「深沙央殿、ここに居たでござるか。首から上がガラ空きだったゆえ、災いごとと認識し参上いたしたぞ」

「こうして会うのは久しぶりね。元の身体に戻りたいから、そこを退いてくれる?」

「御意」


 謎の騎士は頭をつかむと床に放り投げた。頭のない聖式魔鎧装は深沙央さんの頭を持つと、頭と体をくっつける。


「ふぅっ。元に戻れた」


 深沙央さんは首を傾げたり、回したりしながら、くっつき具合を確かめていた。


「あのさ、説明して!」

「勇者よ、キサマの首は斬ったはず。どうして生きている!」


 俺とライオラは同時に声を上げた。


「私、首を斬られたくらいじゃ死なないわよ」


 なんだと!

 一方、周囲に散った深沙央さんの血液は、放り投げられた謎の黒い兜に集まっていた。さらに依然として燃え続ける太陽の剣の炎まで兜に集まっていく。


「急ぎゆえ、魔炎と深沙央殿の血によって顕現する」


 炎と血は漆黒の鎧と剣となり、黒い兜を拾いあげた。


「えっと、こちらの方は?」

「侯爵騎士のデュラハン。小学四年生の頃に行った異世界のラスボスよ。倒せなかったから私の中に封印したの。今はいい人よ」

「この騎士、我と同等。いや、それ以上か」


 驚愕するライオラは次に深沙央さんを睨んだ。


「勇者よ。先ほどの戦いのときよりも力が増している。どういうことだ!」

「この場所は康史君と初めてのキスをした記念の場所。つまり私の領地になった。この地に秘められた魔力が私を味方してくれるの!」

「そ、そんなバカな。それしきの事で太陽の女神の恩恵を身に宿したか。自分の領地を作るなんぞ高位の魔術士でも難題なのだぞ」

「それしきの事なんて言わないでちょうだい。ファーストキスは一生忘れない大切な思い出よ」

「キサマは、この世界の理を壊す気か。キサマは勇者などではない。化け物だ!」

「どの世界の化け物も、自分の事は棚に上げるのよね。さて康史君、太陽の剣を貸して」


 急いで深沙央さんに渡した。


「まだ康史君の魔力が残ってる。よしデュラハン、行くわよ」

「心得た。冥府の門よ、立ちはだかる敵を暗闇へと誘え……」

「康史君の魔力×私の魔力=愛と夢と希望と夏休みと愛と未来の力の限り! 斬!」

「深沙央さん、愛が二回出てきたよ」

「二人の愛よ。やがて一つに溶けあうわ」


 そうですか。深沙央さんとデュラハンはともに剣を構えると駆けだした。ライオラは言う。


「これは、我でも勝てん」




 ライオラを倒し、要塞本部から出てきた頃には東の空が明るくなりはじめていた。多分東の空だ。


「よかった。帰ってきましたね」


 メグさんや分身ちゃんたちが出迎えてくれる。その中には


「お兄ちゃん!」


 エッチ乙ちゃんの姿もあった。


「落下中に壁にしがみついたんです。そのあとメグさんが魔法をかけてくれました」

「そうか。よかった。生きていて」


 もうネズミ兵の姿も無い。使い魔であるネズミ兵は、それを生み出した吸血魔を倒せば消えるそうだから当然か。

 要塞を吸血魔から奪還できた。これで近くの村の人たちも安心して暮らせる。

 深沙央さんと目が合う。にこりと笑ってくれた。さっきから深沙央さんは上機嫌なのだ。


「嬉しそうだね」

「だって康史君が私の事が大好きだって分かったから」

「ん?」

「康史君の声、ずっと聞こえていたのよ。ライオラに向かって私の事がどんなに好きか叫んでいたでしょ」


 聞こえていたのか? あの状態で?


「私ね、この世界に来てずっと不安だった。メグさん、シーカ、マーヤ。素敵な女の子がいっぱいいる。康史君は誰にでも優しいし。康史君が私から離れていってしまうんじゃないかって不安だったの」


 深沙央さんは晴れ晴れとした表情で空を見上げた。


「でも康史君は私の事が大好きでたまらなかった。心配して損しちゃった」


 そしてアラクネに笑いかける。


「アラクネ。あなたは私と康史君の仲が一層良くなるよう、わざと康史君のベッドにもぐりこんだのよね」

「はぁ?」


 力を使い果たし、猫の姿になってしまったアラクネは理解できないと言った様子だった。


「つまりアラクネは『喧嘩してから仲直りして愛を深めるためのイベント』のための人。康史君の愛が本物かどうか確かめるために泥棒猫を演じてくれていたのよ。でも、もう大丈夫よ。康史君は私のことを全力全開で愛していたのだから!」


 深沙央さんは両手を上げた。


「アラクネだけじゃないわ。メグさんもありがとう。ありがとうラブストーリーの脇役たち。私、もう誰にも嫉妬しませんから!」


 メグさんはアラクネとヒソヒソと話す。


「深沙央さん、どうしてしまったのですか?」

「恋煩いの末期症状だ。今はイベント要員で頷いとけ」


 聞こえてるよ。深沙央さんは分身ちゃんたちを集めだした。


「みんな、お疲れ様。おかげで敵の幹部は倒せたわ。あこがれの夏休みまで、あと少しよ」

「総員整列! 本物と戦友に敬礼! お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした!」


 甲部隊隊長さんが深沙央さんに抱きつくと、光の粒子になって深沙央さんの中に吸い込まれていった。こうやって分身は戻るのか。

 アラクネはデュラハンに話しかけていた。


「なんでアタシがボロボロで、オメぇが本来の力を出せてるんだ?」

「拙者は深沙央殿と同化している存在ゆえ、深沙央殿の心身に影響されているでござる。深沙央殿の力がみなぎれば、拙者も百人力。自己判断で深沙央殿と離別したオヌシは軽率でござったよ」

「ふんっ、そうかよ」

「それはそうと」


 デュラハンは俺のほうを向いた。


「炎を取りこんで驚きましたぞ。良い魔力をお持ちでござるな。深沙央殿のこと、よろしくお頼み申しましたぞ。婿殿」


 そう言うとデュラハンは深沙央さんの手を握ると、光の粒子となっていく。


「深沙央殿。元の世界に戻ったら、また時代劇の視聴を」

「わかったわ。でも週に一度だけよ」

「かたじけのうござる」


 デュラハンは消えていった。

 最後に残ったのはエッチ乙ちゃんだ。


「ありがとう、エッチ乙ちゃん。おかげで俺は生きてるよ」

「いえ、最初に助けていただいたのは自分でありますから。それに、お姉ちゃんがお兄ちゃんのことが好きな理由も、よく分かりました。感謝いたします」


 エッチ乙ちゃんは敬礼すると、深沙央さんのところに向かった。だが急に立ち止まると俺のほうに駆けてきて、思いきり抱きついてきた。


「お兄ちゃん、さようなら。お姉ちゃんのこと、幸せにしてあげてください。そうなれば、エッチ乙も、とっても幸せだから!」


 そして深沙央さんのもとへ走り、光の粒子となって消えていった。

 手を振る余裕も無かったな。服の胸元が少し湿っていた。泣いていたのかな。


「さて、帰るか。エリットやマーヤが待ってる」

「そうですか。あの娘は勇者である貴方と彼女の下に」


 シーカだった。


「どういう意味だ?」

「え? 私なにか言いました?」

「ん? ところでどこに居たんだ。心配したぞ」

「それが気絶していたようなんです……あ」


 シーカは深沙央さんを見て驚いている。俺も見てみた。怖い。


「康史君。もしかしてエッチ乙のこと、いいなぁ、なんて思ってない?」

「もう嫉妬しないって言ったじゃないか。自分の分身に嫉妬しないでよ!」


 こうして俺たちは要塞を奪還し、帰ることになった。無事に帰れるのか、俺?


――★★★――


 断崖絶壁の上で参謀マンティスは要塞を見下ろしていた。人間の声、顔がよく分かる。マンティスの感覚が鋭いわけではない。一人の人間に自分の意識を植え付けたからだ。


 数十分前のこと。要塞本部に二人の人間が乗り込んできた。一人は銀の鎧の騎士。もう一人は軽装の少女だった。

 少女はマンティスに出くわすと当然のごとく剣を構えた。少女からは戦意とともに恐怖、不安が読み取れた。

 マンティスに戦う気はない。ただの少女を手にかけたところで利益はないからだ。


 それよりマンティスには気になることがあった。彼らの存在だ。銀の鎧の騎士、魔鉄槌を使いこなす人間ならざる者、同じ顔をした少女兵たち、そして大きな魔力を秘めた少年。

 マンティスは彼らのことを知りたかった。だから、覗きをする気分で少女に意識を植え付けた。少女は気を失った。


「貴女はシーカ・ネイムズというのですね」


 これで少女の記憶を読み取り、さらに好きな時に意識と身体を乗っ取り、いつでも彼らを覗くことができる。


 マンティスは崖の上から少年らを見ていた。シーカの目を使って。

「そうですか。あの娘は勇者である貴方と彼女の下に……これは面白い事になりそうです」


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