14.彼女 首を斬られる
「てりゃゃゃゃ!」
アラクネが電撃を纏わせたハンマーをホースマンに叩きこんだ。
「ここまでか、無念!」
ホースマンが塵芥と化して消滅した。ネズミ軍曹たちは、メグさんの加速系の支援魔法を受けた分身ちゃんたちが倒しきった。
「何人生き残った」
『1/100』分身隊長の乙Aことエース乙隊長が分身たちの生存確認をした。
「三人やられました」
「ここの兵ども、結構やるな」
向こうでは三人の『1/144』分身ちゃんが倒れている。ハンマーを杖代わりにしたアラクネが、疲労困憊といった様子でやってきた。
「考えすぎるなよ康史。あれは深沙央の分身だ。じきに消える。それに本人が無事なんだ」
そうは言っても、深沙央さんそっくりの子が死んだんだ。深沙央さんの声をして、意思疎通ができて、ちゃんと感情も持っている存在が死んでしまったんだ。平気なはずないだろう。
俺は倒れている三人のもとへ行き、手を合わせた。俺にしてやれることなんて、これくらいだ。
「お兄ちゃん……」
エッチ乙ちゃんも隣に来て、手を合わせた。
見上げれば要塞本部の反対側が明るかった。甲部隊が火矢を放ってネズミを建物からおびき出しているんだ。
「今、猛獣の鳴き声がしたぞ」
アラクネの声色に緊張が混じった。
「俺には聴こえなかったけど」
「たしかに建物の中から聴こえた。深沙央は大丈夫か? ホースマンてヤツ、結構強かったぞ。タコ女やヒツジ野郎とは段違いだ。さらに強いライオラはかなりヤバいだろうな。予想が甘かったかもしれない」
「深沙央さんが心配だ」
「新たな敵、確認!」
エース乙隊長の言うとおり、馬車の入門場から新たなネズミ兵が姿を現した。
「きっと外にいた斥候とか警備兵が戻ってきたんだ」
アラクネは溜息をつくと、険しい表情をつくった。
「隊長さんよ、アタシと康史は突入する。分身を一人借りていくぞ。あとは任せられるな?」
「了解した。エッチ乙、キサマがついていけ」
「はい」
「メグさん、分身ちゃんたちの支援をお願いしていいかな」
「もちろんです。康史さんたちに御武運を」
俺とアラクネ、エッチ乙ちゃんは要塞本部の建物に突入した。建物の反対側が燃えているから中は暑い。本部は石造りだから焼け落ちることはないだろうけど。
二階へと駆け上がったけどネズミ兵の姿はどこにもいない。きっと深沙央さんが倒してくれたんだ。
三階。ここでアラクネが踏みとどまる。
「静かだな。それに簡単に上がってこれた。待ち伏せされてるのか?」
アラクネの発案で三階の窓から壁を伝って四階に上る。
「ここからは慎重に行くぞ。どこにライオラが潜んでいるか分からないからな」
アラクネを先頭に、ゆっくりと廊下を進む。
突然のことだった。
「がおおおおおおおおおおおおっ」
大型動物の叫びが聞こえたかと思うと、廊下の奥からメリメリという音が近づいてきた。
「危ない! 避けろ!」
アラクネはハンマーで壁を壊して、壁の向こうの部屋に飛び込んだ。
急な出来事に俺は何をしていいのか分からない。
「康史のバカ! テメぇらも来い!」
アラクネの言葉に頷くが、廊下の奥が気になって思わず見てしまう。廊下の床、壁、天井がナニカによって壊れていく。メリメリと音を立てながら、ヒビがこちらに近づいていく。
「お兄ちゃん! 早く!」
エッチ乙ちゃんが俺に体当たりした。押し出された俺はアラクネが待つ部屋に飛びこめた。エッチ乙ちゃん、ありがとう。キミも早く中に入って。
そう言おうと思って振り向くと
「きゃうぅぐぇぇぇ!」
エッチ乙ちゃんは見えないナニカによって吹き飛ばされていった。急いで廊下に出ると、一面ヒビだらけで廊下の終点の壁には穴があいていた。
外が丸見えだ。エッチ乙ちゃんの姿はない。きっと落ちたんだ。
「エッチ乙ちゃん!」
俺は助けに行こうとした。うしろ襟をアラクネにつかまれた。
「待てよ。アイツに背中を見せたら殺されちまうぞ」
「我の衝撃波を避けきったか。今宵は本当に面白い敵に出会えるな」
廊下の奥からやってきたのはライオン人間だった。あれがライオラか。
それに衝撃波って言っていた。見えないナニカの正体はそれだったのか。
ライオラは赤黒い塊のようなモノを手にしていた。
「康史! テメぇは見るな!」
「え?」
見てしまった。……意味がわからない。そんな、そんなことって。
「これか。強い女だったぞ。勇者を倒した証として首を掻っ切ったが。そうか、キサマらにとっては上官か。しばし返すとしよう。別れを惜しむがいい」
そう言ってライオラが投げだしたのは、深沙央さんの頭部だった。
現実を受け入れられない。何だ。何が起っている。俺は悪い事でもしたのか。
「アイツは強いぞ。アタシが時間を稼ぐ。康史は戻れ。外のヤツらと一緒に撤退しろ!」
アラクネがライオラに向かっていく。どうやら戦っているみたいだった。俺の目は深沙央さんから離れない。離れられない。
俺がもっと強ければ。頭が良ければ。機転を利かせれば。そうすれば深沙央さんは死ぬことはなかった。分身ちゃんたちだって、エッチ乙ちゃんだって死ぬことはなかったんだ。
「くそっ。さっきの戦いで力を使いすぎたか。康史、ボサッとするな! 逃げろ!」
「キサマの武器は魔鉄槌! ここまで使いこなすとは。本当に面白い人間どもよ!」
アラクネとライオラの声が聞こえるけど、どうでもいい。首だけになった深沙央さん。もう声をかけてくれない。微笑んでくれない。
俺は太陽の剣を抜いた。よくも深沙央さんを。
「オマエは俺がブッ倒す!」
太陽の剣から炎が立ち上がった。ライオラに斬りかかる。アラクネが驚いて横に避けたけど構ってはいられない。コイツは俺が葬らなくちゃダメなんだ。
「魔鉄槌の次は太陽剣か。だが祭壇がなければ吸血魔を祓う効果はない!」
「そんなこと知るか。深沙央さんは俺の彼女だぞ。一緒に元の世界に帰るって約束したんだぞ。一緒に夏休みを過ごすはずだったんだ。それを、よくも、よくも!」
俺の必死の攻撃を、ライオラは剣で余裕に受け止める。
「ほう。キサマの女だったか。あの女、随分と釣り合わない男を選んだものだ。キサマは弱すぎる」
ライオラに蹴りとばされた。
「あの女の剣撃は重かった。特に最後に放った妙技、いまだ我の右手は痺れている。だがキサマは何だ。左手で余裕の有様だ」
「だからなんだ。オマエは俺の好きな人を殺したんだ。俺は深沙央さんが好きだった。初めて会ったときから。学校が休みの日は寂しかった。会えないから。大好きだって気付いた。好きな気持ちで押しつぶされそうになって、告白が失敗したら絶対傷つくって分かっていても好きを抑えきれなかった」
ライオラが殺し屋のような目つきで見下してくる。それでも俺は立ち上がる。
「告白したら深沙央さんは返事をしてくれた。初めて彼女ができて嬉しかった。遊ぶ約束をしたんだ。オマエわかるか? 好きな子が一緒に遊んでくれるんだぞ。これから楽しいことが待ってるのに。キスだって、まだ、してないんだぞ!」
そのとき
「じゃあ、今キスしてよ」




