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13.キミの名前はエッチ乙

 深沙央さんは建物の扉を蹴り破って進入していった。

 建物を見上げれば三階のバルコニーから馬人間の吸血魔が出てきた。


「我が名はライオラ様の騎士、ホースマンなり! 貴様ら、ここが吸血魔の要塞と知っての狼藉か!」


 ようやく幹部クラスのご登場だ。

 ホースマンは複数のネズミ兵を従えて飛び降りてきた。

 アラクネはホースマンに向かっていく。ホースマンのネズミ兵は斧と鎧という恰好だ。


 分身ちゃんたちはネズミ兵に挑んだ。だけど、このネズミ兵は強かった。分身ちゃんが三人がかりでも倒れない。俺はコイツらをネズミ軍曹と名付けた。


「きゃああ!」


 悲鳴を上げていたのは『1/144』の一人だ。体勢を崩してしまったところを、ネズミ軍曹が襲うまいとしていた。

 俺は全速で駆けつけた。ネズミ軍曹が斧を振り下ろす寸前で、俺は分身ちゃんを助けた。


「うおおおおお!」


 そこへ『1/100』分身隊長がすごい速さで斬り込んで来て、ネズミ軍曹を一刀両断にした。


「加速の支援魔法のおかげです。メグ殿、感謝いたします」


 分身隊長はメグさんに敬礼した。

 俺は襲われそうになった分身ちゃんを起こした。


「大丈夫だったか? えっと、深沙央さん、でいいのかな」

「あ、ありがとうございます。康史さん」

「深沙央さんと同じ顔の子に、康史さん、なんて呼ばれると恥ずかしいな。康史君でいいよ」

「お姉ちゃんの、いえ、本物さんの彼氏を気安く呼ぶことなんて出来ません。康史さんと呼ばせてください」

「う~ん、調子が狂うな」


 分身隊長は分身ちゃんを睨みながら近づいてきた。


「情けないぞキサマ。油断しているから殺されそうになるのだ。それに康史殿、ここは戦場だ。なぜ腰の剣を抜かない。敵が急襲してきたら対応できないぞ。しっかりしてくれ」

「え、ごめんなさい」


 俺の腰には太陽の剣がある。自称勇者が持っていた剣を深沙央さんが取り上げたていたんだ。馬車の中で深沙央さんが俺に渡してくれていた。

 分身隊長はほかの場所で戦う分身ちゃんの援護に向かった。


 深沙央さんの分身といっても、いろんな子がいるんだな。外見は本物そっくりでも、目の前の分身ちゃんの雰囲気は子供っぽい。慣れない敬語を使っている小学生みたいだ。

 さっきの分身隊長は生意気な中学生といった感じだな。


 向こうではアラクネとホースマンが戦っていた。


「俺たちも行こう。えっと、キミのことはなんて呼べば」

「自分は乙A隊長率いる乙部隊所属の『1/144』、乙Hです。エッチ乙とお呼びください」


 エッチ乙ちゃんの胸元には名札があって、乙Hと書かれてあった。むこうで戦っている分身ちゃんの名札には乙Bとか乙Jと書かれている。アルファベットが名前のようだ。


「よし、エッチ乙ちゃん。あと少しだ。がんばろう」

「はい、お兄ちゃん」

「え?」

「康史さんという呼び方では不満のようでしたので、お姉ちゃんの彼氏なのでお兄ちゃんとお呼びします。ダメですか?」

「構わないよ。むしろ、それがいい」


 励ましたつもりが元気をもらった気分だ。


―――☆☆☆―――


 深沙央は要塞本部に突入した。ネズミ兵をねじ伏せながら階段を駆け上がる。


「それにしても静かね」


 ほとんどのネズミ兵が表に出ているとしても、それにしても静かすぎる。既に分身の丙部隊が突入しているのだ。吸血魔のライオラと交戦状態でいるのなら、雄叫びが木霊していても不思議ではない。

 それに、あとから追ってきたはずのシーカの姿も無い。


 深沙央は不審に思いながら五階・最上階に踏み込んだ。


「ウオオオオオオオオオオ!!!!!」


 獣のような声圧が衝撃とともに深沙央を襲った。まるで暴風の中にいるように、身体の自由が効かず、油断すれば足元をすくわれて風下へ吹き飛ばされそうになる。

 体勢を崩すわけにはいかない。これが敵の攻撃だと悟った深沙央は防御姿勢を取りながら耐え忍んだ。別の異世界で精錬された聖式魔鎧装が軋む。


「我が衝撃波を乗り切ったか。少しはやるようだな」


 衝撃がやみ、廊下の奥から姿を現したのは武将ライオラだ。


「オマエがここの大将ね。たしか三大伯爵とかいう」

「その声、さきほど葬った女どもと同じ者だな」

「丙部隊はオマエがやったのね」


 深沙央は二振りの剣を構えた。ライオラも剣を抜く。その刀身には分身のモノと思しき血でまみれていた。


「戦う前に聞いておこう。軍の指揮者は、キサマか」

「だったら、何?」

「見事な策だと思ってな。伏兵に次ぐ伏兵。さらにキサマは予想を上回る速さで我のもとへやってきた。特に断崖絶壁からの強襲。見事であったぞ」

「あれは少し頑張ったわ。空を飛んで分身たちを一人ずつ崖の上に運んだのよ」

「なんと! 空が飛べて分身まで作れるのか。これは我でも予想ができなかった。明日より斥候を崖の上にも配置せねばなるまいな」

「オマエに明日なんて、無い!」


 五百倍速。深沙央は一気に斬りこんだ。左右の同時連続剣撃。

 これをライオラは巨大な剣で捌ききった。

 長く早く動くほど深沙央は体力を消耗する。分身を生み出したので体力が奪われている。今の深沙央にとって倍速攻撃の持続時間は、ほんのわずかだ。


 深沙央はすれ違いざまにライオラに一閃を放った。五百倍速終了。振り向く。ライオラのたてがみが数本散っていっただけだった。


「フム。それだけの素早さがあるのなら、もっと早く我のもとへ辿り着けたものを。そうか、その瞬足は時限的なものか」

「くっ」


 見抜かれている。だがライオラは知らない。深沙央はもっと速く動けることを。


「人間よ、キサマの名前を聞いていなかったな。なんという」

「巫蔵深沙央。彼氏ができたばかりの女子高生。異世界から来た勇者よ」

「そうか、キサマが勇者だったか! 嬉しいぞ!」


 ライオラのたてがみが逆立つ。巨大な剣が薙ぎ払われる。深沙央は両の剣で受け止める。

ジリジリと深沙央の身体が後退する。押し負けそうになる。


「負けない!」


 深沙央はライオラの力を利用し、うしろの壁に跳んだ。


「倍速はあと三回くらい。じゅうぶん!」


 うしろの壁に足の裏で着地し、膝を曲げて足腰を力ませる。


「六百倍速!」


 壁を蹴り、まるでロケットのようにライオラへ突っ込む。


「ぬうううっ! 早いか!」


 ライオラは巨剣で斬り払おうとするが、深沙央の二刀流が巨剣を捉えた。


「両腕限定七百倍速×全力剣撃×気合い=永年戦争終焉斬!!」


 深沙央とライオラの剣が交差する。が、深沙央の二本の剣は衝撃に耐えきれず折れてしまった。


「ハハッハハ! 運がなかったな勇者よ。名もなき剣を手にしてしまったか!」


 深沙央は着地すると叫んだ。


「剣は現地で調達する主義なの!」


 深沙央はライオラの右手を蹴りとばした。ライオラの手から離れた巨剣は天井にぶつかり、跳ねかえり、両者のあいだに落ちようとしていた。

 深沙央は巨剣に手を伸ばす。ライオラは巨剣を取り戻そうとする。


「私は康史君との夏休みのために、今、無理をする!」


 ほんの一瞬でいい、千倍速! 深沙央は巨剣をつかみ取ると、ライオラの胸に突き刺した。

 同時に聖式魔鎧装の変身が解除される。体力の限界だった。

 剣から手を離すと、ライオラはうしろへ倒れた。




「ふぅ、さすがに疲れたわ」


 後ずさりをしたら転んでしまった。

 目を閉じる。身体を蝕む疲労感。心を包む達成感。想いは楽しい夏休み。帰れるのはまだ先のことだが、大事な一歩は踏み出せたのだ。

 まずは目の前のことを、ひとつひとつ。深沙央は目を開いた。


「そんな?」


 目の前に大きな影が、うごめいている。


「さすが異世界からの勇者。面白い戦い方をする。しかし残念だな。我を傷つけることができたのは我の剣だったか」


 ライオラは胸に刺さった剣を引き抜いた。


「次は我の番だ。行くぞ」


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