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113/164

113.危機は同時にやってくる

「おかしいわね。たしかにこっちに向かったと思ったのに」


 深沙央たちは森の中で迷子になってしまっている。深緑の中に水着の少女が四人。事情を知らぬ者が目撃すれば、腰を抜かすだろう。

 康史たちの姿を求めて森の奥へ進む深沙央ら一行。その中で人知れず緊急事態を迎えている者がいた。

 メグである。


 さっきの飲み物がお酒だったのよね。どうしよう。


 メグはプールサイドにある喫茶店で、赤に映える飲み物を注文した。どんな味なのかは知らなかったが、美味しそうだった。だが一口飲んで、それは酒だと分かったのだ。

 口をつけてしまったのだから返すわけにはいかず、そのまま飲みきった。酒に弱いわけではないので、酔っぱらってはいない。だが……


 やだ。行きたくなってきちゃった。

 

 酒を飲むと尿意が生まれる。メグは今、ものすごくトイレに行きたかったのだ。

 康史の姿はいまだに見えない。深沙央は引きかえす素振りも見せない。

 これは……こうなったら。メグは最終手段に出ることにした。


「あの、みなさん」

「どうしたのメグさん?」


 深沙央が振り向く。期待に満ちた眼差し。きっと康史を発見したという言葉を待っているのだろう。それゆえ、申し訳なく思う。


「ごめんなさい」

「どうしたの?」

「実はですね。さっき珍しいお花が咲いていたんです。きっと王都に持って帰ればシーラさんたちも喜ぶと思うんです。その、摘んできてもよろしいでしょうか」

「それは一人で大丈夫なのよね」

「もちろんです。一人で摘めます」

「じゃあ頼んだわ。私たちはゆっくり進むから、ゆっくり摘んできてね」

「そうさせて頂きます。では」


 メグは逆方向へ、早歩きで戻っていった。

 ポコリナは首を傾げて、深沙央に聞いた。


「あれって絶対オシッコですよね。なんで嘘なんてつくんでしょうか。不思議です」

「人には事情があるってモノよ。さぁ、先へ進みましょう」

「変ですねぇ。オシッコなら、そこら辺ですればいいのに」

「ポコリナ、女同士は見て見ぬふりよ」


 そうして三人の水着少女は森の奥へと進んでいった。


 一方、メグは。


「ようやく一人になれたわ。そこの茂みで用を足そう。あ、ここは虫が多いですね。あ、蛇もいる。もう、やんなっちゃう」


 そんなメグの視線の先には古びた屋敷があった。入口には海の月と書かれてある。


「この中なら。廃屋みたいだし、きっと平気ですよね」


 どうしても我慢できなかった。メグは悪いと思いながらも廃屋の扉を開けたのだった。


――☆☆☆――


 秘宝館。精密に女性の身体を再現した人形や、女性の細部まで描かれた絵画を展示している夢と愛と魅惑の園。

 俺は少年にして、この禁断の地に足を踏む入れることになる。だが。


「なんだ……ここは」


 屋敷の中は日の光が入らず薄暗い。数十年の時を経て、人形は朽ち果てている。綺麗に朽ち果てればいいモノを、ある人形は身体の半分を崩れさせ、ある人形は顔半分が溶けていて、ある人形は全身カビだらけ。

 そう、これは。これでは。


「地獄の真ん中じゃないか!」


 壁に飾られた絵は傷みがひどく、死体を描いたような絵に変貌していた。壁の染みは悪霊のような異形を彷彿させている。天井の染みは、長い髪の女が絶叫しながら襲いかからんばかりの形だ。

 ここは男の夢を具現化させた天国ではない。この世の冥府だ。


「うぉいブリューツ。話が違うぞ」

「オレ様も驚いている。時の流れとはここまで残酷なのか」

「おそるべしだぜ経年劣化。ブリューツ、秘宝はどこにあるんだ」

「知らん。秘宝館のどこかだ」

「……責任とって探してきてくれ」

「誰が探すか。秘宝が欲しいのは康史だろ。一人で探して来い」


 コイツめ。俺はブリューツを掴んで秘宝館に引きずりこんだ。


「離せ平民!」

「こんなときだけ貴族ぶるんじゃねぇ! それとも怖いのか」

「オレ様に怖いものなんてあるか。一人で歩けるから離せ!」


 二人して秘宝館ヘ入る。

 かつての順路なのか。並び立った人形たちのあいだには通路らしきものがある。そこを進めば奥へ進めそう。しかし、だ。


 足元には、まるで助けを求めるかのように手を伸ばす、腐りかけた人形。向こうには、今にも動き出しそうな首のない人形。あちらにはカビが生え、心霊写真のようになった絵画。

 こんな所を通らなくちゃいけないのか。でもほかに通路なんてない。


 とりあえず奥へと進む俺たち。こんな所から秘宝を探せというのか。

 隙間風のせいか、壁際にある人形や展示品がガタガタと揺れる。いたずらっ子な風さんだぜ。そういや今日は無風だったような。


 そして、何故か、なんでか分からないけど、脇にある人形と目があってしまった。その人形の首が、この瞬間、落下して足元に転がって来たのだ。


 声をあげたいが、声に出してしまったら、何かが襲いかかってきそうで悲鳴を飲み込む。きっと、俺たちが歩いたせいで震動が発生して、不安定になっていた首が落ちたんだ。そうに違いない。


 ブリューツを見ると、俺と同じように転がって来た首に視線を落としていた。

 人形は不気味な笑みを浮かべている。


「なぁ康史。オレ様は何故か目があったんだ。そしたら、いきなり首が」

「それ以上言うな!」


 ブリューツは頷きもせず、俺とともに歩みを進めた。

 ああ怖い。だけど怖がっている自分を受け入れると、もっと怖い事になりそうで恐い。


 前向きに考えよう。そうだ。ここは遊園地のオバケ屋敷。今は深沙央さんと一緒に来ているんだ。そう考えれば、もう何も怖くない!

 俺は、隣を歩く同志の手をそっと握った。


「康史?」

「頼む。このまま手を取らせてくれ」

「あ……ああ」


 深沙央さんだと思って、ギュッと手を握る。ほら、もう怖くないよ。

 手の温かみに意識を注ぐ。そうか、深沙央さんって意外と指が太くて、手の平が異常なくらいに湿っていたんだなっ……って。


「俺の深沙央さんは、こんな気色悪い手をしてないわい!」


 ブリューツの手を振りほどき、思いきり突き放した。


「何をするんだ。オレ様だってウローナの手だと思い込んで握り続けていたが、想像力にも限界というモノがある」

「そもそもお前がちゃんと秘宝館を管理していれば恐い思いをしなくて済んだんだぞ」

「はんっ。この程度が恐いとは程度が知れる。程度の低い男とは付き合ってられぬわ」


 ブリューツは背中を向ける。え? 帰っちゃうの?

 無言で、たった今来た通路を引きかえすブリューツ。でも、その足はすぐに止まる。


「オレ様たちが通って来た通路は、この通路だよな」

「何を言ってるんだ。ほかに通路なんてなかったじゃないか」

「……通ってきた先が、人形で塞がれているぞ」


 ご冗談でしょう、ブリューツさん。見れば人形たちが、通路を塞ぐように、某医療ドラマの総回診のように並び立っていた。もちろん動かないものの、心臓が止まりそうになる。


「康史……」

「みなまで言うな。この建物は薄暗い。方向感覚が鈍って、ほかの通路と間違えているだけだ」

「何を言ってるんだ。ほかに通路なんてなかったじゃないか」

「…………」

「…………」

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

「ぬわぁぁぁぁぁ!」


 二人そろって走り出した。来た道は戻るに戻れないので、部屋の奥へ駆けて、扉を開ける。すると目の前には人形が。人形の腰が折れて上半身が俺にかぶさって来た。


「助けてくれブリューツ!」

「康史、オレ様を置いていくな!」


 ブリューツは俺ではないナニカに必死に語りかけていた。ブリューツはナニカの腕を握って振り向かせる。それは顔面が崩れ落ちた蝋人形。絶叫しながら倒れるブリューツ。


 秘宝館は悲鳴館に変貌した。ああ、もう限界だ。

 俺は、覆いかぶさる人形を投げ飛ばす。ブリューツはゆっくりと立ち上がる。


「だいたいさ。最初に会ったときから気に入らなかった。人の彼女を取ろうとしやがって」

「初めて見たときから、気が合わないヤツだと知っていたさ」

「どうして秘宝を秘宝館に置きっぱなしにするんだ、この体脂肪貴族!」

「オレ様の祖先を愚弄する気か。子爵舐めんなよ平民ヅラぁ!」


 不安は怒りに変わる。恐怖は理性を壊す。極度のストレスは攻撃に変わる。

 しばらく互いに互いを罵りあった。


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