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11.彼女 分身する

 村長の話では吸血魔が襲ってきた直後に俺たちが到着したという。村の女の子は全員無事で死人も出ていないと感謝してくれた。

 俺たちは村の中心で瀕死のシープンを囲んでいる。アラクネはシープンの前で何かしている。


「アラクネは何してるんだ?」

「催眠をかけているのよ」


 深沙央さんは既に変身を解いている。


「私と同化したときにアラクネと約束したの。催眠術は使わないって。私、人の心を惑わすようなことって嫌いだから。でも今回は特別よ」


 アラクネは振り向いた。


「催眠をかけたぞ。これでコイツはアタシの下僕だ」

「それで、どうするんだよ」


 俺はアラクネの言っていた『いいこと』が気になった。アラクネはニヤっとする。


「コイツと一緒に要塞に乗り込むのさ。コイツの仕事は村の食糧や女を要塞に持って帰ることだった。コイツが馬車で戻れば要塞のヤツらは油断して招き入れる。馬車に隠れていたアタシたちが要塞を乗っ取る。要塞の情報をコイツから聞きだせば、さらに万全。完璧な作戦だ」


 なるほど。別の異世界で魔王をやっていただけのことはあるな。


「村を助けるどころか、要塞までアタシたちの手で奪還できるぞ!」


 アラクネは勝ち誇ったように笑った。だけど、だ。


「たくさんの女の子を馬車に乗せていないと、不審がられて要塞に入れてもらえないと思います。それに要塞には多くの使い魔、さらにライオラの部下がいます。深沙央様が強くても人手不足かと」


 シーカが作戦の不備をついた。さらに


「村の子たちに協力してもらおうにも、戦場になろうという危険な場所に連れていくわけにはいきません。第一、協力してもらえるかどうか。代案はありませんが、すいません」


 メグさんも反対だ。

 アラクネは悔しそうな表情をする。この状況を変えたのは、意外なことに深沙央さんだった。


「つまり大勢の女の子と戦力になる人手が必要なのよね。これを同時にまかなう手段は、あるわ」


 あるの? 俺やシーカの疑問の視線を、深沙央さんは笑顔で受け止めた。


「この村で一人になって集中できるところはあるかな? 誰にも邪魔されないところがいいんだけど」

「それなら」


 メグさんが手を上げた。


「私の実家を使ってください。実家は村はずれにあって、私の部屋には窓もありません」

「じゃあ連れて行って」


 そして深沙央さんはメグさんのあとに付いていく。ちょっと歩くと振り返った。


「決して覗かないでね」


 一体、何が始まるんだろう。




「紹介するわ。私の分身、三十人」


 小一時間経過。帰ってきた深沙央さんが連れてきたのは、深沙央さんそっくりの女の子、というよりも深沙央さんそのものだった。


「こ、これは」

「私ね、分身できるの」


 そうだったのか。分身できるのか。彼氏なのに気付けなくてゴメンね。


「なるほど。深沙央の分身体なら女と人手、二つをカバーできるな」


 アラクネは納得しているが、シーカやメグさんはポカンとしていた。わかりますよ、その気持ち。


 分身たちはベレー帽を被り、ミリタリーと夏のアウトドアスタイルの中間のような服装をしている。

さらによく見れば、おでこに『1/100』とか『1/144』と書かれてあった。


「深沙央さん、この子たちの数字って何?」


 すると31人の深沙央さんが一斉にこっちを見た。全員が深沙央さんだもんな。分かっていても圧倒される。

 だが臆するな神山康史。奥さん似の娘がたくさんいる家庭の父親だって同じような気分だ。将来のデモンストレーションだと思えばいい。


「それは分身の強さをあらわしているの」


 本物の深沙央さんに目を合わせると教えてくれた。


「たとえば『1/100』は私の100分の1の強さって意味なのよ」


 へえ。では『1/144』は深沙央さんの144分の1の強さってことか。それにしても


「144分の1って中途半端じゃないか?」

「そう? 手軽に作れて丁度いいと思うけど。100分の1を作るとなると体力がいるし、集中力も必要だからあまり作れないのよ」


 集中するために一人になれる部屋を探していたのか。分身ちゃんたちのおでこを見れば、100分の1と書かれた子は三人しかいなかった。


「深沙央さん、もっと強い分身は作れるの?」

「強い分身ほど作るのは難しいのよね。一度『1/60』を作ろうとしたこともあったけど断念したわ。技術と時間がかかりすぎて、今の私では無理」


 そうなのか。


「ところでアラクネ」

「ああ。待っているあいだにシープンってヤツから要塞の情報を聞きだしたぞ」


 アラクネは村の人からもらった服を着ている。いくら彼女がいる身といっても、痴女にウロウロされたら紳士な俺でも動揺してしまうからな。アラクネは続けた。


「未だに要塞の数箇所が、この前の戦闘で痛んでいるみたいだ。今なら修繕が間にあってないだろうし、吸血魔も油断してる。今すぐ攻めに行こう」

「でも今から村を出たら要塞につくのは真夜中です。夜戦は吸血魔の得意とするところです」

「逆に、それがいいんだ。吸血魔は人間が真夜中に攻めてくるとは考えていないだろ。ニセ魔王を短時間で倒せたのも夜襲が功をなしたのさ。それにシープンの帰還が遅くなればなるほど怪しまれる。今夜がいい機会だ」


 シーカの不安をアラクネは跳ね飛ばす。

 でもさ、夜ってまわりが見えないよ。俺が不安を口にすると、アラクネは何言ってんだコイツという視線を送ってきた。


「アタシは夜目が効くんだ。考えもしなかった」


 猫になってたくらいだもんね。次に深沙央さんが言う。


「私くらいの目になると、夜間暗視はもちろん、赤外線視界に切り替えることはできるわ。分身も目が器用だから夜戦でも大丈夫」


 さすが深沙央さん。芸達者ね。次にシーカを見ると


「こんな事もあろうかと、夜目の効く魔法薬を持ってきました。夜戦訓練は騎士になる際に受けています」


 わぁい魔法薬だ。異世界だもんな。最後にメグさん。


「私は視力強化の魔法があるので、それに頼ろうかと。あの、康史さん。私の魔法でよかったら、ご利用になりますか」

「是非お願いします」


 なんだろうね。自分だけ場違いな感じ。

 シーカやメグさんからピリピリとした緊張感が伝わってくる。アラクネもなんだか落ち着かないみたいだ。


そんな中、深沙央さんはちょっと喜んだ様子で俺に近づいてきた。


「さっきは嬉しかった」

「え?」

「これだけの分身がいる中で、すぐに本物の私を見つけてくれたでしょ」

「ふっ、まぁな」


 簡単なものさ。服装が違うからね。あと、おでこの表示の有無。それは伝えないでおく。

 こうして俺たちは要塞奪還に向けて動くことになった。


――★★★――


 ネクスティ要塞の会議室。最上階に位置するこの部屋は要塞の中でもっとも広い。夜になった今は窓辺に月明かりが差しこむだけで、一切の灯のない室内は闇に閉ざされていた。

 それでも彼らには問題ない。吸血魔の彼らには。


 円卓に座る大きな影。立ち上がれば天井に届きそうな巨体の主は獅子のような頭部、傷だらけの鎧を纏った吸血魔、ライオラだ。

 歴戦の将たる外見の彼は三大伯爵の一人で、吸血魔の王から軍を任されている。好戦的な性格で軍の指揮は士官に任せ、自ら戦場に立つことも多い。

 今回のネクスティ要塞攻略は最小限の部下とネズミ兵だけを従えて短時間で陥落させた。


 部屋の隅にも吸血魔がいた。三大伯爵の一人、マンティスだ。

 カマキリ人間を彷彿させる彼は吸血魔の王の片腕で、国の政を担う参謀職。しかし裏仕事も担っていることは、あまり知られていない。

 武将ライオラと参謀マンティスの視線の先には、ニセ魔王の側近を勤めていたイヤウィッグが傅いていた。


「つまり魔王を勝手に名乗っていたスパイダ、そしてスパイダを捕縛しにきたオクトパは勇者を名乗る人間に倒されたと」


 ライオラの野太い声に室内が震える。イヤウィッグは気圧されまいと必死に平静を保っていた。


「その通りでございます。私の善戦虚しく、魔杖は奪われ、例の娘も連れ去らわれてしまいました」

「あの娘が人間の手に渡ったと……むぅ」


 参謀マンティスは考えこむ。イヤウィッグは床に頭を擦りつけた。


「この私をライオラ様の配下においてくださいませ。そして晩回の機会をお与えください。必ずや娘を取り戻して御覧に入れます」


 声色には必死さがうかがえた。


「ところでイヤウィッグだったか。これまでのキサマは実に不運の連続だったと思う」

「はい。上司のスパイダは国を裏切り、娘を人質にやりたい放題。私の良心は苦しく」


 ライオラの言葉にイヤウィッグは心情を吐露した。


「うむ。よく耐えた。しかし我の配下となると、話は別だ」

「はい?」


 ライオラは立ち上がった。気配が変わる。圧倒的な殺意が空気を淀ませる。


「キサマは仮にもスパイダの部下であった。主を守れずして何が部下か。そのような弱者は我の配下には無用だ!」


 ライオラは咆哮した。衝撃波がイヤウィッグを壁まで吹き飛ばす。さらに強まる衝撃と厚い壁に挟まれたイヤウィッグの身体は軋み、折れ曲がり、ずれ、破裂。壁にひびが入り、穴が開いたときにはイヤウィッグは廃塵となっていた。


「やりすぎですよ。ライオラ」

「うむ。やりすぎであった。だが、部屋の風通しが良くなった」


 参謀マンティスは呆れた様子だ。


「娘のほうは、私が承りまわるとします」

「そういえば、そんなこと言っていたな。キサマのことだ。上手くやるのであろう。この要塞攻略の下ごしらえのように」


 武将ライオラは円卓に座りなおそうとしたが、先ほどの咆哮で円卓は吹き飛んでしまっていた。ライオラはマンティスに座り処を失ったことを悟られまいと、口を動かす。


「ネクスティ遺跡。人間どもは知らないが、あの遺跡はこの地に太陽の力を与える。あれが要塞の近くにあるせいで我らは攻めあぐねていた。だが、キサマの策謀のおかげで遺跡は力を失い、こうして人間の地に拠点を置くことができた」

「策謀というほどのモノではありません。冒険者を名乗る頭の悪そうな人間をそそのかし、遺跡の祭壇から剣を引き抜かせただけ。剣と祭壇がなければ、遺跡は太陽の女神の恩恵をこの地にもたらす事はできません」

「いざ攻めてみれば手ごたえのないものだったな」

「貴方が強すぎるのです」

「勇者」


 参謀マンティスはピクリと反応する。武将ライオラは歓楽ぎみな表情を浮かばせた。


「吸血魔を倒したという勇者とやら、一度剣を交えてみたいものだ」


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