108.俺と彼女とアイツの土下座
その夜は王都の屋敷に泊まった。
「そういえば王国にあるロジテクス領には魔王の秘宝があるとか聞いたな」
今朝メグさんが言っていたことを思い出す。
それなら神山深沙央町に戻る前に、瞬間移動で連れていってもらおうと考えた。でもツバーシャは記憶の中にある場所にしか瞬間移動が出来ない。
知っているかな。知らないだろうな。
「あ、良いこと思いついた。明日試してみよう」
まずは王国軍本部に行って、中尉からロジテクス領に行ったことがある人を紹介してもらおう。
そして、翌朝。
「どうしてお前がいる」
「忘れたか? また来ると言っただろう」
朝、屋敷の扉を開けるとブリューツが立っていた。執事兄弟はメイド女子たちと一緒に洗濯ものを干している。
「今日は何の勝負をしてやろうか」
「俺は忙しいんだ。王国軍に行ってロジテクス領を知っている人を探すんだ」
「探してどうするのだ?」
「昨日良いこと思いついたんだ。俺の能力で……って、お前に関係あるか」
「ある。ロジテクス領は我が家の領地だ」
「え? マジ?」
「我が名はブリューツ・ロジテクス! フハハハハ」
あ、本当だ。
俺が唖然としていると、ブリューツは「本当に忘れていたのか」と寂しそうな顔をした。
ロジテクス領に行くための最適な手段。まず俺が波津壌気・逆バージョンで、ロジテクス領の事を知っている人間から、現地の記憶を吸収してみる。
未経験だけど、ツバーシャの若返り成分を吸収できたくらいだ。やってみる価値はある。
続いて、吸収した記憶をツバーシャに送る。記憶を移すことは既に経験済み。
最後に瞬間移動してもらって、ロジテクス領に到着。
とりあえず、やってみよう。
ブリューツに全ての事情を話してみた。
「世界の平和! それに瞬間移動だと! それはすごいな」
腹を膨らまして興奮するブリューツ。服を破かないでくれよ。
「康史よ。我が領地の記憶が必要なのだな。ではオレ様の記憶の断片を見るが良い」
「うん……」
妙に親切だな。俺はブリューツの頭に手をかざした。その手はピタッと止まる。
「どうした?」
「なんだか生理的に嫌だ」
「それはどういう意味だ!」
「おーい。執事兄弟、来てくれ」
俺は執事の兄、エルダーに事情を話す。
「では私は街の風景を思い浮かべればいいのですね」
「ああ」
エルダーの頭に手をかざす。波津壌気・逆バージョン・記憶閲覧エディションだ!
すると俺の頭の中に賑やかな町の風景が流れ込んできた。
「やった。成功した」
これでロジテクス領に行けるぞ。
そして出発することになった。
メンバーは俺と深沙央さん、メグさんとマーヤ、ポコリナとシーカ、ツバーシャ。
「なぜ、お前がいる」
ブリューツだ。気付いてくれよ。金持ちのお前が持っていないもの、それは需要だ。
「オレ様が居るのは当然だ。我が領地に行くのであろう。直々に案内してやろうというのだ。それに、またとない機会だからな」
「なんの機会だ。俺たちは観光に行くんじゃない。魔王の秘宝を探しに行くんだ」
「秘宝? どこかで聞いたな。たしか曾祖父様が残した言葉に。これを利用しない手は……」
考えこむブリューツ。もしやスケベなことを。
「よし。オレ様が秘宝のもとまで案内してやろう」
「本当か。でも瞬間移動で行くんだ。お前たちの荷物は?」
「王都の高級宿に置いてきたままだが構わん。生活必需品は再び買えば良い。なんせオレ様は金持ちだ」
あっそう。ではメンバーにブリューツと執事兄弟も入れて出発だ。
跳んできた先は、多くの人が行きかう町の真ん中だった。
周囲の人々は突然現れた俺たちに驚き、またブリューツも驚きを禁じ得ない。
「ここは領地なのか」
「はい。我らが主都でございます」
弟執事が教えてくれた。
「じゃあ早速で悪いんだけど、秘宝のあるところまで案内してもらえるか?」
はしゃぐように辺りを見回していたブリューツは我に戻った。
「そうだな。まずは装備を整えよう」
「そんなに危険なところなのか。俺たちは武器持参だから必要ないけど」
「オレ様は持ってないのだ。まずは防具屋に行くぞ!」
町から離れ、馬車に揺られて数時間。到着は夕暮れ。やってきたのは森の中。
「ここに秘宝があるって言うのか」
「ま、まぁな」
ブリューツは鎧を着ているが、なにぶ重そうで馬車から出るのに四苦八苦していた。それにしても肥満体型用の鎧があるとは。お腹の装甲が膨らんでいる作りだ。
「ついて来い」
ついていくと、何気ないところで急に止まる。
「あれを見ろ」
言われるままに、茂みを覗くと、向こうに大きな建物が建っていた。周囲にはガラの悪い男が数人いる。山賊のアジトなのか?
「アイツらが秘宝を持っているのか?」
ブリューツは答えない。どうした。今までの覇気はどこへやら。唇を噛みしめている。
「申し訳ありませんでした!」
執事兄弟は深々と頭を下げた。
「みなさんを騙してしまったのです」
執事兄のエルダーは頭を下げたまま陳謝を述べる。なんの陳謝?
「実は、ご覧になられた建物は誘拐集団のアジトなのです。領主さまは私兵を投入し、さらわれた人々を助け出し、集団を壊滅しようとしました。しかし」
「しかし集団を率いていたのは強力な吸血魔だったのです。私兵は全滅。ブリューツ様は吸血魔を倒すことが出来る人材を探しておりました」
兄と弟が必死に説明してくれる。なるほど察した。だから深沙央さんを必要としていたのか。
「まずは頭をあげてくれ。でもさ、こういう事って王国軍や冒険者ギルドに頼めば良かったんじゃないか」
執事兄弟は押し黙った。
「さらわれたのは吸血魔なのだ」
ブリューツはバツが悪そうに語りだした。
「我が領地には吸血魔が多い。だが彼女たちは善良だ。そして私の家系は商業貴族。各国で迫害を受け、亡命を望む吸血魔を、個人的に受け入れることもあった。彼女たちには領内の鉱山、工場で働いてもらっていたのだ」
鎧のせいで動きにくそうな体で、茂みの奥のアジトを見やる。
「我が一族は取引先の外国で、迫害の末に助けを求めてきた吸血魔を勝手に連れ帰って領民にしていた。そんな彼女たちが誘拐された。王国軍にどう説明すればいい。これは公には出来ない事件だったのだ」
「ブリューツ。お前」
「だから巫蔵深沙央を必要とした。一人で吸血魔を倒したという彼女を。勝負で康史に勝ったとしても、事件が解決したら返すつもりだった。でもオレ様はお前には勝てなかった」
これを受けて、エルダーが言う。
「私たちも康史様に勝つことで深沙央様に協力を願い出るつもりでした。しかし、康史様は強大な魔力の持ち主。我ら兄弟ではブリューツ様の願いを叶えることはできず……」
「そういうときは、普通に頼めばいいじゃないか!」
俺の言葉に対し、ブリューツは苦悶の表情を浮かべる。
「吸血魔に偏見を持っていると思ったのだ。しかし一晩経って冷静に考えれば、康史たちも吸血魔を保護していたのだな」
ブリューツの視線はマーヤに注がれる。そういえば昨日マーヤは変身していたっけ。
ガシャン。
鎧を纏ったブリューツが倒れた。いや違う。腹が出すぎて足が曲げられず、頭が地面についていないけど、これは土下座だ。
「今なら頼める。康史、彼女を貸してくれ。深沙央、力を貸してくれ。オレ様は領民を救いたい!」
それは、とても不格好だけれど、正真正銘の男の土下座だった。
なんだよ、お前ってカッコ良かったんだな。
深沙央さんを見ると、当然のごとく頷いていた。ほかの皆もだ。
俺は土下座を続けるブリューツの背中をガツンと殴った。顔をあげるブリューツ。
「康史?」
「いいぜ。彼女を貸してやる。俺の彼女は悪人退治が超得意だ。だけど」
「だけど、なんだ?」
「彼氏同伴だ」




