105.対決 よりによってイケメンと
「二人が愛しあっている事は分かった。それは認めてやろう」
上半身が下着のブリューツは偉そうに俺たちを認めた。執事のヤングが針と糸でブリューツの上着をなおしている。そろそろ帰ってくれ。
「だが男には力も必要。この混迷の世の中だ。悪者を退ける力があるかどうか見極めてやる。康史と言ったな。オレ様と勝負させてやろう」
「どういうことだ?」
「オレ様に勝ったら諦めてやると言っているのだ。だが、もし負けたら女と子供は引き取ってやる。幸せにしてやるから安心しろ」
「なんで、そこまで深沙央さんにこだわるんだよ」
「うるさいっ。勝負するのか、しないのか」
相手は肥満の球形貴族。もし戦ったとしたら俊敏性、剣術、腕力、どれをとっても……あ、勝てるような気がするぅ。
それに相手は貴族だもん。戦闘経験なんて皆無だろう。戦いに明け暮れてきた俺の異世界生活も舐められたもんだぜ。
深沙央さんに目を向けると、やっつけちゃえ、とばかりに頷いてくれた。
よしっ。勝てる戦いほど男を強気にさせるモノはない。
「ふっ。表に出ろブリューツ。俺は愛の力で戦う彼氏。胸に誓った愛は永遠だ。だがお前との勝負は一瞬でつけてやるぜ」
「はんっ。いい度胸だ。オレ様はオマエから愛も子供も根こそぎ奪ってやる」
「へんっ。なんでも奪えると思うなよ。世界は広いんだ。権力では手に入れられない物もある。特に異世界から来た俺たちの愛は。…………語りすぎたな。さぁ後悔させてやるよ!」
表に出た。目の前にはイケメン執事のアグノート兄弟。兄は剣を抜き、弟は魔法の杖を持っている。
「えっと、これは?」
「オレ様の代わりに戦わせるのだ」
「おかしいだろ。俺とお前の勝負だろう!」
「その通りだ。オレ様は二人の主。二人はオレ様の物。つまりオレ様の力の一端だ。それを勝負に使って何が悪い」
「ずるい。それなら1対2になるじゃないか」
「だからどうした。数は多いほどいい。力を持たない者の僻みにしか聞こえないな」
そして二人を見やる。
「兄が剣士で弟が魔法使い。オレ様の執事、剣と魔法のアグノートだ。降参するのなら今のうちだぞ」
この野郎。先方は兄執事か。名前はエルダー。剣を素振りする姿勢は、服を着ていても鍛え抜かれた肉体を想像させる。そのうえ背も高い。イケメンで身体にも恵まれやがって。
もし戦ったとしたら俊敏性、剣術、腕力、どれをとっても……あ、俺は負ける。後悔してきた。
ニタニタとするブリューツ。
「ちなみにエルダーは討伐認定の極悪吸血魔を七体も葬った実績がある。戦ったら無事では済まないぞ」
俺だって吸血魔をたくさん倒してきたもんね。蘇れ、激闘の日々。……んん? 俺って二体しか吸血魔を倒してないぞ。これだけ長く異世界にいるのに!
エルダーが剣を構えた。ああ、逃げたいんですけど。
「康史君、がんばって!」
深沙央さんたちも表に出て、戦いを見守ってくれている。メグさん、リエッカ嬢、マーヤたちの眼差しが熱い。ああ、逃げられない。
「では、はじめましょう」
エルダーさん。今にも斬りかかってきそう。俺は聖剣を抜いて魔力を込めた。
格上の敵に勝つ手段はひとつ。ありったけの魔力を聖剣に注いで一点集中で活路を見出す。それしかない。
聖剣へ魔力注入開始。
「これは……」
驚愕の表情で俺を見つめるエルダー。すると彼は剣を収めた。
「素晴らしい魔力ですね。これは勝てない。私は負けを認めます」
へ? 一礼して下がっていくエルダー。ひょっとして魔力がわかるの?
「おいエルダー。なぜ戦わないんだ。クビにするぞ!」
「康史様はお強い人です。ブリューツ様のお力になれない事は非常に残念ですが、私は命が惜しい。解雇するとおっしゃるのなら、受け入れるしかありません」
魔力感知が出来ないであろうブリューツは混乱している。良かった。エルダーは潔い男だ。さすがイケメンだ。
「ええいっ。まだヤングがいる!」
次に出てきたのは弟のほうだ。杖を持っているから魔法使いだな。
「ヤングは冒険者ギルドで数々のクエストをこなしてきた魔法使い。当時は上位階級だったそうだ。気を抜いたらタダでは済まないぞ」
ブリューツは自分のことのように自慢げだ。ヤングは足元に魔法陣を描き出した。人んちの庭になんてものを。今まで見たことのないタイプの魔法使いだ。逃げたい。
「康史さん、頑張って下さい!」
メグさんの応援。どう頑張れと。ああ、逃げられない。
するとヤングはメグさんに目を向けた。何かに気付いたように駆けていく。
「失礼ですが、メグ・アソシエイト先輩ではありませんか」
「ええ。そうですが……もしかして、あのヤングくん?」
「御無沙汰しております。冒険者時代はとてもお世話になりました。あのとき先輩の回復魔法にどれだけ助けられたことか」
「立派になりましたね。気付きませんでした。昔の貴方は髪が長くて、まるで少女のようでしたから」
「あの頃は長髪のほうが魔法使いらしいと思っていました。先輩は僕の事を、なかなか男だと信じてくれませんでしたね」
「可愛かったんですもの。でも今は立派な執事さんですか」
おや、二人は知り合いだったのか。ヤングは俺の視線に気付くと向き直った。
「これは失礼しました。僕は負けを認めます」
「ええ?」
「命の恩人である先輩のご友人である康史様。そんな康史様に魔法を向けるワケにはいきません。それに先ほど剣に込められた魔力を、感じ得ない僕ではありませんから」
じゃあ、どうして魔法陣なんて。ヤングはすれ違いざまに耳打ちをした。
「ポーズです。適当に魔法を出して負ける気でいました。康史様と深沙央様の愛を邪魔したくはありませんし。お二人は本当にお似合いだと思いますよ」
振り向くとヤングは笑顔で会釈し、ブリューツのもとへ戻っていった。
さすがイケメン。俺は最初からアグノート兄弟は良いヤツだって分かっていたぞ!
「ヤングっ。なぜ戦わない。クビにするぞ」
「康史様の魔力は絶大です。僕では敵いません。大変情けないことですが、ここで命を落とすくらいなら、ブリューツ様の御側を離れるしかないという結論に至りました」
ブリューツ。その震えは悔しさか怒りか、顔の肉がブルブルと揺れている。
「ええいっ。執事なんぞに任せたのが馬鹿だった。もういい。オレ様が直々に相手してやる」
俺と真っ直ぐ対峙するブリューツ。
「よく考えたら、オレ様が直接勝たないと女は納得しないだろからな」
それ、最初に考えろよ。
「さて。執事の話では魔力を持っているそうじゃないか。オレ様も多少は魔法が使えてな。もはや卑怯だと言われる極致だが、披露してやろうじゃないか。焼死するなよ」
火炎魔法か。魔術師との戦いは他人に頼ってきてばかりだった。ここにきて未経験が仇になるなんて。
炎は聖剣で斬れるだろうか。切り払っても、熱波が怖いな。聖剣は無事だろうけど。
言える事は、ただひとつ。どうする?
「では行くぞ。我が敵を焼き尽くせ! ファイヤーボール!」
はやっ。まだ計算式が出来上がってないのに……あれれ?
ブリューツが放ったはずの魔法が見えない。不可視なのか? みんなに目をやれば、キョロキョロと見回している。魔法の専門家メグさんは、みんなと同様か。
「どこにあるんだ。あっ」
良く見ればハエくらいの小さな火の玉がふわりと浮かんでいた。そしてチョロチョロと少しずつ俺に向かって前進してくる。
「ブリューツ、これは?」
「オレ様の魔法だ。すぐにオマエを焼き尽くす。ちょっと待ってろ!」
スゲぇ怒られた。じゃあ、待つよ。
一分経過。
火の玉はまだ来ない。牛歩戦術のナメクジのほうが早いと思えるくらいだ。
ギャラリーからの、飽きた、という視線を感じ、これは俺から突っ込んで斬り払ったほうがいいと判断した。そんなとき
「ぬわぁっ。火の玉、何をしている! さっさと康史を丸焼きにしろ。たかが魔法の分際でイラつかせるな。このオレ様の言う事が聞けないのならクビにするぞ!」
自分の魔法にまでパワハラか。すると火の玉は直径一メートル以上の火球に炎上。高速で動きだした。しかもブリューツの暴言を受けて動揺しているのか、あたりを乱軌道で移動している。
「キャアアっ!」
ギャラリーの頭上に飛来して大混乱。
「ギャアアっ!」
ブリューツの頭上にも最接近。前髪と頭頂部を焦がしていった。ナイス、火の玉。
次に火の玉が向かったのはギャラリーの中にいるシーラだ。しまった。
「シーラは私が守ります!」
マーヤの身体は真珠貝に覆われた。マーヤは吸血魔。人間の姿と異形の姿を併せ持つ。
「きゅ、吸血魔だと!」
声を裏返し、驚いているブリューツ。
マーヤは体表の貝殻を開き、無数の真珠爆弾を発射させた。火の玉に命中して爆発、周囲は爆風に包まれた。消失する火の玉。
これで一安心。さてと
「なぁブリューツ。マーヤは良い吸血魔だ。敵視しないでくれよ」
ブリューツは驚きに覆われた表情を変えようとはしない。
「そりゃそうだよな。こりゃ俺の勝ちだ」
なぜならブリューツはただ一人、爆風に吹き飛ばされて、気絶していたからだった。




