104.俺と彼女と二人の子供
やってきたのは、黒髪のイケメンだった。長身、金持ってそう、頭良さそう。周囲の空気が煌めいている。芸能人を彷彿させる、生まれながらの恵まれし外見。普通の男子が女の子にモテようとする努力を、一瞬で塵芥に帰すほどのイケメン力。
こういうヤツがいるから努力なんてダサいって思っちゃうんですぅ。コイツがブリューツか。今すぐイケメンの国へ帰りやがれ。
さらに、続けて現れたのは、そっくりなイケメンだった。ブリューツに比べると、なんとなく幼く見える。そして眼鏡男子だ。
さては弟を連れて乗り込んできたか。二人まとめてイケメンの世界へ転移してしまえ。
さらに廊下からドタバタな足音が聞こえてくる。
「美形よ。深沙央様のお見合い画で見たことがあるわ。実在したなんて。しかも二人」
「兄弟なのかしら。きっと眼鏡くんは弟さんね。私は断然、弟派」
「私は一生兄派。でも、たまには弟さんとも。とにかくイケメン万歳!」
ウチのメイド女子だ。キミたちの嗅覚もたいしたもんだよ。
さて、どうやって帰してやろう。最初に声をかけたのはリエッカ嬢だった。
「久しぶりね。アグノート兄弟」
「御無沙汰しております。リエッカ様」
「え? ブリューツじゃないのか」
俺の疑問にイケメンが答えた。
「はじめまして皆さま。私はブリューツ様の執事をさせてもらっているエルダー・アグノートと申します。うしろの者は弟のヤング。本日は急に押しかけてしまい誠に申し訳ありません」
良く見れば二人とも執事服を着ている。イケメンすぎて気付かなかった。
すると、ブリューツって誰。
「二人とも、どけ! オレ様が入室できないじゃないか」
兄弟が左右に分かれて道を作る。そこに現れたのは金髪をカッコよく整え、一目で高価とわかる服で身を固めた、太り気味の背の低い男だった。だから誰!
「下級貴族、それに召使ども。オレ様はブリューツ・ロジテクス。直々に巫蔵深沙央とやらを口説きに来てやった。さぁ出て来い!」
「えっと、リエッカ嬢。この人は?」
「ブリューツ・ロジテクスです」
マジか。この一生独身貴族っぽいヤツが。体裁だけ整えてもどうしようもない顔と肉体の持ち主が。
あれ? たしかお見合い肖像画はイケメンぞろいだった。それはロジテクスとて例外ではなかったはず。なにより廊下のメイド女子の反応だと、執事がロジテクスでないとオカシイ。
質問開始。すると。
「オレ様の肖像画だと女性は皆、自分にはもったいないと言って、見合いを断わってしまうからな。気持ちは分かる。そこで執事のエルダーの肖像画を使ったのだ。多少庶民派くさくなるが、女性も物怖じせずにオレ様に会えるだろうという配慮だ」
それはイケメン詐欺じゃないか。
ブリューツは大きな腹を突き出しながら、部屋の中に入ってくる。太りすぎてベストのボタンが破裂寸前だ。ズボンの丈は余裕があるのか、少し長い。
「さて巫蔵深沙央はどいつだ。よくも見合いを断ったな。と言いたいところだが、こんな小さな屋敷に長時間留まる気もない。単刀直入だ。オレ様と結婚しろ」
「それは無理よ」
深沙央さんがブリューツの前に進み出た。
「ほぅ。悪の吸血魔を倒したと言うのはオマエか。異世界から来たんだってな。良いだろう。結婚してやる」
「待って。私には彼氏がいるの。康史君」
俺を指さす深沙央さん。ブリューツの目が体のように丸くなる。まるで申し出を断られることを想定していなかったかのような驚きぶりだ。
「彼氏がいるの。だから無理よ」
「なんだとっ。求婚を断わる気か。オレ様の家は子爵でオマエは男爵だ。言う事を聞けないのか」
「聞けないわ。貴方は上司でもなければ恩人でもない。ただの子爵よ」
「チぃっ! 格上の者に媚びない姿勢は誉めてやろう。だがな、あんな男が彼氏だと。認めない。嘘ならもう少し上質な嘘にしろ。あんなヤツのどこがいいんだ」
「それは私も同意同情同感です。なんで彼氏なんでしょうかね」
ポコリナだ。魔装束は危険という事なので、今日はメイド服着用で背中に聖剣を差している。
「なんだ、このメイドは」
「お姉さまの彼女ですよ。私もなぜ少年なんかが彼氏を名乗っているのか、不思議不可思議で仕方がありません」
「メイドで、女の彼女?」
「そうですよ。今は彼女ですが、やがてはそれ以上の存在になります。お姉さまとの出会いは三年前。しばらく遠距離恋愛でしたが、このたび運命の再会を果たしムググゥゥ」
俺はポコリナの口を押さえた。話がややこしくなる。誰か、つまみだしてくれ。
「呼ばれた気がしましたが」
「婆やか。ちょうど良いところに来てくれた。この迷惑メイドにお茶の淹れ方を教えてやってくれ。基本の基礎から」
「かしこまりました。それにしても貴女、どうして剣なんて背負っているんです。はしたない」
「聖剣はお姉さまに託された愛の証。言うなれば婚約指輪わわわぁぁぁ……」
ポコリナは婆やに掴まれて台所のほうへ消えていった。これで厄介案件はひとつ減った。
「さて、ブリューツって言ったか」
「なんだ。庶民ヅラ」
「庶民だよ。俺は深沙央さんの彼氏だ。たとえお前が子爵だろうと王族だろうと渡す気はない。そりゃ俺には金も権力も土地もない。ある物といったら深沙央さんが困っていたら全力で助ける覚悟と気持ちくらいだ。彼女のためなら、どんな障害だって乗り越えてやる」
「乗り越えるだと。金も力もないクセに。どうやって」
「上手く言えないけど、出来る気がするんだ。深沙央さんが側にいてくれると強くなれる。深沙央さんのことを想うと頑張れる。大好きだから。彼女がいてくれると力が湧くんだ。彼女がいるから彼女を守れる俺がいる。だから、お前に渡す気も、必要もない!」
俺の手を深沙央さんが握ってくれた。
「そういうワケなの。彼氏って言ったけど、康史君は私にとって彼氏以上の存在だと、いま感じるわ。この男の子がいれば私は強くなれる。誰にも負けない。ともに使命を果たし、元の世界に帰る。だから貴方とは一緒になれないの。ごめんなさい」
「ぬぅぅぅ」
ブリューツが困惑している。恥をかかされたと思うのなら、帰ってくれ。
「な、ならば証明してもらおうか。二人の愛を」
「証明? どうやって」
この場でキスをしろって言うのか。俺は構わないけど。丸い顔がニタリと笑った。
「そうだな。二人は愛しあっているんだろう。子供はいるのか?」
子供の有無なんて関係ないだろう。二人きりでも愛しあっている夫婦なんていくらでもいるんだ。
「どうした。いないのか。ならば勢い任せの恋愛ごっこだな。どうせ別れる将来だ。オレ様が女をもらってやる。ちなみにオレ様は障害は乗り越えずに、金と権力を使って破壊する主義だ」
こいつっ。そのとき、扉が開かれた。
「中尉の話が長くなりそうだったから瞬間移動で逃げてきたわ」
ツバーシャだ。
「康史、そろそろ私を大人にして。これからも神山深沙央町に用があるんでしょう。小まめに実年齢に戻してもらえると、有り難いのだけれど」
「こ、子供ならここにいるわ。この子よ!」
え? 深沙央さんが咄嗟としか言いようのない言葉を発した。ツバーシャの外見は十歳の少女だ。たしかに子供に見えるけど。ブリューツは怪訝に顔をゆがませた。
「そんな大きな子供が、二人の子供だと」
「ええ。私たちは異世界人。こう見えても三十歳なの。このくらいの子がいてもおかしくないでしょ」
本当は16歳、花の高校生です。ツバーシャは首を傾げていた。
「ちょっと康史、何の話?」
「話を合せてくれツバーシャ。俺がパパで深沙央さんがママだ」
「変なことを言わないで。康史はお父さんじゃない」
「……その娘は否定しているが」
ブリューツはますます顔をゆがませた。ひでぇ顔だな。
「いいえ私たちの子よ。やぁねぇツバーシャ。反抗期かしら。ちゃんと私たちの事をパパママって呼んでちょうだい」
俺はツバーシャに耳打ちした。
「お願いだから、両親ってことにしといてくれ。頼むから頼む」
必死な懇願が通じたのか、ツバーシャはスカートを握り、顔を朱色に染めて、目を逸らしながら、パパとつぶやいてくれた。
俺は両手を広げて、レッツ・スタンバイ。
「そうだ。パパだよ。さぁおいで!」
「うう。うぅぅぅう……パパぁー!」
俺は恥じらう娘をギュッと抱きしめた。ツバーシャの口から羞恥と錯乱の呻きが漏れてくる。
さらに、ギュオオオオオン! という音がツバーシャの体内から聞こえてきた。だんだんと大きくなってくる。これはツバーシャが急成長するときに響く、前ぶれの音だ。
「康史。そんなに強く、抱っこしちゃ、ダメぇ。大人になっちゃうぅ」
「耐えてくれ。ここで19歳に戻ったら、いろいろマズイんだ」
「うっ。んぐぐぅ~」
ツバーシャはまるでゲロを我慢するかのように、顔面を力ませて成長を押さえこんだ。
そこへ
「中尉は、もういないか?」
パティアもやってきた。
「この子は次女よ!」
ここぞとばかりに、ママな彼女の嘘が飛ぶ。たしかにパティアは子供に見えるけど。
「次女だと。似ていないが」
「この子は隔世遺伝的なものなのよ」
深沙央さんはブリューツに苦し紛れの言い訳をした。そしてパティアに向き直る。
「パティア。お願い。今日は私と康史君を親だと思って」
「おままごとか? あ、ツバーシャが抱っこされてる。いいな。パティアもやるんだぞ」
「さぁ、ママはここよ。いらっしゃい」
「ママぁ~」
パティアは深沙央さんの胸に飛びこんだ。抱きしめられて、グルグルと回っている。あっちは楽しそうだな。
「うむぅぅぅぐ」
こっちは耐えてくれツバーシャ!
「なんと仲睦まじい。これは本当の親子ですね。ブリューツ様」
「グネヌヌヌ!」
エルダーの言葉にブリューツは身体を歪ませる。ついに豚のような腹は上着のボタンを一斉に弾けさせたのだった。




