103.彼女のお見合い相手が来るっていうのか
神山深沙央町の五日目の朝。
ポコリナの暴走で止まっていた井戸周辺の公園づくりは、流浪の格闘家アブラヘイムの参加もあって順調に遅れを取り戻していた。
「はぁ~」
俺は溜息をつく。
それを屋敷のダイニングで見ていたエリットに失笑された。
「康史様。この町に来てまだ五日目ですよ。上手くいかないこともあるかもしれませんが、これからです」
そりゃ、そうなんだけどね。五日目なんだけどね。問題はそこじゃない。
俺と深沙央さんがこの世界に来て、もう37日目なんだよ。
学校の夏休みは40日。仮に今すぐ元の世界に帰れても夏休みは残り三日。深沙央さんの言う時空の捩じれ現象、別名・何日も異世界で過ごしても、帰った日は必ず夏休み最終日な現象、それがあったとしても、異世界に滞在したぶんだけ歳をとってしまうんだ。
焦る。この世界の強敵どもをサクっと倒せる手段はないものか。
「ああ、強くなりたい」
思わずボソっとつぶやいてしまった。
するとアラクネが廊下から顔をのぞかせる。変な薬を飲まされたら大変だ。向こう行け。しっしっ。
「アタシは猫かよ」
アラクネは廊下に消えた。強くなることが全てではない。そんなことは分かってる。でも、焦る。
「どうすればいいんだ」
思わず口が動いていた。
すると廊下からメグさんが顔をのぞかせた。いつも温かく見守ってくれる魔法使いのお姉さん。大好きだよ。こっち来て来て。
念が通じたのか、メグさんがダイニングに入って来た。
「お悩みのようですね。康史さん」
事情を話すと一緒に考えこんでくれた。
「強くなれるマジックアイテムといえば魔王13秘宝でしょうか」
吸血魔の国の強化アイテムだ。俺の聖剣は、もともと秘宝のひとつの魔剣だった。手にしたとたん、魔力が吸い込まれ、増幅されて俺の身体を満たしていった。
他にも魔槍、魔封石、アラクネの魔杖こと魔鉄槌、ポコリナの魔装束こと吸血魔鎧装。ルエリアさんが持ち帰った魔楯と魔鉄球。今のところ七つの秘宝に出会ってる。
「そういえば、この町のどこかに秘宝のひとつがあるって中尉が言ってたな」
でも、どこにあるんだか。メグさんは言う。
「魔法の師匠から聞いたことがあるんです。13秘宝を使いこなせた者は一度だけ願いを叶えることが出来ると」
「それは凄いな」
「ええ。でもポコリナさんですら魔装束の強大な力に振り回されていました。13個も使いこなせる人なんているのでしょうか」
たしかに。願いを叶えたヤツは果たして人間なのだろうか。
「あ。そういえば師匠はこんな事も言っていました。秘宝のひとつが王国のロジテクス領にあるというんです」
王国にあるのか。出来るなら手に入れたいな。
「康史、いるかしら」
ツバーシャの声だ。瞬間移動能力者のツバーシャには昼は神山深沙央町で、夜は王都で過ごしてもらっている。いわば連絡役だ。
この数日でツバーシャはすっかり幼くなってしまっていた。瞬間移動のしすぎで再び幼児退行してしまったんだ。今は十歳くらいかな。
そんなツバーシャの背後には見慣れぬ二人の男が立っていた。
「紹介するわ。街づくりの専門家よ」
王都からツバーシャの能力でやって来た二人組は、いかにも役人って感じの人だった。
「随分よこすのが早いな」
「昨日、家の前で中尉にばったり会ったのよ。さすがに気付かれてしまったわ。そのときに、この町の現状を話したの」
俺と深沙央さんは地元ヤクザを黙らせて、暗黒鮫を倒すために王都から派遣された、雇われ町長なのだ。中尉は、ある程度治安が回復したら町の運営専門家を寄こすと言っていた。準備が早いな。
役人の二人は屋敷にある執務室で仕事を始めた。マミイラは二人に町の最新地図や人口データなどを渡している。いつの間に作ったんだろう。さすが異世界神王というべきか。
その様子を見ていたツバーシャが思い出したように言う。
「そうそう。今朝、康史たちの屋敷に行ったら豪奢な馬車が停まっていたわよ。お客さんだったのかしらね」
「お客さん?」
五日ぶりに確認も兼ねて様子を見に行こう。
そんなわけで町の難しい運営はマミイラに、面倒事はアラクネとアニキ達に、町長屋敷の家事はエリットに任せて一時帰宅することになった。
メンバーは俺と深沙央さん、シーカとメグさん、マーヤ、ポコリナ、ツバーシャ。それと。
「王都に帰ったら絶対怒られる。もう掃除は嫌なんだゼ」
ガルナたち軍属四人娘だ。俺は説得する。
「そろそろ帰らないと脱走兵扱いされるぞ」
「嫌なんだぞっ。パティアはずっとここにいたいんだっ」
俺たちは抵抗する四人娘と手をつなぎ、瞬間移動で王都へ戻った。
王都の屋敷の庭先。戻ってくると最初に目にしたのは、待ち構えていた中尉だった。
「四人娘! 勤務中でありながら四日間も姿をくらますとは何事だ!」
中尉は飛びかかる。その瞬間、違和感が広がった。
パティアの時間を止める能力だ。パティアは時間停止中でも動ける俺と深沙央さんに手を振ると脱兎のごとく走っていった。
そして時間は動きだす。
「あ、パティアのヤツ、一人だけ逃げやがったぜ」
「だったら三人だけでも。鋼帯気!」
中尉の拳が金属色に鋼化する。そういや異能力者だっけ。鋼の拳で頭を叩かれるガルナ、ブロンダ、ルドリカの三人。さらに
「なんで私まで!」
「事情聴取のためだ」
三人とともにツバーシャまで捕まって引きずられていった。俺は声をかける。
「中尉~」
「ああ。二人とも治安回復ご苦労だった。また来る」
行ってしまった。
さて。庭にはツバーシャが言っていたとおり豪奢な馬車が停まっている。貴族が来ているのかな?
「やっぱりお姉ちゃんたちだ」
メイド姿のシーラが玄関扉を開けて、中から出てきた。
「リエッカ様。深沙央様が帰ってきましたよ」
すると、玄関から出てきたのは懐かしい顔だった。リエッカ・アルマノリッヒ。貴族の令嬢でニセ魔王に捕らわれていた女の子の一人だ。助け出したあと、すぐに親元に帰ったんだったな。遊びに来たのかな。
リエッカ嬢は深沙央さんに抱きついた。
「深沙央様。お逃げ下さい。ブリューツ・ロジテクスがやってきます!」
誰だ。それ。
客人が来ていると聞いて帰ってみた。だけど客人は逃げろという。これいかに。
とりあえず応接室で話を聞いてみることに。
「先ほどは取り乱してしまい申し訳ありません」
「久しぶりに会えて嬉しいわ。元気そうでなにより」
「その節は助け出していただき、ありがとうございました」
リエッカ嬢は深々と頭を下げた。深沙央さんは聞く。
「よく、この屋敷がわかったわね」
「貴族の情報網です。お二人が男爵位を貰い受け、王都で生活していることは、貴族のあいだでは知り渡っています」
貴族の嗅覚ってスゴイな。
「それで、逃げろってどういうことなの?」
「ブリューツ・ロジテクスがやってくるのです。深沙央様、以前にお見合いの話はありませんでしたか」
そんな話あったな。要塞奪還作戦のあとだっけ。深沙央さんのもとに近隣貴族からたくさんのお見合い肖像画が送られて来ていた。いま思い出しても動悸・息切れ・眩暈を引き起こす不快な出来事だった。
「そういや深沙央さん。お見合いの件はどうなったんだ」
「もちろん断ったわ。私には康史君がいるもの」
笑顔で答えてくれて、とっても嬉しい。ポコリナは睨んでくるので、とっても怖い。
リエッカ嬢は続ける。
「お見合い相手の中にロジテクスという者がいたはずです。その者は幼いころから交流があるのですが。ロジテクスはお見合いが断わられたと知って、非常に憤慨し、直接抗議すると申しておりました」
お見合いを断られて怒るなんて、なんてヤツだ。
「たしかロジテクス子爵の息子様でしたよね。彼の親は流通業権のほかに三つの山を持ってるっていう」
シーカが思い出したように言う。
「はい。その資産は伯爵家に迫ります。そんな家に生まれたからか、彼はとても我が強く、自意識過剰で気難しい人なんです。本日、彼が王都にやってくるという情報を耳にし、馳せ参じた次第です」
めんどくさい金持ちのボンボンがやってくるってワケね。ひと休みしたらすぐに神山深沙央町に戻ってしまおう。
そう思って紅茶をすする。
「あ、美味い。マミイラが淹れたお茶よりも美味い気がする」
「お誉めに預かり光栄でございます」
いつのまにか背の高い婆さんが立っていた。メイド服を着ている。するとウチの女子なのか。どうして老けたんだ。
リエッカ嬢はニコリとした。
「こちらはウチの婆やです。私が行くところ、いつもついてきてくれるんです」
「まったく。この屋敷のメイドときたら、ろくにお茶も淹れられないなんて。それにメイド長もいない。一体どんな教育をしているんでしょうね」
婆やさんは、ちょっとキレ気味で部屋を出ていった。ウチのメイドはメイド服を着た普通の女子だからね。
「大丈夫よリエッカ。私たちはこれから別の街に戻るし、たとえロジテクスが来たとしても、こちらで対処するわ。ありがとう。教えに来てくれて」
「あ……もったいないお言葉です」
ポッと赤くなるリエッカ嬢。
そんなとき、庭から馬のいななきが聞こえてきた。また馬車がやってきたのか。
間もなくしてシーラが扉を開けた。
「ブリューツ・ロジテクス様がいらっしゃいました」
もう来たのか!




