102.俺と彼女と彼女の彼女
翌朝。ポコリナは目を覚ました。事の顛末を知ったポコリナは塞ぎこみ、みんなと朝食を取ることもなかった。
さらに。
「もう帰るのか、王」
「ああ。マーヤやシーカから世界の実情を聞かされた。さっそく国に帰って部下と話あってみよう」
みんなで屋敷の外まで王を見送る。
「それに」
「それに?」
「爺やをこれ以上待たせるワケにもいかないからな」
爺やだと。あ、向かいの家の植え込みから顔だけ覗かせて、こっち見てる。まだ居たのか。
「なぁ王。吸血魔の国は変わるかな」
「難しいかもしれない。だが王国だけでなく、周辺国が連携すれば、あるいは。たしか隣国はナデシッコ公国だったか」
周辺国か。俺は王国の事しか知らない。あとでメグさんに聞いてみよう。
「それはそうと、康史。魔封石、魔装束、魔鉄槌を返してもらえないだろうか。あれは我が国の秘宝だ。所有権はこちらにある」
うっ。たしかに正論だ。でも秘宝はこれからの戦いで絶対必要になりそうなんだよな。返したくない。どうしよう。
数秒間も考え抜いた俺は、苦しまみれに口にした。
「しばらくレンタルさせてくれ」
「レンタル? なんだそれは」
「この世界にはレンタルショップはないのか。そうだな。貸し本屋みたいにお金を払うから、貸しといてくれ」
「僕はお金に困ってないのだ」
王様だもんなぁ。そこに深沙央さんが歩み出た。
「では賃貸料はコレでどうかしら」
手にした袋の中には、カレーやハヤシライスといったレトルト食品が詰まっている。
「お湯で温めて食べるといいわ。見た目に抵抗があるかもしれないけれど、辛さが効いていて美味しいのよ。白米にかけて食べるのが一番いいんだけど、そうね、ふかしたイモにかけたらいいわ。これをあげるから秘宝を貸して」
「辛いのに、美味しいというのか」
王の目は輝きだした。袋を覗きこむ。
「わかった。秘宝を貸しておこう。箱に描かれた絵も美しい。たいした絵師がいたものだ」
レトルトの箱に印刷されているのは絵ではない。写真だ。
「早速帰って食さなければ。爺や!」
「はい!」
「僕は走って帰る。ついて来れるな」
「もちろんでございます。私は馬の吸血魔でございますから」
「では皆の者、世話になった。いろいろと美味しかったぞ。さらばだ」
王と爺やは走って帰宅の途についた。早いな。さすが王と馬の爺さんだ。
「あの王様。国を変えてくれるといいですね。忘れてなきゃいいんですけど」
エリットの言葉に、一同固まる。
きっと王の頭はレトルト食品でいっぱいのはずだ。
「みなさんお集まりのようですね。ちょうど良かったです」
屋敷から出てきたのはポコリナだ。魔装束ではなく屋敷にあったメイド服を着ている。
「旅に出る事にしました。私はまだまだ未熟者だったのです。町のみなさんに迷惑をかけないためにも、出ていくことに決めました。お姉さま、聖剣をお部屋にお返ししておきましたよ。私は剣技よりも心を磨くほうが先決のようですから」
魔装束と聖剣なしで異世界を旅する気なのか。危険すぎやしないか。
それに、声色や顔色はいつもと同じはずなのに、なんだか無理をしている気がする。
「ではお姉さま、お元気で。みなさんも御機嫌よう。さぁ、ラグナちゃんの新たな旅が始まりますよっ」
ダメだ。止めなくては。
新たな一歩を踏み出そうとするポコリナ。服をつかんだのは小さな手だった。
「行ってはいけません」
「えっと、貴女はマーヤさん」
「私には分かります。ポコリナさんは無理しています。本当はここにいたいんですよね」
「何をおっしゃいますか。私は世界の平和のためにも修行しなおさなければならないんです。困っている人たちをジャンジャン助けるために。そうやって私は私の世界で生きてきたんですから。これからも、そうなんです」
「ポコリナさん。困っているのは貴女なのでは」
「ラグナちゃんです。離して下さいよ」
ポコリナはマーヤの手を振り払う。そこへ深沙央さんが近づいた。
「お姉さま。行ってまいります。次会うときは、立派に成長していますよ」
パンっ。
深沙央さんが平手でポコリナの頬をぶった。
「お姉さ……」
「逃がさないわよ。修行なら私のもとでやりなさい。弟子を卒業させた憶えはないわ。これからの戦いは激化する。剣術も心も同時に鍛えてやるから覚悟しなさい」
「でも私は、みなさんにご迷惑を」
「たしかにポコリナが暴れたせいで井戸の周りはメチャクチャよ。町の人たちは驚いてしまった。だから謝って修繕するのよ。私は師匠だから当然手を貸すわ。謝罪も、修繕も」
「あ、あの」
「それに、本当は寂しいのに、一人で出ていこうとする弟子を放っておけないわよ」
ポコリナの大きな目から涙がボロボロと流れ落ちた。涙を何度もぬぐい、ついに大声で泣き出してしまった。
「深沙央さん、強く叩きすぎたんじゃないのか」
「違う。違うんです」
顔を覆いながらポコリナは絞るように声を上げた。
「初めて会ったとき、お菓子の宮殿で、全てを諦めている私をお姉さまはぶってくれました。そして外の世界に引っ張り出してくれたんです。外の世界は素敵な事でいっぱいでした。あのとき、嬉しかった事を、思い出してしまって……」
深沙央さんは両手を広げる。
「またよろしくね。ポコリナ」
「お姉さま!」
ポコリナは深沙央さんの胸に跳びこんだ。
「もう結婚の無理強いはしません。彼氏の存在も許します。これからの私は心を入れ替えて、お姉さまの彼女として頑張りますっ」
え? ポコリナは深沙央さんの胸元で顔をぐりぐりしている。うらやま。
こうして神山深沙央町の治安は快方に向かい、新たな仲間もできた。
しかしそれは彼女に彼女が出来たことだった。
――☆☆☆――
時間は少し遡る。暴走するポコリナを魔封石で助けたときのこと。
俺は魔封石に魔力を注入して、ポコリナの胸元に押しあてた。魔封石は、封じられた記憶や力を解放できる。
あのとき俺の頭に、ある記憶が広がった。
夏休みの前日、俺は深沙央さんを映画に誘って、その帰りに異世界転移していた。
そこでシーカ、メグさん、ナヴァゴたちとともにニセ魔王がいる廃城に乗り込み、捕らわれていた女の子たちを助け出した。
ニセ魔王を倒したのは深沙央さんではなくシーカだった。
俺はそのとき、まったく役に立たなかった。
深沙央さんは怯えていた。まるでマギのように。変身もできず、分身もできず、いつもの自信に満ちた言葉を発してはくれない。
ネクスティ要塞が吸血魔に落とされたとき。ネクスティ遺跡に行き、ナヴァゴが持っていた太陽の剣を祭壇に戻した。
それで要塞の吸血魔たちは弱体化。冒険者ギルドの精鋭たちが武将ライオラを撤退まで追い込み、要塞を取り返すことに成功した。
そのあと俺たちは王都に行き、パティアたちと出会う。師匠であるモシマル爺さんを紹介してもらい、俺はそこで一年間修行した。この頃には波津壌気も使いこなしていた。
そして吸血魔の王を討伐するために旅に出た。
俺の前には魔王13秘宝を持つ敵が次々と立ち塞がった。魔剣のライオラ。魔装束のルエリアさん。
仲間たちとともに吸血魔の国を目指した。俺は少しずつ強くなり、でも深沙央さんは、いつも辛そうにしていた。当然だ。ある日、突然異世界に飛ばされた普通の女の子なんだから。
記憶の最後で俺は泣いていた。目の前には横たわる深沙央さん。
ここで意識が戻り、気がつけばポコリナとともに落下していたんだ。
記憶の中の俺は、深沙央さんに何もしてやれずに泣いていた。悲しい気持ちは今でも心に残っている。深沙央さんに何があったんだ。どうしていつもの彼女と違うんだろう。
それとマギ。あの子は何を伝えたかったんだ。
町長屋敷。深夜の自室。目の前には魔封石。
魔封石は記憶を解放してくれる。俺の中に、俺の知らない記憶がある。一体なんで。
俺は魔封石に手を伸ばした。
「やめておけ」
心の中のドラゴンだった。
「オヌシ、自分でも触れてはいけないモノだと分かっているであろう」
「ああ。でも」
「今日はいろいろな事があった。既に心に負担がかかっている。やめておけ。オヌシの言う知らない記憶。それが何なのか小生でも分からない。だがな、真実を見なければいけないときは、きっと来る。それは今日ではない。今は心を休めるのだ」
「……うん」
俺はどうしようもなく、寂しくなって深沙央さんの部屋に足を向けていた。
扉を叩くと、しばらくして返事があった。
「誰? ポコリナ? ……え、康史君!」
扉を開けると、深沙央さんは既に寝ていたようで、ベッドから上半身だけ起こして俺を見た。とても驚いている。
「深沙央さんは遠くに行ったりしないよな。俺の前から消えてなくならないよな」
「康史君?」
「ごめん。なんでもない。おやすみ」
俺が部屋を出ようとすると
「待って」
彼女は驚いていたけれど、優しい顔で俺を手招きしてくれた。
「どうしたの?」
「俺でも、わからないんだ……」
涙が出てきた。悲しい気持ちは、彼女の顔を見たとたん、大きく膨らんで弾けた。
深沙央さんは泣き続ける俺の頭を撫でて、膝枕をしてくれた。
その夜は、俺は彼女の膝の上で眠ってしまった。




