7話 施設
ショウ達が黒服の男たちの車に乗り込んでどの位の時間が経ったのだろう?
その車の全ての窓は外の全く光を通さなかった。
それもそのはず、それは窓のスモークなどではなく、窓の外からシャッターが閉まっているのだ。
運転席を含む前部側と後部座席側の間も壁で遮断されており、後部座席からは全く運転席側が見えない。
それでも圧迫感が無いように遮断壁には大きなモニターが埋め込まれていてTV番組が流されている。
モニターに頼らなくても『インプル』を使用して脳内でTV番組なんか見てればよさそうなものだが、やはりモニターによる視聴は見るのが楽なのでこの時代でもモニターは決して廃れてはいなかった。
公共の場所や他人と一緒に観るとなるとやはりモニターが良かった。
『インプル』は現代で言うスマホに近い存在だろうか。
でもやはりそれは一人でも楽しむものであった。
それに、実は車に乗ってからすぐショウは『インプル』を試していた。
しかし、社内はネットワークが遮断されており『インプル』のサービスが何一つ使えなかったのだ。
必然的にTVを見るしかないというシチュエーションである。
アナトも犬の姿のままTVを聞いているのか聞いていないのか、さも興味のなさそうな素振りで床に伏せていた。
犬の姿とはいえ、アナトが同席していなければ気がおかしくなりそうな空間だ。
その車内は意外と広く、進行方向に向かって最後部に白い皮張りのソファーがあり、柔らかいベージュ色のファーのじゅうたんで床が敷き詰められている。
中央には揺れても良い様にコップと食器の為のくぼみがついたテーブルが置かれていた。
モニター右横には小さな冷蔵庫がありソフトドリンクと軽いおつまみが入っている。
まるで小さなビジネスホテルの様だ。
ショウは冷蔵庫を開けると渋い顔をしてビールがないか探してみたがそんなものはなかった。
ショウ「ま、飲んでる場合じゃないんだけどね。。」
と、仕方なくスポーツドリンクを手にとって一口飲んでだ後、ため息をついてまた暇そうにしていた。
TVからは寝ろと言わんばかりのくだらない番組が永遠流れている。
それにしても乗車してからずいぶん時間が経っている。
ショウ:カプセルを直線で縦断してもこんなにかからないと思うんだけど。。
ここでカプセルについて少し説明する。
昔あった第1世代と呼ばれるカプセルは大型で一箇所に数十万から百万人ほど収容できた。
しかし疫病の流行や隕石の落下などで一箇所に何かあるとそのカプセルが全滅するといった事が度々あり、一箇所数千人〜数万人程度のカプセルを群れで作るようになった。
これを第2世代カプセルと言う。
ここはカプセルナンバー81-27JSO、直径5キロ程の一般的な第二世代カプセルである。
端から端まで車で走ってどんなにかかっても30分はかからない。
ショウ:一応81区って言ってたけどどこの番地まで行ってるんだろ。。?少なくとも3箇所は中継してるよな気がするけど。。?
と、そんなことを考えている時にようやく車は止まった。
冷蔵庫の反対側、進行左側のドアが開き、男の一人が言った。
男「ここでペットをお預かり致します。」
そう言うと男は犬になっているアナトに首輪をつけ、リードを握った。
アナトはすくっと立ち上がるとショウの方を見た。
アナト→ショウ:何かあったら知らせろ。直線会話(SP)はどんなに離れていても通信出来る。
ショウ→アナト:あの、こちらから相手を特定したり通信するやり方がわからないんですけど。。?
アナト→ショウ:今お前がやっているのがそれだ。問題ない。
あまり会話する間もなく、アナトはそれだけ伝えると男のリードに従って車外へ出ていった。
男は「よく躾けされている様ですね。」と優雅に、そして淡々とアナトを連れて行ってしまった。
バタンと車のドアが閉められた時、一人になってしまったショウは言いようのない不安感でいっぱいになった。
TVでは相変わらずくだらない番組が流れていた。
そしてしばらくして、車はまた走り出した。
が、今度は何かぐるぐる回りながら下に降りていくような感覚。
外が見える訳では無いがおそらく地下に降りていくのがわかる。
そうやってしばらく降りてから車は停止して静かになった。
すると、エレベーターの様な機械音がして恐らくまたかなり深く地下へ降りていった。
ずっと降りていってエレベーターのような感覚が止まると、また少し車が動いてまた止まった。
その後、ようやく車のドアが開いてリーダー的な男が
「お疲れ様でした。到着しました。」
と開いたドア越しに声をかけてきた。
誘導されるままに車から降りるとそこはどこか地下の駐車場の様だった。
目の前にはガラス張りの小さな空間があり、そこに2機のエレベーターが見えた。
ショッピングセンターなどで見かけるそれによく似ていたが違うのはその空間に入る為の自動ドアにもエレベーターにも何かモニターのような物が付いている事だった。
男の一人がそのモニターの前に立つと「スキャンします。」という音声が流れ、男の何かがスキャンされて自動ドアが開いた。
エレベーターも同じ具合でそれをしないとボタンも押せないらしい。
そしてエレベーターには、そこからさらに地下へ行く下ボタンしかない。
ショウは:下に行くボタンしかないな。。。ここから上に行くには車しかないのか。。。?
ショウ:いったいどこまで地下に潜るんだろう。。?
ショウ→アナト:アナト。聞こえる?かなり地下に潜ってる。車でぐるぐる3、4階降りて車ごとエレベーターで多分10階ぐらい降りてさらに認証付きのエレベーターで今から降りる。逃げれない雰囲気しかしないんだけど。。
アナト→ショウ:思ったより厳重な様だな。こちらも夜までは動けそうにない。引き続き様子を知らせてくれ。
ショウは正直アナトからの返事があって少しホッとしていた。
アナトも別に信用出来る間柄ではないがこの男達に身を委ねて本当に大丈夫なのか判断出来る材料もなく、かと言って他にあてもなく、このどこかすら分からない場所で見知らぬ人に囲まれて只々不安だった。
アナトが一応若い女性という事もあって無意識に心を許していたのかも知れないが、ショウはなぜかアナトの事をどこかで見たことがあるような、そんな気がしていた。
そんな複雑な心境でそのエレベーターに乗りこむ。
そこからはリーダー風の男が一人で誘導する様で後の男達はエレベーターを見送った後、また車に乗ってどこかへ去って行った。
地下エレベータでさらに地下4階まで降りると病院の様な白い引戸の並ぶ白い廊下に出た。
普通の病院と違うのは窓が一切ない事。
人ひとり歩いていない事。
物音が一切しない事。
男「ここです。」
案内されたのは400号室。
大きなその引戸を開けると個室としては広めの白い部屋があった。
白い部屋に白いベッド。
そしてやはり壁には窓がない。
代わりにモニターが壁に埋め込まれていた。
男「検査までごゆっくりお休み下さい。申し遅れました。私、他守様担当のササハラになります。枕元の電話より何時でもお呼び下さい。」
ショウ:今頃自己紹介。。? まぁ、あの人数でされても覚えきれないけど。。そう言えばこの人等の身分を証明する物何一つ見せてもらってないな。。
ショウは軽く会釈しながら内心複雑な気持ちだった。
勢いで付いて来てしまったが本当に良かったんだろうか?
心のなかに不安だけが広がっていった。