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27話 魔神

軍の収容施設から捕らえられていた人達を脱出させたイシュタルだったが突然産気付いてしまう。


そして何とか81区のエルヴィンの地下施設へとやって来た。


しかし胎児は逆子でしかも首にへその緒が巻きついていることが発覚。


アステリアの能力を借りて詳細を知ったイシュタルはお腹から直接手元にテレポートさせてバアルとアナトを産んだ。

バアルとアナトの誕生。


それはこれまで傷つき、拭いては捨てられるボロ雑巾の様な扱いを受けてきた被験者達にとって初めて明るい未来を予感させる一筋の光の様な出来事であった。


ナズィが意気揚々と大部屋にいる被験者のみんなに双子の赤ちゃんの誕生を知らせると部屋は歓喜に湧いた。


中には涙を流して喜びを分かち合う者達までいた程だ。


その祝福の声は被験者にとって長らく軽視されていた命の尊さをもう一度思い起こさせてくれるものでもあった。


ナズィ「みなさーん!今ならガラス越しに赤ちゃんが見れますよー!」


アルル「おお!さぁ皆!見に行こう!」


アルルも興奮気味だ。


ウンマに至ってはもはや犬の様に尻尾を降って走り回っている。


ナズィの先導により双子の新生児達との対面を我先にと急ぐ被験者達。


しかし、一部の者たちは複雑な心境だった。


ヤムもその一人である。


ヤム:何だろう?胸の奥が痛い。。


ヤム:嬉しいのに、無事に産まれてホッとしているのに、何かチクチクする。。


ヤムは最初それは気のせいだと自分に言い聞かせた。


しかし、ゾロゾロと大多数が赤ん坊の姿を一目見ようと部屋から出ていく中、数人の被験者はやはり複雑な表情のまま立ち尽くしているのに気が付いた。


自分達が何故立ち尽くしているかもわからないまま彼らは呆然としていた。


ヤムはそんな被験者達をぐるりと見渡すとじっと考えた。


ヤム:何か引っかかってるのは俺だげじやなさそうだ。。


T-SHOCK本社で造られた適合者にとってイシュタルは神聖で絶対の存在である。


それはナノマシーンの子株の適合者の本能的なものでもあった。


しかし、イシュタルの子供達の半分は自分達の仇であるエンキとエンリルの血であり敵方のナノマシーンの系統だ。


ひょっとしたらエンキ達にも主従を示すかもしれない。


その可能性はかなり高い。


それをどうしても甘受する事ができない者がいても不思議ではなかった。


ここに残った被験者は心のどこかにそれがトゲの様に突き刺さって戸惑っているのだ。


ヤムは言葉もなくただその事に気が付いていた。


しかし、それはヤムにとっては許されない事でもあった。


ヤム:いや、ダメだ。。。そんな事を考えちゃいけない。。。こいつらも何とかしなくちゃ。。。


ヤムはモヤモヤを振り払うように残った被験者達に声をかけた。


ヤム「みんな行こう、産まれた赤ちゃんはイシュタル様のお子だ。」


戸惑っていた者たちがヤムを見る。


ヤム「イシュタル様は俺たちの女神様だ。」


「そ、その通りだ。。」


「当たり前じゃないか?」


「何が言いたいんだ?」


皆、不審そうに皆ヤムを見つめる。


しかし、ヤムはそんな事は気にする素振りもない。


ヤム「じゃあ君達は何で素直に嬉しそうにしないんだい?」


「それは。。。」


「う、うむ。。。」


ヤムの一言に一同は誰も何も言えなかった。


そんな中でヤムはさらに問う。


ヤム「思っている事をぶつけてはイシュタル様に失礼だ。そう思っているんだろう?実に不敬な奴らだな。」


「な、何を言っている!?」


「ヤム、お前こそ何だ?何が言いたいんだ?」


ヤム「エンキとエンリルは俺が殺す。」


「は?いきなり何だ?今、それが何の関係がある?」


ヤム「大アリだね。これは俺でないと出来ないことなんだ。」


「はぁ?お前に何が出来る?自惚れるなよ?」


ヤム「じゃあ手伝ってくれるか?」


「訳がわからん!」


「しかし、エンキとエンリルは生かしておけないのは確かだ。」


「。。。何か考えがあるのか?」


ヤム「ない。」


「何だよそれ?」


「ふざけてるのか?」


ヤム「大真面目だ。あの親子とはいつか決着をつけないといけない。」


「だから何だ?」


「ヤム、いい加減にしろよ?」


ヤム「もしその時が来たら、俺たちはイシュタル様の元を離れて別動隊にならないか?」


「何でそんな事をする?」


「イシュタル様の元を離れろと言うのか?ふざけるな!」


ヤム「ふざけてなんかいない!」


「?」


ヤム「イシュタル様も産まれたお子もきっとエンキ親子を殺すのには躊躇する。」


ヤム「それにお子達にとってエンリルは親だ。」


それを聞いてその場にいた者は全員腑に落ちた顔になる。


「確かにな。確かにそうだ。」


ヤム「しかも向こうはイシュタル様に対して何の躊躇もない。」


「ああ、奴らには心と言うものがないからな。」


「アイツらは将来イシュタル様に害をなすだろう。」


ヤム「イシュタル様の優しさやお子達の血統が必ず足かせになる。」


ヤム「俺はイシュタル様の為にエンキ親子は必ず殺したい。今ここに残っている君たちは『それ』に後ろめたさを感じているからだ。」


その言葉を聞いて皆しばらく静まり返った。


ヤム「もう一度言う。俺はイシュタル様の為にエンキとエンリルを殺す。他の誰の為でもない。それで今ある懸念は全てなくなる。」


ヤム「お前達は違うのか?」


この瞬間、ヤムは産まれた赤ん坊への不信感をエンキとエンリル討伐に転換させたのだ。


「あ、ああ。その通りだとも。なぁ?」


「おお!そうだ!俺たちはイシュタル様の為なら何でもする!」


「俺たちの忠義はイシュタル様だけのものだ。」


「俺もやらせてくれ!T-SHOCKは絶対に許せない!必ず皆殺しにする!」


ヤム「よし!俺たちは同志だ。その時が来たら宜しく頼む。それまでは協調してくれ。イシュタル様に無用な心配をかけたくないんだ。」


「確かに、お前の言う通りだ。」


こうして、その集団はようやく重い腰を上げて皆の集まる双子の所へと向かい始めた。


ヤム:これでいい。不満はイシュタル様にもお子達にも向いちゃいけない。


ヤム:俺たちの敵はあくまでエンキとエンリルだ!


ヤム:例え離れ離れになっても俺達の忠誠は変わらない。



ヤム達がそんな事を話し合っていたとは知らないまま産まれたばかりのバアルとアナトをガラス越しに食い入るように見る集団の笑顔はとても優しいものだった。



そしてあの大部屋にはもはや球体に閉じ込められた桃井だけしか残っていなかった。



桃井「イシュタァル。。。」




この数ヶ月後、ここ81区にあるエルヴィンの地下施設は『くるみ割り人形』とそれに導かれたエンキ親子に襲撃される。


ヤムと結託した彼らはその時、イシュタルを逃がすために盾となってエンキ親子と戦った。


そして彼らはそのままイシュタルとは袂を分かち『魔神』と呼ばれる様になる。


T-SHOCKとそれに扇動された世界中の人々、それからイシュタルに消し去られた軍の報復から逃れる為にイシュタルは地中海の海底火山付近の氷の下に凍らない海を見つけて海の底に移り住み、イシュタラの国を建国した。


それは、イシュタル達にとってようやく手にした安心して暮らせる平和の楽園であった。




それから200年程の歳月が流れる。



そして、ショウ達の生きる時代へと話は移る。

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