78話 わん
エルヴィン達が消え去った後、T-SHOCK本社ビル地下の実験室に残されたエンリルの元にエンキは駆けつけた。
一方消えたイシュタル達は。。
ヤム「真っ暗ー!。。。あれ?」
ヤム「声が小さい?」
イシュタル「ここは。。?あ、ホントに小さい。。」
エルヴィン「ごめん、ちょっと待って!」
しばらくすると、電気がついた。
同時に気圧が上がる。
施設の風化を防ぐ為に空気を抜いていたのだ。
適応者達でなければ大パニックになったであろうが彼らにはさほどにも感じなかった。
そして空気が満たされるとようやく声がちゃんと聞こえてざわざわしてきた。
ヤム「わーあ!広ーい!。。あ、声が戻った!」
そこはとても広い部屋だったが倉庫などではなく、とても清潔感のある部屋だ。
窓はなく時間感覚が狂いそうだが壁にはちゃんと時計があった。
ヤム「あれ?一瞬かと思ったら一時間位経ってる!」
イシュタルも時計を見る。
壁にかかったその時計はシンプルな12時間表記の原子時計だ。
エルヴィンがここを離れてから700年も経っているというのに正確に時を刻んでいる。
しかし、イシュタルは直ぐにその時計が今午後を示している事に気がついた。
イシュタル「午後?」
イシュタル「エルヴィンこの時計間違ってる?」
エルヴィン「いや?一秒たりとも狂ってないね、さすが電子時計だ。」
エルヴィン「それに建物全体を包んで真空にしておいたお陰で腐食もしていない。」
イシュタル「それじゃあ。。。これは時差?13時間も?」
エルヴィン「正解!」
エルヴィンは得意げに言う。
エルヴィン「ようこそ81区へ!」
イシュタル「は、81区?そんな遠くへ?」
そう、ここは81区21番地。
それはかつて日本の岐阜県と呼ばれた場所だ。
そしてそのエリアからさらに少し西に外れた山中に深く掘られた地下にこの施設はある。
エルヴィン「ここの施設のシステムは無事に稼働できるみたいだ。81区は地震が多いからね、ちょっと心配だったんだけどよかった。」
イシュタル「そんな遠くまで一瞬で。。?」
エルヴィン「実は1区以外ではここが一番大きいんだ。55区のはどちらかと言うと見つからない事とエンリル達が目覚めた後に快適に過ごせるかどうかが第一優先だったからね。」
エルヴィン「そんなことより、急いで被験者達の治療をしなくちゃ!」
エルヴィン「どこまで出来るかわからないけどここは任せておいてイシュタルは自分の事に専念するんだ。」
イシュタル「自分の。。。事?」
エルヴィン「まずは君が無事だって世間に知らせる。」
エルヴィン「そうしたら流石にT-SHOCKにも捜査の手が入るはずだ。」
エルヴィン「君はもう有名人だからね。」
イシュタル「え?私が有名人?どういう事?」
エルヴィン「1区のメディアを検索してごらんよ。色々と君の事が載った記事が出てくるよ!」
エルヴィン「それにそろそろ1区は朝だから朝のニュースでも見てごらんよ。」
いきなりの話に面食らったイシュタルだったがイシュタルが監禁されている間、連日1区のメディアではイシュタル行方不明の話題で持ち切りだったのだ。
そのイシュタルが現れたとなれば当然世間は注目するに違いない。
そうなれば必ずT-SHOCKの悪行が白日の下に晒さらされていかに区や警察の高官と癒着していようが捜査の手は止めようがなくなる。
イシュタルの合唱部のバンドマネージャーであり、自らが所属するレーベルの主催する有名オーディションにイシュタルを推挙していたラフム。
彼がレーベルを通し意図して作り出したこの状況だったが今やイシュタルにとって最大の後ろ盾となっていた。
エルヴィン「さてと。。。」
エルヴィンが何か空中を操作するような動きをするとガランとしていた部屋に医療用のベッドやT-SHOCKにあった様な水槽がひとりでに動いて整然と並んだ。
そしてパーテイションで区切って大きなソファーセットやテーブルが4セットもやって来た。
壁庭にはドリンクの自販機も並んだ。
しかもフリードリンクのランプか点灯している。
ゆったりとした休憩スペースがあっという間に出来上がったのだ。
こうしてイシュタル達はとりあえずようやく一息つける事になった。
イシュタルがソファーに腰をおろすとそれを取り囲むように経過観察室にいた適合者達はイシュタルを囲んで注目した。
皆これからの事が不安なのだ。
イシュタル「まずは皆さん、まずはついて来て下さってありがとうございます。」
適合者の一人「とんでもありません。あの地獄の様な場所から救って頂いてありがとうございました。」
誰かがそう言うと適合者達は口々にイシュタルに感謝を伝えた。
適合者の一人「それであの、ひとつ質問をしても宜しいでしょうか。。。」
適合者の一人「私はアルルと申します。」
この男、適合者にしては珍しく年配に見える。
あまり年齢の高い者をT-SHOCKが実験の対象としなかったのもあるが、比較的高位の適合者になると時間とともに自身の適性年齢に近づいていくのだがどうもその能力が十分でなかった。
しかしその分彼は戦闘力が少し高かった。
イシュタル「どうぞ。」
アルル「ありがとうございます。」
アルル「我々は元の生活に戻れるのでしょうか?」
イシュタル「今はまだ何とも。。。とにかく正しい情報を発信してナノマシーン適合者の存在を世界に受け入れてもらう方法を考えましょう。」
他の適合者の一人「待ってほしいワン。」
その声の主はまるで子犬の様でも少年の様でもあった。
しかし、その可愛らしい見た目とは裏腹にとても声がダンディであった。
その為、思わず皆が注目する。
しーんと静まり返る中でそのアンバランスなその適合者は話を続ける。
ダンディな声「わんねーしわぐとぅぬあいびーん。」
全員の頭にクエッションマークが出た。
イシュタル「は?」
ヤム「何を言ってるの?」
ダンディな声「あ。。。」
ダンディな声「失礼、色々な記憶が混在していて言葉が定まらわんのです。」
イシュタル「大丈夫ですか。。。?少し休んでからにしますか?」
ダンディな声「大丈夫わん、それよりもどうしても気になっている事があります。」
ダンディな声「私の様な人とも動物とも区別のつかない者に人権は求められないのではないでしょうか?。。。わん。」
イシュタル:なんか無理やり『わん』を入れてる。。。?
ダンディな声「。。。どうかされましたか?わん。」
イシュタル「え?あ!いえ、そ、そうですね。被害者としてまず1区の住民であった証拠を用意しないといけませんね。」
ダンディな声「はいわん、しかしベースになる人を持たない完全な合成の者もいます。わん。その者たちが迫害されないか心配です。わん。」
イシュタル:ダメだ。。「わん」が気になって話に集中できない。。。それに途中で全く分からない言葉になるのは何なの?もしかしてワザとやってる。。?
ダンディな声「○△□○△□。。。。わん。」
イシュタル:他の人たちはどう思っているんだろ?
ダンディな声「○△□○△□。。。。わん。」
イシュタルはチラリと周りを見渡す。
イシュタル:み、みんな真顔で聞いてるー。。。
イシュタル:何?私がおかしいの?
ダンディな声「たしかに、それもそうニャン。」
イシュタル:いつの間にか『ニャン』になってるよー!
イシュタル:まって!い、犬じゃなかったの?
しかし、イシュタルがそんな事を気にしている間に話は違う方向に行き始めていた。
ダンディな声「。。。というのが宜しいかと思いますがいかがでしょうか?」
イシュタルはハッとする。
イシュタル:しまった!全然聞いてなかったぁー。。。
ヤム「それ、いいね!僕からもお願いします!」
イシュタル「え?ちょっと。。。待って。。。?」
イシュタル:なに??何のはなし??




