35話 臨死
遂にティアマトのチカラを覚醒したイシュタル。
しかし、イシュタル自身それが何を意味するのか分からないまま難病科が開発したと言うナノマシンの暴走を一時的に止める薬を飲み運ばれていった。
ナンナの髪の毛が伸びた事を担当医に伝えると医師たちはそのあり得ない回復にパニックとなった。
しかも驚いた事にナンナの外傷は跡形もなく消えていた。
頭部のCTスキャン検査もしたが出血なども見られずそれどころか頭蓋骨に手術跡すら残っていなかった。
しかしナンナは翌日からも目を覚ます事はなかった。
あれから桃井は孤児院と病院を行き来する毎日を送っていた。
脳波も全く検出されなかったが、ナンナの意識は身体を離れて宙をさまよっていた。
献身的にナンナの看病をし、毎日イシュタルの事を難病科に訪ねに通う桃井の姿をナンナは見ていた。
そして意識を失った自分の姿すらも、さまようナンナの意識の中の視界にはあった。
そうかと思うと突然暗い水の中へ意識が飛ぶ。
そこで何かの声を聞いた。
「なるほど。美しい娘ね。楽しみだわ。」
「こっちは?そう、グロテスクね。気味が悪いわ。もう少し見た目を何とかならないの?」
誰かの声。
何の話をしているのか?
水の中にいるのは。。イシュタル。。?
それからまた意識がもうろうとする。
モヤの中で猫の様な輪郭が走り回っている。
何か言ってるみたいだけど分からない。
上を向いているのか下を向いているのか。
生きているか死んでいるのか。
それすらも曖昧だ。
何もかもが曖昧だ。
次に見えたのは草原?
眩く金色に輝く背の高いアシの葉は実らせた穂を重そうに垂れながら風に揉まれて波打っている。
その中に一人誰かが立っている。
覚えのある感覚。
温かいその存在を感じるだけで孤児になってからの全てが癒やされるような。
そう、それは忘れる筈がない。
ナンナの母の面影だった。
最初ははっきり姿が見えた訳ではなかった。
しかし、はっきりその存在はわかる。
近づいて手を握りしめた時。
涙が溢れ出した。
心の底から安心と緊張の開放が全身を覆ったからだ。
ナンナは心の底から泣いた。
そしてそれにすがった。
しかし、その幻想にも近い母は優しくそして厳しくナンナを諌めて消えようとする。
ナンナは必死に追いかけたがそれはどんどん遠く手の届かない所へと遠ざかっていった。
いくら追いかけても追いつかずに一人残されて泣きながら金色の黄昏にうずくまるナンナ。
気が付くと足元にすりよる一匹の猫。
今度はしっかり姿が見える。
その猫はナンナに語りかける。
「どうか一時あなたの心の奥底に、オイラを住まわせてはくれまいか?」
その声はとても暖かく、敵意は感じられなかった。
ナンナ「あなたは猫ですか?それとも人ですか?」
エルヴィン「オイラはエルヴィン。猫だけど人でもある。」
エルヴィン「一度死んだけど生きてるのかも知れない。」
ナンナ「。。。私もよく分からない。」
エルヴィン「君はまだこっちに来ちゃいけないよ。」
ナンナ「でも、母さんが。。。」
エルヴィン「このままじゃイシュタルが危ない。助けたいんだ。」
ナンナ「イシュタルを?」
ナンナはイシュタルに意識を向ける。
すると目の前が暗くなる。
泡が見える。
また水の中だ。
悲しみと苦しみ。
怒りと絶望が伝わってくる。
ナンナ「イシュタル。。。」
ナンナの胸がぎゅっと熱くなった。
気が付くと自分の病室に戻って来ている。
エルヴィン「さ、行こう。君ならまだ帰れる。」
そう言われると意識が真っ白に染まってぼやけた病室の真っ白い天井が徐々に鮮明に見えてきた。
ナンナの目が開いたのだ。
桃井「な、ナンナ?」
ナンナの目はそのまま桃井の方を見る。
桃井「お前。。意識がありぃますよ?」
ナンナ「うん。。。ありがとう。」
力ない声でナンナが答えると、あてもなくずっと付き添っていた桜井は涙を流してくしゃくしゃになった笑顔を見せた。
ナンナ「ひどい顔よ。。。」
その顔を見てナンナももらい泣きした。
ナンナ「うわぁーん。。。ありがとう。。。」
二人はしばらく泣いた。
そして、ナンナは落ち着いてから意識を失ってから一ヶ月近くも眠っていた事を知った。




