30話 オーディション
■前回までのあらすじ
エルヴィンが突然出て行ったすぐ後に爆音と地震がイシュタルの住む1区ゾーン5を襲った。
そして、イシュタルの通う高校のすぐ隣の区画が消失。
そこにはそこの見えない大穴が開いていた。
■登場人物
イシュタル
17歳、女性
ポールローレンス・ダンバー高校11学年(高2)
合唱部とチアリーディング部を兼務
8年前の1区西海岸独立戦争で家族を亡くし戦争孤児としてウルク孤児院に引き取られた。
ラフム
年齢不肖、男性
音楽教師
神がかった音楽指導能力を持つ。
人気ロックバンド『Q-WIN』のシンガー
イシュタルの合唱部のバンドディレクター
■その他
ポールローレンス・ダンバー高校
イシュタル達の通うハイスクール
その穴のは直径350フィート(100メートルぐらい)以上はあるだろうか。
だが、それ程の大きな直径にもかかわらず底が見えない。
どれ程の深さなのだろう?
もちろん、カプセル内という事もあって光量は少ない。
それにしてもである。
幸い、異臭のような物は出ていなかったがこんな物のすぐ隣に高校があるのだ。
危険極まりないのは一目瞭然だ。
イシュタルは人混みの中をまた抜けて学校の方にまわった。
すると、案の定校門が閉鎖されている。
そしてその前には先生が数人立っていた。
イシュタルの合唱部のバンドディレクターのラフムの姿もある。
ラフムはイシュタルに気が付くとすぐに駆け寄ってきた。
ラフム「イシュタル君!」
流石に外は寒いのでこの日は短パンのみと言うことはない。
エレガントに上下が一体になっているピタピタの純白タイツだ。
もちろん胸元は大きく大胆にへそ近くまでカットされたデザインで攻撃的なチェストヘアーがギャランドゥと融合してデンジャラスにアピールされている。
しかし、いかにふくよかな体毛があるとは言えそれだけではやはり寒かった。
ラフムは近くまで来ると小刻みに震えながらイシュタルに話しかける。
ラフム「イッイフタウ君!どーうしてたんだい!?はっさっさむっ!」
寒さでうまく喋れていない。
そんなにさむいならもっと温かい格好をすればいいのだがお気にいりのライダースジャケットも王様の様なマントも間の悪いことに今はクリーニングに出している。
イシュタル「あの、鼻出てますけど。。大丈夫ですか。。?」
ラフムはその赤くなった鼻をどこからか取り出したハンカチで拭くと
ラフム「た、垂れてない。」
と強がった。
イシュタル「いえ、垂れてます。。。」
ラフム「NO!垂れてない。」
言っているはたから次の鼻水は垂れてくる。
イシュタル「あの、何か着たほうが。。」
ラフム「妥協は僕にとって。。はっさぶっ!もっっとも汚い言葉なんだ。。」
と、格好をつけて震えながらポーズを取るもツーッと鼻水が落水する。
そしてそれはあわやラフムの膝に落ちそうになる。
イシュタルは思わず
「あっ!」
と声を漏らしたその時、まるで鼻水は生きているかの様にラフム自身の膝を避けて地面に落ちた!
イシュタル:えええええ!?
イシュタルは硬まる。
イシュタル:い、いま鼻水が動いた?
恐る恐るとラフムの顔を見ると何故か恥らっているような表情だ。
そしてもう垂れない様に頭を後ろにのけぞらせるとスイッチが入ったのか急にいつものダンディな声になる。
ラフム「イシュタル君、今日は休校だから。。もう帰りなさい。」
イシュタル「は、はい。。。」
ラフム「それから、この前のオーディションの最終選考に残った様だ。また正式に連絡が入るだろう。」
イシュタル「え。。。?」
突然の予想外のラフムの言葉にイシュタルは呆けてしまった。
オーディションとは以前、ラフムの勧めで出たラフム自身の所属しているミュージックレーベルから新人アーティストを選抜する為に開催された1区屈指の有名オーディションの事だ。
このオーディションに合格して売り出されたアーティストは、ほぼ間違いなくデビューと同時に映画やアニメなどの主題歌に抜擢されて一躍有名になる。
イシュタルも勧められたものの自信はなく、ダメ元で参加したものだった。
イシュタル「え?。。。あ。。。え?」
ラフム「最終選考に残ったのは8名、ここまで2000倍の倍率だ。」
ラフム「おめでとう。ここまで来ただけでも大変なキャリアになる。」
イシュタル「あっ。。あのっ。。ええ??」
イシュタル:えええええええええ!!??
イシュタルは訳が分からなくなって顔を真っ赤にすると何も言わずにラフムにお辞儀をして慌てて走り去ってしまった。
ラフム「イシュタル君。。。」
ラフム「へーぇっくしょん!」
ラフムはこの日、風邪をひいたという。




