5話 侵入者
■背景
2913年、マミイが消滅してから2年の歳月が流れていた。
ここは1区ゾーン5、旧アメリカのワシントンから東へ50キロ。メリーランド州ボルモチア跡のカプセル。
イシュタルの保護者面談を巡って物語の歯車は動き始める。
■登場人物
イシュタル
17歳
ポールローレンス・ダンバー高校11学年(高2)
合唱部とチアリーディング部を兼務
8年前の1区西海岸独立戦争で家族を亡くし戦争孤児としてウルク孤児院に引き取られた。
ラフム
年齢不肖
音楽教師
神がかった音楽指導能力を持つ。
人気ロックバンド『Q-WIN』のシンガー
イシュタルの合唱部のバンドディレクター
桃井
年齢不肖
ウルク孤児院の院長
旧世界のロックシンガー、フレディ・マーキュリーを崇拝
ピンクが好き
ナンナ
12歳
戦争孤児としてイシュタルと一緒にウルク孤児院に引き取られた。
リリイ
年齢不肖
3歳まで犬に育てられた。
ウルク孤児院にて保護されている。
ナズィ
17歳
イシュタルの同級生
チアリーディング部のチームメイト
ボーイッシュな金髪ポニーテールの女の子
■その他
ポールローレンス・ダンバー高校
イシュタル達の通うハイスクール
ウルク孤児院
桃井からは想像がつかないがプロテスタント系の教会の流れをくむ孤児院。
『宝島』の演奏が終わると先程にも増してクラス中に感動が広がった。
そしてその感嘆の声が止むまでしばしラフムは静観した。
しばらくするとそれに気がついた生徒から姿勢を正す。
一人がそうすると連鎖的にそれに習ってクラスは瞬く間に静かになった。
するとラフムはようやく一人、静かに拍手を始めた。
ラフム「皆さんの情熱、しっかりと伝わりました。」
ラフム「今日までの地道な練習によくついて来てくれた。」
ラフム「君たちこそチャンピオンだ。」
ラフム「本当に素晴らしかったぜ!!」
ラフムが叫ぶと生徒たちから歓声が上がる。
まるでラフムのコンサートでも見ているかの様だ。
そんな熱狂の中ただ数人、合唱部のイシュタルと他何人かは少し苦笑いをしていた。
特に紹介はしないがそのテンションを見ればひと目で誰が合唱部か一目瞭然だった。
かと言って彼女らもラフムには全幅の信頼を置いているのは同じだ。
決して蔑んで見ている訳だはない。
その時だった。
イシュタルの背筋に何かとてつもない悪寒が走り、同時に強烈な視線を感じた。
慌てて辺りを見渡すイシュタル。
何か変だ。
どこかおかしいところはないか必死に探すも見当たらない。
イシュタル:き、気のせい?
落ち着かないイシュタルに気がついたラフムは、ただならぬ気配に気が付きスタスタと窓の方に歩いていった。
二重になっている防音窓をガラリと開け放つと外に向かって一言。
ラフム「僕の大切な授業に水を差すのは誰なんだい?」
ラフム「出てきたまえ!」
ラフムが怒った様にそう叫ぶと外から何やら歌声が聞こえてきた。
どこか物悲しいダンディな男性の声だった。
「西の街から東の街まで素敵な夢をフフフフフーン♪」
「心休まるフフフな生活ホンホホンホフフフフン♪」
すると思わずラフムは
「フーウッフーウッ!」
と相づちを打ってしまった。
シーンとする教室。
狼狽えているのはラフムの方だ。
ラフム「な、何故このソングを。。?」
ラフム「そこにいるのは一体何者ですか!?」
ラフムがそう叫ぶと気まずそうに一人の漢が窓の上から顔を覗かせる。
イシュタルはその瞬間凍りついた。
ヒソヒソ聞こえる。
「うわ、何アレ?」
「変態?」
ラフム「ユーは。。。」
そう、その漢とは桃井だった。
ラフム「ユーの事は知っていますよ。ライブによく来てくれていますよね?」
ラフム「どうしてこんな所まで。。。?」
ナズィ:うわ!アレ!確かイシュタルのところの。。。
桃井に気がついたナズィは恐る恐るイシュタルの方を見るとそこには今まで見たことも無いような鬼の形相をしたイシュタルがいた。
ナズィ「い、イシュタル。。。お、落ち着いて。。。」
次の瞬間、何か言葉を発しようとした桃井の顔面にイシュタルの投げつけたマイクが突き刺さっていた。
桃井はそのまま力が抜けてズルズルと滑り落ちる。
ラフム「危ない!」
思わずラフムがかけた声に桃井はハッとして足のつま先を窓の枠に引っ掛けて逆さまの十字架の形になって持ちこたえた。
イシュタルも一瞬ヒヤッとしたのかホッとしたが次の光景がまたいけなかった。
逆光に十字架となった桃井の姿にクラス中がさらにドン引きしたのだ。
ヒソヒソ聞こえる。
「うわ、何あの服?」
「ピンク。。。」
「変態。。」
「イシュタルさん、今何か投げなかった?」
「何あれ?」
「怖い。。」
そんなざわついたクラスをラフムは制す。
ラフム「皆さん!落ち着いて下さい!」
ラフム「あなたも危ないので一旦そこから降りて中へどうぞ。」
桃井「は、ハイ!申しわぁけぇないです。。」
ラフム:孟子は毛ないです?
ラフムが無駄な反応をしている間に桃井は申し訳なさそうにすごすごと窓から降りるとラフムの前で正座すると深々と土下座して謝った。
桃井「申しわぁけぇありませんでした!」
ラフム:孟子は毛ありませんでした?
ラフム:さ、さっきから何を言ってるんだ。。?
ラフムはまたも無駄に反応したがすぐに我に返って冷静になる。
ラフム「毛の事はさておき、授業を妨害した理由を話して頂けますか?」
桃井「毛。。。何でもお見通しなんですね。。確かにラフム、貴方の仰る通りです。全てお話致します。」
イシュタル:終わったーーー!!!
この時、イシュタルはもう逃げられない事を覚悟したと同時に自我が崩れ去っていのを覚えた。
その時のイシュタルの形相をナズィは生涯忘れなかったと言う。




