36話 消えた感情
ナノマシーンリミッターの研究室の端末に見つけたエルヴィンの隠しファイル。
謎のくるみ割り人形はそのパスワードを解除していた。
そして、マミイはくるみ割り人形に触れた事でティアマトのリンクが崩壊し、その最後のチカラを自ら編み出した『移譲』によりエンキに渡してその身体は崩壊した。
エンリルを生命維持装置へ入れた後、エンキは一人研究室にいた。
赤いオーラも収まり、前と変わらない様に見えるエンキだったがその内面は時間経つに連れて確実に変化していた。
マミイの感情制御システムが一部残っていたのだろうか?
本来持っていたはずの感情の一部が消えつつあったのだ。
エンキの異変はマミイの亡骸の処置に顕著に現れた。
マミイの死んだ後、その身体は『移譲』に耐えられず崩壊した。
残ったのは衣服と僅かな機械パーツだけだった。
エンキはそれをチリトリと頬木で片付けると記憶メモリと見られるパーツ以外は当たり前の様にゴミ箱に捨てた。
以前のエンキになら考えられない行動だが本人は全くそれに気が付いていない。
それから何事もなかった様にデスクに着くと端末を操作して例の隠しファイルを開いた。
そこに記されていた事は大体こんな事だ。
こことは別の場所にアヌのオリジナル細胞とDNAが保管されている事
それらを使ったアヌのクローンの生成方法
そしてアヌの蘇生方法
つまり、現在宇宙に漂うアヌのオーラとクローンをリンクさせる事でアヌのオーラと意識をクローンに融合する事が理論的に可能だと言うのだ。
しかし、その資料の最後にはエルヴィンの注意書きが添えられていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
但し、これらは絶対に実際に行ってはいけない。
ここに書かれている事を実現するにはアヌのクローンに完成したリミッターを投与して紫色のオーラが出せる様になるまでリンクを高める必要がある。
それには恐らく膨大な数の人体実験が必要になるだろう。
リンクのレベルを意図的に操作するのは極めて繊細な技術が必要だからだ。
これはさすがのオイラも難しかった。
リミッターみたいに止めるだけでもこれ程の時間がかかったんだ。
それを自由に引き上げるとなると。。
代わりに最も原始的な方法でリンクのレベルを高めるにはより高いレベルのオーラや下級の大量のオーラを取り込めばいい。
でも、今のところ他者にそのオーラを渡すには捕食させるしか方法が無いみたいだ。
捕食とは遺伝子レベルでその適合細胞を取り込む事だ。
放電能力の様なものじゃなくて、オーラそのものに対する能力を他者に渡すには致死量に値する細胞量が必要だ。
つまり、ティアマトのリンクのレベルを上げる程の細胞を取れば下級の適合者なら死んでしまうって事。
それも大量に必要なんだ。
だって上級のレベルの人がいない所からのスタートになるからね。
結局、オイラはこの研究を封印する事にしたんだ。
そんなに多くの犠牲者を出してまでやる事じゃない。
もし、何かの手違いでエンキやエンリルがこのデータを手にしてしまった時はどうか踏みとどまって欲しい。
オイラは殺戮の為にこの研究をした訳じゃない。
誰にも迷惑をかけずにアヌとエンリルを助けたかったんだ。
エンリルは僕の家族だからね。
エンリルのリンクが安定したらもうこの研究からは手を引いて欲しい。
きっといい結果は生まないと思う。
それとアヌの蘇生にはもう一つ大きな懸念がある。
これはオイラの推測なんだけど、もしアヌが蘇生してリミッターを投与したとする。
それでもリミッターが効かずに紫以上のリンクが完成してしまったら恐らくアヌはティアマトの海に迎えられてこの世界を去る。
その後、この世界は一体どうなると思う?
生命が誕生する時、神は試練を抜けて来た遺伝子以外を許しはしない。
争って勝った生命以外の生存を神は許さないんだ。
神は平和を望まない。
神は他者を愛する事を望まない。
神は非情なんだ。
これは、オイラの憶測だけど、ティアマトの試練に選ばれた者があっちに召された場合、残されたこの宇宙は消滅するかも知れないんだ。
もし、この仮説が事実ならこの研究はこれ以上進めてはいけない。
絶対に。
エンリルも消滅してしまう。
ティアマトの海で神となったアヌはそれを喜ぶだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エンキは、読み終えるとひとこと言った。
「簡単じゃない。私には『移譲』があるしリミッターは効くように完成させればいいのよ。」
その顔に感情はなかった。




