27話 親子のディナー
ナノマシーンリミッターの研究室の端末に見つけたエルヴィンの隠しファイル。
そこにはられたパスワードのヒントは『エルヴィンの名前の由来』だった。
エルヴィンの名付け親はエンリルだった事からエンキは息子エンリルを起こした。
キッチン
簡素だが清潔な感じのするその空間はいつになく和やかな雰囲気に包まれていた。
そこでは、置かれたテーブルに対面で座った親子のディナーが今まさに始まろうとしていた。
この日ばかりはエンキもシリアルはやめてエンリルと同じメニューをマミイに頼んでいる。
マミイもことの他喜び、この日の晩餐に気合を入れていた。
エンキは久しぶりに赤いワインに似せられたアルコールを食前酒として口にする。
ワイングラスの光沢も中には注がれた赤い液体も本物のそれと見た目は変わらない。
そして口にしたそれは葡萄の酸味が本当にワインとしか思えなかった。
エンキは改めてエルヴィンの作った人工食料の製造機の性能の高さを再認識するとグラスを光にかざしてじっと見つめてしまうのだった。
一方、エンリルの前にも本物としか思えないオレンジジュースが出されるとエンリルはよほど喉が乾いていたのかそれを一気に飲み干した。
エンリル「ぷはーっ!おいしい!これ本当に人工食料なの?信じられない!」
エンキは微笑んで
エンキ「そうよ。ビックリでしょ?」
そこへ、大きなトレイに四角い『お重』を乗せてマミイが入ってきた。
マミイ「お待たせしました。本日のメインディッシュ、ウナデューンとアカドシのスープです。」
エンリル「わぁ!僕もうおなかペコペコだよ!」
マミイが気のはやるエンリルから先に配膳すると、エンリルはその美味しそうな匂いに気が付く。
エンリル「すごい。。美味しそうな匂い!」
目を輝かせるエンリルは待ちきれない様子。
エンリル「母さん!開けていい?」
エンキ「お祈りが終わってからよ。」
エンリル「はーい。。」
渋々従うエンリル。
そして二人は祈りを捧げる。
父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事を頂きます。
ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧として下さい。
わたしたちの主、イエス・キリストによって。
アーメン。
エンキ「さ、頂きましょう。」
エンリルは目を輝かせて蓋を取ると中には蓋によってふっくらと蒸されてツヤツヤと輝く白米の上に鎮座する濃厚なタレがたっぶりとかかったウナギの蒲焼きが現れた。
エンリルには見たこともない料理だった。
エンリル「こ、これがウナデューン。。」
その輝きに目を細める。
そしてエンリルの喉がゴクリという音をたてるとエンキは満足げにその様子を伺う。
お箸の使えないエンリルの為に用意されたシルバーのスプーンを手に取り、ゆっくりとエンリルはその未知の食べ物を口に運ぶ。
三回ほど噛むとエンリルの表情はみるみる変わりがっつく様にスプーンの進みが止まらなくなった。
そしてあっという間に一膳をたいらげてしまった。
その途端、胸につかえたのか胸を叩きながら
エンリル「み、水欲しい!」
と慌ててマミイに水を貰い、飲み干してやっとひと息ついた。
エンリル「ふーっ!」
エンリル「母さん。何これヤバいよ美味しすぎだよ!こんなの食べた事ない!」
目を丸くするエンリルを笑顔でながめながら
エンキ「ね?母さんの言った通りでしょう?」
と、余裕の表情のエンキ。
エンリル「母さん、おかわりしてもいい?」
エンキ「そんなに食べて大丈夫?」
エンリル「平気!もっと食べたい!」
エンキ「じゃあ。。次はケツドゥン、食べてみる?」
エンリル「ケ、ケツドゥン。。。それも美味しいの?」
エンキは深く頷く。
エンキ「ウナデューンは魚だけどケツドゥンは肉よ。」
エンリルの目が輝く。
エンリル「母さん!それお願い!」
エンキ「分かったわ。」
そう言うとマミイに頼むこともなく、エンキはいそいそと食料庫の方に消えていった。
キッチンにはマミイとエンリルだけとなった。
急にシーンと静まり返ったキッチン。
エンリル「えっと。。マミイさん。さっきは名前を間違えてごめんなさい。」
マミイ「いえ、どうかお気になさいません様に。」
マミイは相変わらず丁寧にお辞儀する。
そんなマミイに恐る恐るエンリルは聞く。
エンリル「マミイさんは本当にアンドロイドなんですか?全然そんな風に見えないんですけど。。」
マミイ「はい。と言っても従来の機械部分は殆どありません。ナノマシーン制御の生体コンピュータと生体パーツの組合せで構成されています。」
エンリル「ふーん。。何だかよくわかんないや。」
そこにエンキが戻って来た。
手にはトレイに乗せたどんぶりが乗っている。
エンキ「お待たせ。」
エンリルは喜々として待ちきれない様子。
エンリル「母さん!早く早く!」
エンキ「はいはい。どうぞ。」
エンリルは目の前に差し出された一杯のどんぶりに見惚れる。
香ばしいパン粉で揚げ包まれた肉々しい香りのする何かの周りを蒸された半熟溶き卵と透明になる迄だし汁で煮込まれた甘そうな玉ねぎの海が取り囲む。
その肉々しく甘そうな香りはエンリルの心を鷲掴みにした。
ゆっくりとスプーンを差し込み、その一口サイズに揚げられたひと切れと玉子やまたねぎ、そしてその下のたっぶりと汁を吸ったライスとを一緒にこぼれそうになりながらも強欲にすくい上げると慎重に口に運んだ。




