スパイラル・カーブ
思い付きをそのまま書きました。
俺の好きな音楽、それはヘビーメタルだ。あの腹にずしりとくる重い音、それでいてご機嫌な楽器群。たまらん。
「音量下げるね?」
しかし俺の趣味は理解されていない。この女はヘビーもメタルもまったく興味がない。
付き合ってからの1年間、俺はコイツに必死でヘビーメタルを刷り込ませようと努力した。だが、いつまでたってもコイツは「うるさい」の1点張りで、比較的静かなイントロさえも聴こうとしない。今もそうだ、車内に流している初心者用の楽曲詰め合わせCDの音量を下げた。小さすぎてもはや聞き取れないレベルまで下げた。
それでも俺は抵抗し、どうにかコイツの注意を音楽に向けさせようとして、ノリノリで体を揺らす。曲が盛り上がってくると(耳を澄ませないと分からないのだが)、頭も深く激しく上下させる。
「鬱陶しいんだけど?」
それもダメ。コイツ、すべてを受け入れないつもりだ。
仕方なく体を静止させ、窓の外を眺める方にシフトする。何度となく通ったこの道の景色はとうに見慣れているし、別段面白くもない。面白くないついでに、俺はこっそりとMDのボリュームを弄ろうと手を伸ばす――
「あのさ、いい加減にしてくれない?あたしも乗ってるんだから少しは配慮してよ。そもそも運転手はあたし。あんたは助手席でボーっとしてればいいかもしれないけど、あたしは運転に集中しないといけないんだって。ねぇ、分かって?なんでそんなに無神経なの?なんであたしのこと労わってもくれないの?曲が聴きたいなら一人の時にやってよ、こっちもあんたの趣味にまでうるさく口出しするつもりないから。それが出来ないんだったら…もう別れる?」
ボリュームが上がったのはこの女の方だった。
別れる。また、まただ。コイツの口癖だ。この女は別れるなんてことが人質になるとでも考えているのか。自分が固執されるほど魅力的だとでも勘違いしてるのか?
「おい、そこ曲がれよ…」
「ッチ…分かってる、黙って!!」
「そうかよ」
ああクソ、タバコはどこにやったかな。ポケットの中に見当たらない。もしかすると、家に忘れてきたかもしれない。気が紛れない、とても不愉快だ。
こういう時こそヘビーメタルが聴きたい。ずっしりと腹に響くあのサウンド…
「分かった。事故らせたいんだね。」
「…なんでだよ。」
ほら。こうやって、俺の好きなものは全部コイツに奪われていくんだ。ずけずけと心を蝕むこの罵声。なんでこんな女と付き合ってるんだか。
家に帰ったらまずビールだ。絶対にビール、もう邪魔はさせない。俺の楽しみを奪われるわけにはいかない。
「あんたが一番好きなものってなに?」
「気持ち良いことなら、なんだって好きだ。」
最後のいつも通りの質問を、俺はいつも通りに流した。流れたこの言葉は目の前の分かれ道を左に曲がって、この道を通る時にまた出会うことになると思われる。
ご清覧ありがとうございました、もし誤字あったらすんません。