9話 お姉ちゃん
艶のある腰まで伸びた綺麗な黒髪、若干つり上がり気味の目に、整った顔立ち。
見間違えようハズもない、剣聖である僕の姉がギルドにいた。
何しに来たんだろうか? まさかレイフェルト姉をラルク王国に連れ戻しにきたとかじゃないだろうな? 勘弁して欲しい、この二人が戦ったりしたら、シルベスト王国に多大な迷惑がかかる。
「よかった無事だったんですね、国に依頼された仕事から戻ってきたらラゼルが居なかったので、周囲の人間を問いただした所、なんと国を追放したとか抜かすではありませんか。もうそれを聞いた瞬間、お姉ちゃんプッツンしちゃいましたよ」
プッツンって子供じゃないんだから。
て事はレイフェルト姉を連れ戻しに来た訳じゃなさそうだ、よかった。
「それで、リファネル姉さんはこの国に何しにきたのさ?」
「ラゼルを蔑ろにしたあの国にはもう居る必要がなくなったので、お姉ちゃん家出してきちゃいました。私はもうあの国の為には剣を振るいません。これからはずっと一緒にいられますよ」
剣聖であるリファネル姉さんと、それと互角のレイフェルト姉。
つまりラルク王国は、国の最高戦力を一度に二人も失った事になる。
不味くないかなこれ、絶対にこのまますんなり終わるとは思えないんだけど……
「ラゼルには私がついてるから大丈夫よ、あなたは安心して国に帰りなさいな」
「あら居たんですねレイフェルト、全然気付きませんでした。国に帰れとはどういう事でしょうか?」
ずっと僕の隣に居たから気付いてない訳はないのだが。
「相変わらずラゼル以外には興味ないのね、リファネル。言葉の通りよ、ラゼルには私がいるから大丈夫って言ったのよ。もうギルドでパーティも組んでるし、寝るときだって一緒なんだから。あんたの入り込む余地はないわ」
ふふんと勝ち誇った顔をするレイフェルト姉。
いやいや、言い方!! そんな言い方じゃ誤解されるじゃないか、これ以上話をややこしくしないでよお願いだから。
「ふん、どうせ宿が一部屋しか空いてなかったとかそんなオチでしょう?
そんな事言うなら私は、昔からお風呂だって一緒に入ってます。そのあと一緒に寝たりもしました。ラゼルは私のです」
うん。それ小さいときの話ね。
まるで最近までそうだったかのように聞こえるんだけど……
暫くの間、火花を散らす二人。
「まあまあ二人とも一旦落ち着いてよ。リファネル姉さんも遠くから来てて疲れてるんじゃない? ここじゃ迷惑になるから一先ず宿に戻ろうよ」
「そうですね、レイフェルトがあることないこと言うから、お姉ちゃん少し熱くなっちゃいました。反省です」
「ふふふ全部本当のことなのに。ねー? ラゼル」
ああもうせっかく丸く収まりかけてたのに。
そしていちいちくっついてこないで。
「やはりあなたとは一度ちゃんと決着をつけないといけないようですね」
「やるなら相手になるわよ?」
「もう!! いいから行くよ二人とも!!」
二人の手を無理矢理引っ張り、宿に向かう。
宿の部屋に戻った僕達三人は、今後どうするか話し合う事になった。
「一応、僕とレイフェルト姉は今ギルドに登録していて、依頼をこなして生活費を稼いでるんだけど、リファネル姉さんも冒険者登録して一緒に動くって形でとりあえずいいかな?」
僕達の現状を説明する。
家出って言ってたけど、リファネル姉さんはもうラルク王国に戻る気は無さそうだし、何より僕の事を心配して来てくれたんだ。
邪険にはできないし、するつもりもない。
昔から僕の事を第一に考えてくれて、修行も何回も付き合ってくれたし、落ち込んだら優しく励ましてもくれた。
少し過保護過ぎる所もあるけど僕だってそんなリファネル姉さんが大好きだ。
「ラゼルと一緒ならそれでいいです。後、私の事は姉さんではなくてお姉ちゃんと呼んでください。前から言ってるではないですか」
この歳になってお姉ちゃん呼びは正直恥ずかしい。
昔はお姉ちゃんと呼んでいたんだけど、だんだんと恥ずかしくなってきて、今ではリファネル姉さんと呼んでいる。
どうやらそれがお気に召さないらしく、唇を尖らせてジトッとこちらを見てくる。
「僕ももう成人してるわけだし、お姉ちゃん呼びは恥ずかしいよ」
この世界では16歳を過ぎると成人扱いで、立派な大人の仲間入りだ。
冒険者登録も16歳を過ぎないとする事ができない。
追放されたのが成人した後で本当によかったと思う。
まぁ年齢を偽って冒険者してる人なんて沢山いるみたいだけどね。
「何を恥ずかしがることがありますか。どれだけ歳を重ねても私がラゼルのお姉ちゃんである事は変わらないのです。だから安心してお姉ちゃんと呼んでください、さあ!」
く、もうとりあえずリファネルお姉ちゃんって言って逃れるしかないか、次からなに食わぬ顔で姉さん呼びに戻せばいいか……恥ずかしいのは今だけだ。
「はいはい! いつまでも二人でイチャついてないで、今後の事を話すんでしょ?」
いいタイミングでレイフェルト姉が間に入ってくれた。助かった。
「今後の事も何も今ラゼルが言った通り、冒険者登録して依頼をこなして生活する。これでいいではありませんか?」
「当面はそれでいいでしょうけど、あんたこのままラルク王国が黙ってるとは思ってないでしょ? 必ず私やあんたを連れ戻そうと動くはずよ。そうなった時に宿暮らしだと宿の人達に迷惑がかかるわ。それに宿って何か落ち着かないのよね。だって隣の違う部屋には赤の他人が寝てるのよ? 私は耐えられないの」
宿の人達に迷惑がかかるっていうのが、おまけに聞こえるのは気のせいだろうか……
「成る程、一理ありますね。つまり家を買うということですか?」
「そのとおり。私とあんたがいればSランクの依頼を受けれるでしょ? どっちかがラゼルを守ればいいんだし。そうすれば家なんてすぐ買えるんじゃないかしら」
レイフェルト姉は簡単に言うけど、Sランクの依頼ってドラゴン討伐とかヤバイのばかりだった気がする。
大丈夫だろうか?
「そうですね、私達が負けるような魔物なんて存在しないでしょうし、いいんじゃないですか? ラゼルはどうです?」
凄い自信だ……待てよ? いい方法を思いついてしまった。
「それって僕が留守番して、二人でSランクの依頼を行ってきたほうがいいんじゃないかな?」
僕を守りながらだと、実質一人でSランクの魔物と戦わないといけないことになる。
僕が留守番してれば二人で戦える。
いいことしかないじゃないか!
「駄目よ」「駄目です」
二人の声が丁度重なった。
ですよね……わかってました、はい。
「私はラゼルと一緒に冒険がしたいのです。何が悲しくてレイフェルトと二人で行かないといけないんですか」
「そうよ、ラゼルがいないと意味がないわ。それにラゼルも一緒に住むんだから依頼はパーティで達成しないとね」
僕は宿暮らしでもいいんだけどなぁ……