89話
ザナトスさんと話したあとは、特に何をするでもなく、まったりと過ごした。
夜になり、あとはもう寝るだけ。
部屋には僕の他に、リファネル姉さんとレイフェルト姉、ルシアナの三人がくつろいでいた。
「明日にはゼル王国を出発かぁ。何だかシルベスト王国が懐かしく感じるね」
長く感じたけれど、実際この国に滞在した期間は短い。
シルベスト王国を出る前は、まさかここまで苦戦を強いられるとは思わなかった。
そりゃ二千の魔物が迫ってるなんて聞いた時は、楽に終わるとも思ってなかったけど、まさか姉さん達ですらあそこまで苦戦するとはね。
「ふふ、わかるわよラゼル。早く自分の家に帰って、お姉さんと寝たいのよね? 私も同じことを考えてたわ」
「あ~…………そうだね、僕も楽しみだよ」
いつものようにからかってくるレイフェルト姉に、僕は少しそっけなく返事をした。
「あ、何よその感情の籠ってない返事は。もう、家に帰ったら凄いんだから」
「え……凄いって、なんのこと?」
「ふふ、わかってるくせに」
そう言いながら、レイフェルト姉は僕の方へよってくると、耳元に顔を近付けて、
「――――キスのことよ。朝まで離してあげないんだから」
ルシアナとリファネル姉さんに聞こえないように、囁いてきた。
まいったなぁ……僕としてはキスをすることは約束なので、もう仕方ないとして。
軽くチュッと、唇に触れるか触れないかくらいでサッと済ませようと思ってたんだけどなぁ。
朝まで離さないって…………僕、窒息しちゃうよ。
「わっ!? ――――――ちょっと危ないじゃないルシアナ!! いきなり何するのよ!」
レイフェルト姉に向けて放たれる、ルシアナの魔法。
避けた後の壁には、氷の礫がめり込んでいた。
毎回思うけど、これ本当に当たったらどうするんだろ…………
まぁレイフェルト姉に限って、そんなヘマはしないと思うし、ルシアナも本気で当てるつもりはないっていうのはわかってるんだけどさ。
見てるとヒヤヒヤするよ…………
「私のお兄様に近付かないで下さい! お兄様は耳が弱いんですから」
何故かバレてる僕の弱点。
いや本当のことだけどさ……
「ふん、私はわかってやってるのよ。ラゼルの焦った顔も好きなのよ、私は」
「いいから、お兄様に必要以上にくっつかないで下さい!! だいたい、お兄様には私さえいれば十分なんですから」
凄い自信だ……
「何よ、ラゼルが追い出された時、一番最後に来たクセに。私は最初からついていったわよ」
「あの時はラルク王国に居なかったんですから、仕方ないですの!」
何だかヒートアップしてきたなぁ……
そろそろ寝たいから、皆隣の部屋に戻ってほしい。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて下さい。ラゼルの怪我も完璧ではないんですから、あまり騒ぐのはやめましょう」
そう言って二人の喧嘩を止めるリファネル姉さん。
いつもなら、二人に混じって争ってそうな気もするけど。
「ラゼル、私達はそろそろ部屋に戻りますね。何かあったらお姉ちゃんを呼ぶんですよ? さぁ、行きますよ」
レイフェルト姉とルシアナの間に入って、二人の手を引くリファネル姉さん。
二人も渋々といった感じで、リファネル姉さんについていく。
「ん? 誰か来ますね」
三人が僕の部屋を出ようとした時だった。
リファネル姉さんがそんなことを言って、立ち止まった。
それからまもなくして、ドアがノックされた。
姉さんの言った通り、誰か来たようだった。
こんな夜に誰だろうか?
「失礼します、ラナです。少しお時間よろしいでしょうか?」
ノックしたのがラナだとわかり、僕はドアを開けた。
すると、ラナの横にはナタリア王女もいた。
「ラナとナタリア王女様? どうしたんですか?」
「こんばんはラゼル様。遅い時間に申し訳ありません。バタバタとしていて、中々時間がとれなかったもので……」
そう言うナタリア王女の目には、うっすらと隈が出来ていた。
憶測でしかないけど、今回の魔物の襲撃の件で王女としてやることが沢山あったに違いない。
「先日、リファネルさんとルシアナさんには、ラナと一緒に王城に出向いて頂いた際に、父と共にお礼を申し上げたのですが、ラゼル様は怪我をされて目覚めてないと聞いてたので。この国を去る前に、どうしても直接お礼を言いたかったのです。ありがとうございました」
そういえば目が覚めた時に、レイフェルト姉がそんなことを言ってたよね。
ってことは、リファネル姉さんとルシアナはナタリア王女のお父さん、国王に会ったのかな。
「まさか魔物だけでなく、魔族まで現れるのは予想外でした。被害は大きかったですが、結果的に皆さんのお陰で、危機は乗り越えられました」
ナタリア王女の魔族という言葉で、気になっていたことを思い出した。
あのベネベルバという魔族が、姉さん達と戦ってた魔族を"魔王"と呼んでいたことを。
姉さん達は気付いていたかどうかわからないけど、僕はそれがずっと気になっていた。
「そのことで、伝えようと思ってたことがあるんですけど…………」
僕はナタリア王女とラナに、そのことを話した。
※
「魔王…………ですか。本当にそう言っていたんですか?」
「はい、ゼル王国内に侵入してきた魔族がそう呼んでいるのを聞いただけなので、確証はないんですが」
そう、確証はない。
けれど、姉さん達三人を相手にあそこまで渡り合うなんて、メチャクチャな実力を持ってることは確かだ。
「そうですか…………このことはゼル王国だけで収まる話ではないので、とりあえず父に話してみます。すぐに大陸の近隣諸国で協議の場が設けられると思います。勇者パーティの方々の意見も聞くべきでしょう」
最近魔族の動きが活発になってるって、ファルメイアさんも言ってた。
僕達がゼル王国に向かうことになったきっかけも、勇者パーティの人達が他の魔族の元へと行ってしまったのが原因だ。
これから魔族が攻撃を仕掛けてくることが増えるんだろうか。
不安だ……
その後は、夜も遅いので長話になるといったこともなく、ラナとナタリア王女はすぐに帰っていった。
久しぶりに新作を書いて見ました。
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