87話 精霊族
「ん……?」
いつもと違った匂いで目を覚ます。
窓の外を見るに、まだ夜のようだ。
「……んんぅ」
目の前には僕を抱え込んだまま眠る、整った顔立ちの女性、クラーガさんが。
そうか、あのまま少し寝ちゃったんだ。
僕は眠ってるクラーガさんを起こさないように、そっとベッドから出て、自室へと向かった。
いつもだったら部屋に姉さん達やルシアナがいるから、こんな時間に戻ったら大変だけど、今は別々の部屋だからちょっと安心だ。
ほとんど治ってるとはいえ、一応怪我人だから姉さん達も一緒に寝ようとはしなかった。
まぁ、隣の部屋にいるんだけどね。
「遅い」
誰も居ないはずの自分の部屋に戻ったつもりだったけど、ドアを開けると感情の籠ってない、平淡な声が聞こえてきた。
「セロル? どうしてここに……っていうか色々聞きたいことがあったのに、起きたら居ないんだもん心配したよ」
部屋のベッドに腰かけていたのは、長い金色の髪をした少女。
魔族との戦いで僕を助けてくれた、ルシアナの使い魔セロルだった。
「魔力節約の為に、一度帰っていた」
「帰っていたってどこに?」
使い魔ってそもそもどこから召喚されてくるんだろうか、そこら辺は本当になにもわからないからなぁ……
「……精霊界」
セロルから返ってきたのは、聞きなれない言葉だった。
「精霊界? 使い魔ってみんなそこからこっちに来たり帰ったりするものなの?」
「私は使い魔じゃない」
不機嫌そうにするセロル。
いつも通りの声音だけれど、口元が僅かにへの字になってるのがわかる。
そういえばルシアナが使い魔って言った時も否定してたっけ。
「じゃあセロルはいったい……」
使い魔じゃないとするなら、いったい何者なんだろう。
背中に翼とか生やしてたし、人間……じゃないよね。
もしかして魔族とか?
「私は精霊族。かつてこの世界の争いに嫌気が差して、別次元へと姿を消した一族」
精霊族? そんな種族、聞いたこともない。
というか、別次元って何だろ?
「……そんな種族が居るなんて初めて知ったよ。本とかでも見たことないし。もしかして僕が知らないだけだったりする?」
「その可能性は低い。私達がこの世界に存在していたのは何百年も昔の話だから」
「……セロルって今何歳なの?」
いろいろ壮大な話になってきたけど、一番気になったのはそこだった。
「詳しくはわからない。でも自我が芽生えてから五百年は経ってる」
五百年ッ!? ファルメイアさんよりも年上じゃないか……
「そうなんだ……それでなんでルシアナと一緒にいたの?」
ルシアナが使い魔扱いするってことは、ルシアナが呼び出したのかな?
「私がこの世界に存在する為には魔力が必要。そんな時、とんでもない量の魔力を宿した子供がいた」
「それがルシアナだったわけね」
コクりと頷くセロル。
「だけどルシアナは私が使い魔じゃないって言っても信じてくれなかった……」
「ルシアナはあれで頑固な所もあるからね……」
我が強いというかなんというか……国王からの任務も駄々をこねて断ったりしてたもんね。
その度に僕が宥めてたっけ……
「それで、その精霊族のセロルが何でこの世界に? 何か目的とかがあったりするのかな?」
セロルには命を助けられてるし、僕に手伝えることなら力になりたい。
「退屈だったから」
「え~……」
何百年も姿を消していた精霊族のセロルが態々来たんだから、何か重大な任務とかかと思ったんだけど……
「そんな時に、丁度ルシアナを見つけて、魔力を分けてもらった。ラゼルのことも小さい時からずっと見てた。そして気付いたら、ラゼル達を見るのが私の楽しみになってた」
僕の知らない所でそんなことが起こってたんだね……
「でも魔族と戦ってる時は本当に助かったよ、あれはセロルの魔術なの?」
魔族との戦闘中、頭に響いた声や、僕の剣から出た光の渦のようなもの。
「あれは私とラゼル二人の力。私はあの時、ラゼルに憑依していたから」
う~ん……いまいちピンとこないなぁ。
ってか、僕憑依されてたの!?
「もう一回やってみる」
そう言ってベッドから立ち上がると、セロルの体が光に包まれて、あの時の様に消えた。
『どう』
「わっ、あの時と同じだ……」
あの時と同じ様に、頭に直接声が響いた。
『今はラゼルの体に憑依中』
「これが憑依……」
声が聞こえる以外は何も変わった気はしないけど……
『あの光の渦はラゼルの魔力と私の力を混ぜて放った。鍛え方次第で、もっと強くなれる』
「鍛え方?」
『そう。ラゼルは強くなりたがってた。私が戦いかたを教えてあげる』
今の僕にとって、セロルの言葉はとても魅力的に聞こえた。
今回姉さん達を不安にさせてしまったのも、結局は僕の弱さのせいだし……
ここはセロルの言葉に甘えさせてもらって、修行をみてもらうのも一つの手かもしれない。
「ありがとう、シルベスト王国に戻ったら早速お願いしていいかな?」
『任せて』
これで、姉さん達に一人でも大丈夫だって所を見せるっていう目標に、少しでも近づけるといいんだけど。
※
「ガハハッ、今回は最っ高に面白かったな!!」
転移石によって、魔族が暮らすマモン大陸へと一瞬にして戻ってきたベネベルバと魔王。
流石というべきか、リファネル達によってつけられた魔王の傷は既に回復していた。
「あいつらはいったい何者なんでしょうか?」
翼を斬り落とされ、痛々しい姿のベネベルバが呟く。
「ガハ、んなことはどうでもいい。人間側にもあれだけの実力者がいるってわかっただけでもよかったじゃねーか」
「それは確かにその通りです。それとひとつ、魔王様の耳に入れておきたいことがありまして」
「なんだ?」
「私がゼル王国内で戦った少年ですが、その少年に精霊族が一人ついてまして……」
一瞬驚いたような顔で目を見開き、魔王は笑った。
「ガハハハハッ!! 何百年ぶりだ!? 懐かしい名前を出してきやがって。戦うことから逃げた種族が今さら何しにきやがったッ!? まぁ何にしても面白くなってきた、小手調べは終わりだ。準備が整い次第、また向かうぞ。次こそは国をいくつか奪う」
王座にて高らかに笑う魔王。
「あら、戻ってきたんですね魔王様」
妖艶な雰囲気を纏った、露出度の高い女魔族のムムルゥが姿を現した。
ほとんど裸に近い格好で、魔王へと近付く。
「ムムルゥか、リバーズルはどうした?」
「リバーズルだったら、傷が癒えたとか言って、またすぐシルベスト王国に向かいましたけど。私は止めたんですけどねぇ」
実際に止めたわけではないが、魔王の前なので適当に嘘をつくムムルゥ。
「なッ、あいつはまた魔王様の命令を無視して。転移石も残り少ないというのにッ!!」
リバーズルの勝手な行動に顔を歪ませるベネベルバ。
つい最近、ボロボロに負けて帰って来たというのに、なんの対策もせずにまた向かうとは。
ベネベルバは理解できなかった。
だがそれと同時に、もう一つ疑問が浮かんでくる。
リバーズルはムカつく奴ではあるが、実力は確かだ。
小国を一つ滅ぼすのなんてわけないはず。
それが一度敗れ、ボロボロになって帰って来た。
最初は人間の得意な数の力にやられたのだと思ったが、ゼル王国で戦ったリファネル達を見て考えが変わっていた。
もしかすると、今の人間の中には勇者レベルの実力者が何人か存在しているんじゃないかと。
「ガハハッ、構わん!! 好きにさせとけ」
「しかし、一度敗れた相手の元へなんの策もなしに向かうなど――――」
「それなら大丈夫よ。今回はメルガークもついていったから」
ムムルゥが、納得のいかない様子のベネベルバの言葉を遮った。
「……メルガーク様が!? ――――――なるほど、それならば今回は勝利が確定しましたね」
ベネベルバが魔王以外で唯一、様付けで呼ぶ魔族。
全部で十人いる魔族の幹部の一人。
基本的に幹部は強さで選ばれるが、この十人に優劣はなく、上には魔王がいるだけではあるのだが。
それでも、暗黙の了解でメルガークには誰も逆らわない。
理由は単純明快で、生意気なことを言ったら殺されるからだ。
リバーズルですらメルガークには下手な口は利かない。
同じ立場でありながら、他の九人の幹部より頭一つ抜けた強さを誇る魔族、メルガーク。
リファネル、レイフェルト、ルシアナ、ラゼルのいないシルベスト王国に再び脅威が近付いていた。




