85話 目覚め
「あれ、ここは…………」
僕は目を覚ますと、知らない部屋のベッドで一人で寝ていた。
反射的にバッと、布団を捲る。
「居ない、か」
姉さん達やルシアナがベッドに潜り込んでるんじゃないかと思ったけどそんなことはなく、ベッドで寝てるのは僕一人だけだった。
「あらぁ、一緒に寝てた方が良かったかしら?」
声の方に目を向けると、ベッド脇の座椅子にレイフェルト姉が腰掛けていた。
リファネル姉さんとルシアナの姿は見当たらない。
「久しぶりに一人で寝れて凄い快適だったよ」
「フフフ、そんなこと言って。布団を捲った時、寂しそうな顔してたわよ? シルベスト王国に戻ったら一緒に寝てあげるから、今は我慢しなさい」
まったく、レイフェルト姉には敵わないな……
「ところでここは何処なの? リファネル姉さんとルシアナは? それとクラーガさんとザナトスさんは無事?」
「まったくそんなにいっぺんに聞かれても答えられないわよ。とりあえずリファネルとルシアナはラナと一緒にこの国の王様の所に行ってるわ。そしてここは治療院よ」
そう言いながら椅子から立ち上がり、僕の寝てるベッドに座るレイフェルト姉。
「なんでまた王様の所へ?」
この国の王様ってことはナタ王女のお父さんってことかな。
何か僕が寝てる間に問題でも起こったのか?
「今回の戦いのお礼を直接言いたいから、来てほしいって言われてね。ラナがどうしてもって言うから、仕方なくジャンケンでラゼルの傍に残るのは誰か決めたのよ。それで見事に私が勝ったってわけ」
「そうなんだ……」
「まったく、王様だか何だか知らないけど、お礼が言いたいならあっちが直接来るべきだわ」
レイフェルト姉らしいなぁ……まぁ言いたいことはわかるけどね。
「それよりもラゼル、こっちに来なさい」
ボフボフと、自分の座るベッドの横を叩くレイフェルト姉。
隣に来いってことかな。
「どうしたの――――んっ!!?」
上半身を起こして、ベッドに手をつきながらレイフェルト姉に近づいてく途中、体ごと引っ張られて抱きすくめられてしまった。
もう何度も経験している、柔らかな胸が顔に当たる。
「……苦しいってばレイフェルト姉」
いつもならすぐに離してくれるのに、今回は中々離してくれない…………
「クラーガに聞いたわよ、ラゼルの活躍。ラゼルがいなかったらもっと甚大な被害が出てたって言ってたわ。 頑張ったのね」
優しく僕の頭を撫でながら、耳元で囁くレイフェルト姉。
「でもね、次からは危なくなったら逃げるのよ? 私達が傷だらけのラゼルをみた時どんな気持ちだったか…………口から心臓が飛び出るかと思ったのよ? 本当に無事でよかったわ」
レイフェルト姉らしくない真剣な声色。
「あの時は戦ってる皆を置いて、一人だけ逃げるのがどうしても許せなかったんだ…………心配させてごめんね」
それから暫くの間、無言のままレイフェルト姉に抱き締められてた。
早く姉さん達を安心させるくらい強くなりたいな。
「さ、そろそろ行きましょうか」
「行くってどこに?」
レイフェルト姉に手を引かれ、ベッドから立ち上がる。
「……あれ?」
立ち上がった時、ベネベルバに抉られた足が痛むと思ってたけれど、想像してたよりは痛みが少ないことに気付いた。
「フフ、足の痛みはだいぶマシになってるはずよ。回復魔術が使える魔術師を脅し…………お願いして治して貰ったのよ。流石に完治まではいかなかったけど。それでも何もしないよりは回復は早いはずだわ」
何か物騒な言葉が聞こえた気がしたけど…………
もしそれが本当なら、僕よりも重症な人を優先にして欲しい。
「入るわよ~」
僕とレイフェルト姉が向かったのは隣の部屋だった。
「ちょっと、ノックくらいしたほうが…………」
ノックもせずにドアを勢いよく開けるレイフェルト姉を注意するも、手遅れだった。
「おぉラゼル、やっと起きたか!」
そこには上半身裸の状態のクラーガさんが……
ちょうど包帯を変えてる最中だったのか、看護士っぽい人がクラーガさんの背中を拭いていた。
「ま、前を隠して下さいッ!」
クラーガさんは胸を見られたことなんて気にしてない様子で、部屋に入ってきた僕に笑いかけてくれた。
「ちょっと、ラゼルにそんな変なもの見せないでちょうだいっ!!」
えぇ……ノックもせずに入ったのはこっちなのに……
「なっ!? 変なものとはなんだ、これでも形には自信があるんだぞ」
そう言って、胸を強調するクラーガさん。
僕に見られて恥ずかしくないのかな……
でも元気そうで良かった。
あの時は本当に死んじゃったかと思ったから。
まだ色々することがあるからと、僕達は看護士の人に追い返され、すぐに部屋に戻った。
まだお礼も言えてないし、後でゆっくり話せたらいいな。
そして部屋に戻ってすぐに、ドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえてきたかと思ったら、部屋のドアが慌ただしく開いた。
「おっ兄様ぁっ!!」
「ラゼルッッ!!」
「ラゼル様ッ!!」
ルシアナとリファネル姉さんが僕を見るや、飛び付いてきた。
後ろにはラナもいる。
「良かったですわお兄様っ!! もう絶対に離れませんからッ!! お風呂もトイレも寝るときも、絶対離れませんッッ!!」
いやいやいや、トイレとお風呂は一人で入らせてよ…………
「ごめんね、心配させて」
よしよしと、ルシアナの頭を撫でる。
「うっ、うぅラゼルゥ、お姉ちゃんは貴方に何かあったら生きていけないんですッ……ぐすん、もう、危険なことは禁止です、ぐすっ……」
リファネル姉さんのまさかの号泣…………
「姉さん…………ごめんね。でも僕は一人でも大丈夫だって、姉さん達を安心させたかったんだ。今回はこんな結果になっちゃったけど…………」
抱きついてきた姉さんの背中に手を回す。
こうして自分から抱き締めるのなんて、小さいとき以来だ。
「ラゼル様……」
ラナも僕の近くまできた。
見た感じ怪我とかはしてないみたいだ。
「ラナも無事だったんだね、良かった」
「はい、ラゼル様達が命懸けで戦ってくれたお陰です。私のおまじないも利いてくれたようで安心しました」
そう言ってラナは、人差し指を自らの唇に当てて微笑んだ。
おまじない…………あの時はあんまり深く考えてなかったけど、ラナにキスされたんだよね、僕。
駄目だ、思い出したら顔が赤くなってきた……
こんなの姉さん達に感づかれたら大変なことに、
「おまじないってなんですの、お兄様?」
抱きついていたルシアナが、"おまじない"という言葉にすぐさま反応した。
「別になんでもないよ」
感づかれないように、なるべく落ち着いて答える。
「ラゼルは今嘘をつきました……鼓動が僅かに早まりました……ぐすっ……何で嘘をつくんですか?」
えぇ、そんなんでわかっちゃうのっ!?
「なんか怪しいわねぇ…………本当のこと言わないと、もう知らないんだからね」
こういう時に頼りのレイフェルト姉まで…………
「ラ、ラナからも何か言ってよ」
「えっ? えと、その、うぅぅ……」
駄目だ、湯気が出そうなくらいに赤くなってるよ……
慣れないことするから。
あぁ……この流れは知ってる。
本当のことを言うまで駄目なやつだ……




