81話 窮地
クラーガさんが地面に空けた大穴から、フワフワと宙に浮きながら何者かが上がってきた。
「……誰だてめぇ!? 俺の目がおかしくなってなけりゃ、その穴から出てきたように見えたが?」
もちろんクラーガさんの目は正常だ。
僕もザナトスさんも、こいつがその穴から上がってきたのを確認している。
「誰だとは悲しいことを言いますねぇ、今さっきまで死闘を繰り広げていた仲じゃないですか」
「訳わかんねぇこと言うなよ、俺達が今まで戦っていたのはドラゴンだ!」
意味のわからないことをいう相手に、クラーガさんが語気を強める。
「ですから、私が先ほどまであなた方と戦っていたドラゴンだと言ってるのです」
「あ? 本当に何言ってんだてめぇ……」
「クラーガさん、多分ですけどあいつの言ってることは本当だと思います。あいつは魔族です」
僕はあいつが穴から出てきた瞬間から気付いていた。
あの紫がかった皮膚の色に、二つに別れた尻尾。
間違いなく魔族だ。
「僕と姉さん達は他の魔族とも戦ったことがあります。そいつは斬られてバラバラになっても再生する、とんでもないやつでした。ドラゴンに姿を変える魔族がいても不思議じゃないです」
シルベスト王国を襲った魔族、リバーズルを思い出す。
あんなのがいるんだ、どんなやつがいてもおかしくはない。
「今は敵の言うことが本当でも嘘でもどっちでもいい、問題はどう対処するかだ」
魔族を見据えるも、剣を構えることすらできない程の重傷を負っているザナトスさん。
「はっ、どうするも何も戦うしかねーだろうが! このまま黙って帰ってくれるわけもねーしよ」
こんな状況でも弱気にならないのは、流石Sランク冒険者と言う他ない。
でもそんな態度とは逆に、クラーガさんの腹部からは血がポタポタと滴り始めていた。
さっきの一撃で完璧に傷が開いたんだ……
このままじゃ血の流し過ぎで命が危ない。
「まぁそう身構えないで下さい。いきなり襲いかかったりはしません。まずはあなた方に敬意を評し、自己紹介させて下さい」
そう言いつつ、宙に浮きながら此方へと近付いてくる。
「私は魔王様の側近、ベネベルバと申します」
礼儀正しく頭を下げる、執事服の様なものを着たベネベルバと名乗る魔族。
あまりにも人間っぽく話すから、もしかしたら話が通じるかもと思ってしまった。
「俺達はてめぇに名乗る名前なんてないぜ、こんなに滅茶苦茶に暴れといて、今更ふざけんじゃねぇっ!!」
そうだった、忘れちゃいけない。
もうこいつらのせいで何人も死んでるんだ。
今更、話し合いなんてありえない。
「いいのですよ、これは私の自己満足なので。ではでは――――――――――終わりにしましょう」
『伏せてッッ!!』
僕の頭に、さっきまでの単調な声とは違う、何て言うか焦ったような、感情の籠った声が聞こえた。
「クラーガさん、ザナトスさん、伏せて下さい!!!」
僕は聞こえてきた言葉をそのまま二人に伝えた。
そして、伏せた僕の頭上を巨大な何かが通過した。
。
「……ぐッッ!!」
「クッッッ!!」
聞こえてきたのはザナトスさんとクラーガさんの、苦しげな声だった。
血を撒き散らしながら、宙を舞う二人。
そしてグシャっという音と共に、地面に落ちた。
く、怪我のせいで反応が一瞬遅れたんだ。
「ほぉ、三人まとめて苦しまずに殺してあげようと思ったのですが…………さっきも感じてましたが、中々勘の鋭い子ですね」
「その腕は……」
ベネベルバの方を向き直り、僕達を攻撃したものの正体がわかった。
それは腕だった。
右手だけがドラゴンの巨大な腕に変化している。
「ドラゴンに姿を変えられるのです、部分的に変化できても不思議ではないでしょう?」
倒れた二人を見るが、ピクリとも動かない。
今すぐザナトスさんとクラーガさんの元へと駆けつけたいけど、少しでも気を抜けば今度は僕がやられてしまう。
今はとにかくこいつを二人から引き離して、僕が時間を稼ぐしかない。
「何で人間の国に攻めてきたんだ……」
昔から人間と争っていたけど、暫くは大人しくしていた筈。
何故このタイミングできたのか。
「そうですね、準備が整いつつあるとでもいいましょうか」
「……準備!?」
「ええ、そうですとも。人間と再び戦う準備がね。まず手始めにこっちの大陸に拠点が欲しいと思いましてね、手頃な大きさのこの国を選んだんですが…………ここまで手こずるとは思ってませんでしたよ」
もしこいつの言うことが本当なら、昔読んだ勇者の物語のように、争いが起ころうとしてるのかもしれない。
これから世界はどうなってしまうんだろうっていう心配はある。
でも今はこの場を生き延びないと。
頭に響く声のお陰で、何とか攻撃を避けることはできる。
でも避けるだけだ、反撃する余裕はない。
仮に反撃できても、僕の攻撃が効くかもわからない。
『下がって!!』
声に従い、急いで下がる。
額を爪が掠めた。
「っ痛……」
軽く掠めただけなのに、僕の額はザックリと切れて、血が顔を流れる。
『油断しないで、私の声に集中するの』
「はい、わかってます」
相変わらず姿は見えないけど、声は聞こえる。
「おや、誰と話してるんですか? 今の攻撃で気でも狂いましたか?」
魔族からみたら、僕が独り言を言ってるようにしか見えないよね……
「お前には関係ない」
「いいですね、こんな窮地に陥っても目が死んでない。君のような相手とはもう少し遊んでいたい所ですが、あちらの戦闘も気になるので終わりにしましょう」
『来る!! 集中して』
「はい」
あれから終わりにすると言った言葉の通り、ベネベルバの猛攻が始まった。
「本当に大したものです、よく避けますね」
右手どころか、足、左手、時には尻尾さえも変化させて、僕を殺そうと攻めてきた。
「……ハァ、ハァ…………」
でもそろそろ体力が持たない。
だいぶ息も上がってきた。
僕はここまでかもしれない。
『諦めないで、集中するの』
「は…い」
『来る! 跳んだ後に思いっきり後ろに下がって』
跳んで尻尾を交わし、後ろに下がる。
――――が、勢いが足りなかったのかドラゴンの左手の爪が、僕の右の太腿を容赦なく抉った。
「ぁあああッッ…!!」
今までで一番の痛みが僕を襲った。
僕はそのまま近くの馬小屋へと吹き飛んだ。
もう駄目だ……声のお陰でかろうじて避けれていたけど、この足じゃ…………
痛みで立ち上がることができず、伏せたままの状態で此方に近付く魔族を見る。
ああ、後少しでここにつく。
そしたら終わりだ。
自分なりに頑張ったつもりだったけど、駄目だったなぁ……
「ここまでよく耐えましたが……終わりです」
国を追放されてから、何回も死にそうになってるけど、今回は本当に駄目そうだな……
「では、さよなら」
ドラゴンの腕に変化した右手が、僕に振り下ろされた。
僕は顔を伏せた。
「仕方ない。今回は私が助ける」
死を覚悟した直後、声が聞こえてきた。
この声は……さっきまで僕を助けてくれていた声。
でもさっきと違うのは、今は頭に響く感じじゃなくて、普通に聞こえる。
「――――――なッッ!?」
少し焦り気味の声が聞こえた後、ベネベルバは馬小屋の外にすっ飛んだ。
「いったい何が起きたんだ……?」
顔を上げると、そこには少女が立っていた。
地面に着きそうなくらいの長い金色の髪。
どこかルシアナに似た雰囲気を持つ少女だった。
この子が助けてくれたのか?
いったい何者なんだ?
「ラゼル、よく頑張った。後は任せて」
どうして名前を知ってるんだろう。
僕の頭をポンポンと撫でると、馬小屋から出て行く。
ベネベルバの所へ向かうのだろうか。
僕も足を引きずりながら、後を追う。
外に出ると、少女と魔族が相対していた。
驚くべきことに、ベネベルバの体は傷だらけだった。
「……おかしいですね、別の次元を生きる筈のあなたが、何故人間の肩を持つのですか?」
「人間の味方をしたわけじゃない。ラゼルの味方をしただけ」
別の次元? 人間の味方? あの子は人間じゃないのか!?
駄目だ、今何が起こってるのか全然わからない…………




