80話 声
血走った眼で僕達の方へと向かってこようとしてるドラゴン。
ドラゴンをあの場所で食い止めるのが僕達の仕事なので、あちらが動き出すより早くこっちから近付いていく。
傍からみたらただの自殺志願者だよね、これ。
「ラゼル君、まずは私が行く。一人ずつの方が確実に時間を稼げる。私が駄目になった時は頼んだぞ」
一緒に走り出したのに、ザナトスさんは僕をどんどんと引き離していって、すぐにドラゴンの元へとたどり着いてしまった。
きっとザナトスさんは僕がそんなに強くないことを見抜いていて、なるべく巻き込まないようにしてくれたんだろう。
悔しいけどここは言うとおりにしよう。
僕は一定の距離を保って、ザナトスさんが倒れた時にいつでも動けるように目で動きを追っていた。
「仲間の仇だ!!!!」
盾のイメージが強かったザナトスさんだけど、剣の腕も相当だ。
上手く攻撃を避けつつ、反撃も出来てる。
流石は騎士団を率いてる人だ。
けどドラゴンの硬い鱗は、軽々と剣を弾く。
今の所ダメージは与えられていなさそうだ。
でもこれでいいんだ、とにかく今は時間を稼いでクラーガさんを待つ。
僕の出番なんてなくて、このままザナトスさん一人で十分なんじゃないかと思い始めていた頃だった。
「――――ザナトスさんッ!!」
地面に転がる瓦礫か何かに足を取られ、僅かに体勢を崩した所にドラゴンの尻尾がモロに命中してしまった。
「グハッッ……」
僕の所まで吹き飛ばされてきたザナトスさん。
「大丈夫ですか!?」
急いで抱え起こす。
口からは黒みがかった血が……
「ああ、大丈夫だ。すぐに、戻、る……」
吐血しながらも立ち上がり、再びドラゴンの元へと戻ろうとするが、足取りはおぼつかない。
「ザナトスさんはここにいて下さい、後は僕が!!」
「待つん、だ。私はまだ戦え、る」
ザナトスさんを無視して僕は走った、ドラゴンの元へ。
二人共ここにいたら、すぐにドラゴンが此方へと向かってくる。
僕が行くしかない。
「来い!! 僕が相手だ!!」
少しでも注意を引き付ける為、わざと大声で叫ぶ。
何とかして時間を稼ぐんだ。
「さぁ、かかってこ――――――」
全神経を避けることに注いで、相手の動きを見ていたけど駄目だった。
何かが迫ってきてるのはわかったけど、避けることは敵わず、僕はザナトスさんの近くへと吹っ飛んでいた。
「くっ、痛ったぁ……」
当たり所がよかったのか、まだ動ける。
ザナトスさんはよくあんな早い攻撃を避けてたよね……
すごいや。
「もう止すんだラゼル君」
まともに立つのも厳しいのか、剣を支えに立ってるザナトスさん。
「大丈夫です、もうすぐクラーガさんがきます。後少し耐えれば、きっと」
「その前に、君が死ぬことになるぞ!?」
僕はまたザナトスさんを無視して、走り出した。
早くドラゴンの所へ向かわないと。
再びドラゴンと相対する。
もっと集中して動きを見るんだ。
速すぎて見えないなら、動く前の僅かな動作を感じとれ。
『右に跳んで』
ふと、頭の中に声が響いた。
一瞬迷ったけど、僕は声に従い右に跳んだ。
結果的にそれは正解だった。
僕のいた場所は、ドラゴンの尻尾で潰されていた。
あ、危なかった……あのままだったら死んでたよ。
周囲を見渡しても、誰もいない。
何だったんだあの声は……
声の質的に女の人っぽかったけど。
「誰かわかりませんが、ありがとうございます」
謎の声にお礼を言い、ドラゴンを見る。
『一歩下がって、すぐにジャンプして』
また聞こえる不思議な声。
今度は迷わず声に従う。
一歩下がると、そこをドラゴンの爪がスレスレで通過していく。
すぐにジャンプすると、その下を尻尾が。
「す、凄い。何なんですかこれ? 魔術?」
姿は見えないけど、近くに誰かがいるのは間違いない。
僕は気付けばその"誰か"に話しかけていた。
『今はそんなこといいの。またすぐに攻撃がくる』
「はい!!」
何が起こってるのかはわからないけど、この声が僕を助けてくれたのは事実だ。
難しいことは考えないで、今は耳に神経を集中して攻撃を避けることだけ考えよう。
『右』『右』『半歩下がって左に飛んで』『左』『右』
それからも声の指示に従うことによって、僕は攻撃を避け続けることに成功していた。
「――――――よく頑張った! その場から離れろぉぉッッ!!!!!!」
そして、待ちに待った合図がきた。
頭に響く声に集中していたからか、クラーガさんの声がかなり大きく感じた。
僕はドラゴンに背を向け、全力でザナトスさんの方へ走った。
走ってる最中、後ろでとんでもない音が響いた。
それは地面が砕ける音だった。
振り返るとそこにはドラゴンの姿もクラーガさんの姿もなく、地面に大穴が空いていた。
さっきクラーガさんがドラゴンを地面に叩きつけた時もかなり窪んでたけど、今回のはそんなレベルじゃなかった。
覗き込んでも底が見えない程の深さまで、地面が抉れていた。
「……クラーガさん?」
大穴を前に問いかける。
まさかドラゴンと相討ちなんてこと、ないよね?
「クラーガさん!!」
再び大声で呼んでみる。
「そんな大きな声出さねーでも聞こえてるって」
多分さっきの魔術を使って、地面に空いた穴からクラーガさんが上がってきた。
「クラーガさん!!!!」
僕は嬉しさのあまり、クラーガさんに抱きついていた。
「おいおい、落ち着けってラゼル。……それにいいのか?」
「はい?」
何のことだろうか?
「胸が頬にガッツリ当たってるぜ?」
少し意地悪く笑うクラーガさん。
「あ、す、すいません!」
僕としたことが取り乱しちゃったよ。
こんな所、姉さん達に見られてたら大変だったね。
「気にするな、そんな事より疲れた。暫く動けそうにないぜ」
「本当にお疲れ様です」
「ハハ、よせよ。ラゼルとザナトスのおっさんがいたから成功したんだ。これは俺達三人の勝利だぜ」
「君達がいてくれて本当に助かった、ありがとう。ラゼル君、クラーガ君」
剣を地面に刺しながら、よろよろと此方へ歩くザナトスさん。
「ハハハ、ボロボロだなおっさん」
「ふ、君も相当だぞ」
二人とも普通の人なら立っていられないくらいの傷だ。
早く治療しないと。
『まだ終わってない』
またあの声だ。
終わってないってどういうことだ?
まさか姉さん達が負けて、あの魔族が此方に向かってるとか?
「いやいや、見事な一撃でしたよ。敵ながら天晴れです」
穴の底から手をパチパチと叩きながら、そいつは上がってきた。