79話 命懸けの時間稼ぎ
「よっと」
地面に蹴り落としたドラゴンをそのまま足蹴にして、僕とザナトスさんの方へと着地を決めたクラーガさん。
「クラーガさん!? どうしてここに……ていうか怪我は大丈夫なんですか!!?」
「大丈夫……とは言えねーが、何とか動けるくらいまでは回復したぜ。ラゼル、お前のポーションがなかったら危なかったぞ、ありがとな」
そう言って、僕を抱き寄せるクラーガさん。
僕の顔に、微かに柔らかい感触が…………
「あの、クラーガさん…………言いづらいんですけど、その、胸が……当たってます……」
「っとと、悪い悪い。いつもはさらしを巻いてるんだがな。怪我の治療で解かれてたみたいだ」
胸が当たったことなんて気にした様子もなく、抱き寄せていた手を離す。
「なんだぁ、ラゼル。顔が赤いぞ? もしかして照れてんのか? 可愛い顔してても、しっかり男なんだな」
「てっ、照れてなんてませんよ!! 少し驚いただけです」
慌てて否定する。
姉さん達に毎日のように抱きつかれて、多少女性にたいして耐性があると思ってたけど、全然ダメだ。
自分でも顔が赤くなってるのがわかる。
家族である姉さん達はともかく、クラーガさんはついこの前会ったばかりだ。
そんな人の胸が顔に当たれば、赤くもなるよ……
「そりゃそうか。ラゼルも俺が女とは思わなかっただろ? まぁ、あえてそういう風に振る舞ってるんだがな」
何か理由があるのかはわからないけど、やっぱり意識して男っぽくしてたのか。
言葉使いとか服装は男だもんね。
「いえ、クラーガさんが女性ということはわかってましたよ。だからこそ急に抱き寄せられて、驚いたんです」
姉さん達に教えてもらうまでは半信半疑だったけどね。
服装や言葉使いでどんなに取り繕っても、顔が綺麗過ぎる。
勘のいい人にはすぐバレそうだけど。
「ハハハ、……そうか」
なぜか少しだけ嬉しそうに笑うクラーガさん。
「クラーガ君、正直に聞く。どこまで戦えそうだ?」
地面に伏せたまま動かないドラゴンを見ながら、ザナトスさんが聞く。
「そうだな……せっかく来たはいいが、正直な話そんなに長くは持たない。できれば長引かせないで終わらせたい所だが――――」
「ああ、だがそんなことを許してくれる相手でもない。何か策はあるか?」
さっきの攻撃で傷口が開いてしまったのか、クラーガさんのお腹の包帯には血が滲んでいた。
「ないこともないが――――――」
ギュォォォオオオオオオオオッッ!!!!
話してる最中、ドラゴンが耳が痛くなる程の咆哮と共に動き始めた。
血走った眼で此方に向け、ブレスを放った。
「クッ!!!!」
咄嗟にザナトスさんが僕とクラーガさんの前に出て、盾を構えた。
激しく衝突する、盾とブレス。
「グッ、防ぎきれんッッ!!!」
僕達はブレスに圧され、盾ごと吹き飛ばされてしまった。
本当ならばこれで終わりだった。
ブレスによって僕達は、跡形も失くなっていたに違いない。
けれど最後の最後、ザナトスさんがなんとかブレスの軌道を変えたことによって、僕達は助かった。
ブレスは雲を突き破り、空に大穴を開けた。
「はは、ナイスガッツだぜ、ザナトスのおっさん。ラゼル、無事か?」
「はい、ザナトスさんのお陰でなんとか」
「今回は奇跡的に防げたが、またあれがきたらもう防げないぞ」
そう言いつつ、ザナトスさんは持っていた盾を投げ捨てた。
見ると盾は歪な形に変形して、ボロボロになっていた。
確かにこれじゃ使い物にならない。
「ラゼル、おっさん。ほんの少しでいい、時間を稼いでくれ」
「何か考えがあるんですか?」
「ああ。けど俺の魔力量的にチャンスは一回しかない。しくじったらその時点で終わりだ。そうなったらもうあいつを倒す手段はない」
「私とラゼル君ではドラゴンに致命傷を与えるのは難しい。君に賭けよう。何をすればいい?」
「あいつを今いる場所から動かないように留めてほしい。そして俺が合図したら、その場から直ぐに離れてくれ、巻き添えを食うからな」
言ってることは単純だけど、実際にそれを実行するのは難しいんじゃないかと言わざるを得ない。
相手がドラゴンでさえなければ何とかなりそうな気もするけど…………
だけどザナトスさんの言った通り、ドラゴンにダメージを与えれるのはこの三人のなかじゃ、一番クラーガさんが現実的なのも事実だし…………
結果がどう転ぶかわからないけど、やるしかない。
どのみちここでドラゴンを倒せなければ、大勢の人達が死ぬ。
だったら少しでも可能性のある方に賭けるべきだと思う。
「かなり危険なことをさせようとしてるのはわかってる。だからこれはひとつの案として考えてくれればいい。二人で決めてくれ。でも時間はそうないぞ、ブレスを放った直後の今は絶好のチャンスなんだ。あいつらは連続でブレスを打てない」
クラーガさんは不自然に汗をかいていた。
包帯に滲む血はさっきよりも広がっている。
相当無理をしてるのは、誰の目からみても明らかだ。
「私はその案に乗ろう。他国の君達が命懸けで戦ってくれてるのだ、ここで私が退いたとあっては国に顔向けできん」
「僕もやります。役に立つかはわかりませんが、全力で頑張ります」
足止めなら僕みたいなのでも、いないよりはマシな筈だ。
「そうか…………なら俺は行かせて貰う。――――――死なないでくれよ、二人とも」
僕とザナトスさんに短く言葉を残し、クラーガさんは空に向かって勢いよく跳んだ。
「え!? あれはいったい……」
何をするのかと思って見てると、クラーガさんは宙で見えない何かを足場にして、空を駆け上がってく。
そこに見えない階段でもあるのかと錯覚してしまったが、どんなに目を凝らして見ても何もない。
クラーガさんはすぐに、視認できないほど遠くに行ってしまった。
「なるほど……クラーガ君も魔術師だったのか」
「魔術……」
確かにああいった現象は、魔術以外では説明がつかないけど……
本当に魔術って何でもありだよね……
「さぁ、後はクラーガ君を信じて、我々は命懸けの時間稼ぎと行こうか」
「はい!」
僕達は此方に動き出そうとするドラゴンに向かって駆けた。




