78話 戦う
突如上空から現れた白いドラゴン。
一瞬の静けさの後、ゼル王国内はパニックになった。
「な、なんでドラゴンが…………」
「騎士団は何やってんだよっ!!」
「早く逃げねーと、ヤベェぞっ!!」
文句を言いながらも逃げる人、恐怖でその場から動けないでいる人、家の中に立て籠る人。
ほとんどの人々は、初めて目にするであろうドラゴンに動揺を隠せないでいた。
普通に生きてればドラゴンに遭遇する機会なんてないし、無理もない。
戦おうと決意したはいいけれど、正直僕も逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「動ける者は一般人と怪我人の避難を最優先しろッ!! ここには私が残る!!」
ザナトスさんの部下に向けての指示は至ってシンプルで、自分以外は逃げろとのことだった。
動ける部下達はまだ戦えると、ザナトスさんに意見してるようだったが、多少の言い合いの後、怪我人や一般人の避難に回った。
「ラナも早く!! 騎士団の人達と一緒に避難を」
「…………ラゼル様はどうするんですか? まさかとは思いますが…………」
剣を抜いた僕を見て、ラナが不安そうな顔を浮かべる。
「……僕はここに残るよ。残って、ザナトスさんに協力する。どれだけ力になれるかわからないけど。それに姉さん達もまだ戦ってるしね」
「駄目です、殺されてしまいます!!」
僕の腕を強く掴み、強引に避難させようとするラナ。
でも僕はその手を振りほどいた。
「……ラゼル様!? なんで……」
「ごめんね、ラナ。だけど僕は戦うって決めたんだ。だからいくよ」
多分ラナの言う通り逃げるのが正解なんだろう。
そうすれば多少なりとも時間が稼げる。
その間に姉さん達が、魔族を倒してきてくれるかもしれない。
けどこれない可能性だってある。
今姉さん達が戦ってる敵の力は未知数だ。
僕だって、姉さん達が負けるなんて思ってない。
でも、剣聖と呼ばれるリファネル姉さん。
それと同等の力を持つレイフェルト姉。
膨大な魔力を持ち、賢者と呼ばれてるルシアナ。
この三人を相手にして、今現在まで持ちこたえてること自体おかしいんだ。
「ラゼル様……」
「大丈夫だよ、ラナ。僕だってこれでも冒険者なんだ、最悪の事態だって覚悟してるさ」
ラナの不安を少しでも和らげようと、出来るだけ笑ってみせた。
「……わかりました。でも絶対に無事で帰って来てくださいッ」
「――――――エッ!?」
ラナの髪のいい香りがした。
その後で、僕の頬に柔らかな唇の感触が。
「フフ。無事に帰ってこれるおまじないです」
呆気にとられて動けないでいると、ラナは微笑を浮かべて騎士団の人達と一緒に避難していった。
無理して笑ったのか、その顔はまだ不安を拭いきれていなかったけど。
騎士団誘導のもと避難が進んで、気がつくとその場には僕とザナトスさん、そして白いドラゴンだけが残っていた。
ザナトスさんとドラゴンが向かい合っていて、僕はドラゴンの背後に立っていた。
避難が完了するまでの間、ザナトスさんはドラゴンが攻撃を仕掛けてこないか、盾を構えていつでも動けるように警戒していた。
けれど不思議なことに、ドラゴンは一向に動く気配がなかった。
これはチャンスだ。
恐らくドラゴンは、背後にいる僕の存在に気付いていない。
恐怖で震える体を落ち着かせて、ゆっくりと慎重に近づく。
その巨体が目と鼻の先まできた所で、僕は力強く地面を蹴り、背中に飛び乗った。
姉さん達ならともかく、僕の剣がドラゴンに効くとは到底思えない。
頑丈な鱗に弾かれて終わりだろう。
だから、狙うは眼だ。
背後から襲いかかり、鍛えようもない眼を狙う。
卑怯と言われても仕方がないかもだけど、こっちは命懸けなんだ、そんなの気にしてる余裕はない。
ドラゴンが動きを止めてる今しかないんだ。
勢いよく背中を駆け、頭部が見えてきた。
僕は剣を両手で持ち、ドラゴンの眼に向けて突き下ろした。
「ぐッッ……」
もうすぐ、あと少しで剣が眼球に突き刺さるという所で、後頭部に痛みが走った。
その直後、僕は地面に叩きつけられた。
「無事かッ!?」
「はい、何とか」
ザナトスさんの手を借り、立ち上がる。
どうやら僕はドラゴンの尻尾で叩き落とされたようだ。
まぁ、こんな不意打ちで倒せたら苦労はないよね……
「何故皆と避難しなかった!? 命が惜しくないのか!?」
「覚悟は出来てます。僕も一緒に戦います」
再び剣を構え、ドラゴンを見据える。
真正面で相対すると、圧をヒシヒシと感じる。
普通のドラゴンですら震えて動けなかったのに、今目の前にいるのは白いドラゴンだ。
当然恐いし、震えが止まらない。
でもここで動けなきゃ死ぬ。
恐怖に打ち勝つんだ。
「そうか……シルベスト王国は、良い冒険者を応援に寄越してくれた。――――――では、共に戦おう!!」
飛翔しようと、ドラゴンが翼を広げる。
「飛ばれると厄介だ、阻止するぞ」
「はい!!」
翼を狙い、駆ける。
一撃でも食らえば即死してもおかしくない。
攻撃を警戒しつつ、ドラゴンの懐へと入ろうとして。
僕とザナトスさんは翼の風圧で、吹き飛ばされてしまった。
「くっ……何という風圧だ、これでは近付けん」
「ザナトスさん、ブレスがきますッ!!!!」
吹き飛ばされてすぐにドラゴンの方に向き直ると、ブレスを放とうと、口を此方に向けている。
「こっちにくるんだ!!」
急いで盾を構えたザナトスさんの元に飛び込む。
そしてブレスが放たれる直前、声が聞こえた。
「――――――――ドラゴンは、皆殺しだぁッッ!!!!」
声と同時に、飛んでいるドラゴンの更に上空からクラーガさんが降りてきた。
クラーガさんはそのままドラゴンを地面に蹴り落とした。
助かったけど、怪我は大丈夫なんだろうか…………
生きるか死ぬかレベルの酷い状態だった気がするけど。