77話 生きてた
ガキンッガキンと、剣と剣がぶつかる度に周囲の空気が振動する。
「ガハッ、すげぇ、スゲェぜっお前らっ!! 俺の剣と正面から打ち合える奴が、今の時代に存在していたなんてなっ!!!!」
その巨体からは想像もできない程の速さで剣を振るう魔族。
「ふふ、私もあなたクラスの敵と刃を交えるのはいつぶりでしょうかねっ!!」
速さではややリファネルとレイフェルトが勝っている。
ただ、魔族の剣を上手く受け流しながらも、その身体を何度も斬りつけてはいるが、魔力で強化されているため致命傷にはならない。
逆にこちらは魔族の攻撃をくらえば、只ではすまない。
「ええ、これだけの敵そうそういないわ。なんだか私も少し楽しくなってきたわ!!」
レイフェルトが戦闘の最中、口角を上げた。
幼い頃からラルク王国という、実力が何より重要視される国で育った二人。
何度も何度も戦場に駆り出され、ひたすら命懸けで戦って生き抜いてきた。
そんな環境で育ったからか、リファネルとレイフェルトもこの魔族と同じく戦うことが嫌いではない。
もちろん無抵抗の人間を斬ったりはしないが、戦うことはどちらかというと好きな方だ。
「――――レイフェルトッ!!」
「わかってるわよ」
何かを察知したのか、打ち合いの最中リファネルが叫んだ。
レイフェルトも気付いていたのか、鞘に剣を収め、距離をとる。
「あ? なん――――――――グガッッ!!!」
直後、リファネルとレイフェルトの間を、目で追えぬ程の超スピードで何かが通り過ぎた。
それは氷の剣だった。
魔族の左肩を貫いてなお勢いは衰えず、魔族を岩壁に張り付け状態にした。
氷剣は二人との戦闘で弱った部位を、見事に貫いていた。
「何をてこずっているんですか、お姉様方」
「……ルシアナ、どうしてここに?」
「そうよ!! あなたはラゼルを守ってなさいって言ったでしょ!? 何でここにいるのよ? ラゼルに何かあったらどうするのよ」
「まぁ落ち着いてくださいな、レイフェルト姉様。これはお兄様のお願いなのです」
「ラゼルの!?」
「はい。お姉様達が少々手を焼いてる様子だったので、お兄様は心配して私に加勢して欲しいと」
「なんてことでしょうか……ラゼルに心配させるなんて…………お姉ちゃんにあるまじき失態です」
まだ油断を許されない戦闘の最中だというのに、本気でへこむリファネル。
「私もお姉様達が負けるとは思ってませんが、あれはまともに戦っては時間がかかると思いまして。三人で終わらせてしまいましょう。それとお兄様にはとっておきの護衛をつけてますのでご安心を」
「ならいいけど…………それより、来たわよ」
魔族が肩に刺さった氷剣をへし折り、此方へと跳躍してきていた。
「ガハハ、魔力の弱った場所を狙った一撃、見事だ。俺にはわかるぜ、あの大規模魔術もお前の仕業だろう?」
「それがどうかしまして?」
素っ気なく答えるルシアナ。
「加えて今の正確な攻撃。氷剣に籠められた魔力の質。まったく、魔族顔負けの魔力量だぜ」
「勝手に称賛してくれるのはいいんですが、私達は早く終わらせたいんです。お姉様方と私、三人を相手にするんです、肉片すら残らないと思ってくださいな」
「おー、そりゃワクワクするぜ!! やれるもんならやってみせろ!!」
※
門をくぐり、僕は一人でゼル王国内に戻ってきた。
あの場にいても僕は邪魔にしかならない。
悔しいけど、ここで無事を祈ることしかできない。
「ラゼル様!? 戻ってこられたんですね」
王国内に戻ると、ラナが僕に気付いて声をかけてきた。
「うん。まだ姉さん達は戦ってるけどね」
「そうですか…………」
「それにしても……怪我人の数が凄いね。僕にも何か手伝えることあったら言ってね」
あれだけの人数いた騎士団と冒険者達は、数をかなり減らしていて、生き残った人達も怪我人ばかりだ。
まだ戦えるであろう人達は、ザナトスさんを先頭に入り口で待機している。
「今は人手が足りてるようなので、ラゼル様も休んでてください」
何もしないで守られていただけなのに、休んでと言われると何だかバツが悪い。
人が死ぬのを見るのは初めてじゃないし、何回も見たことはある。
けれど、あれだけの数が簡単に命を散らしていくのを目の前で見るのは心が痛む。
あんな巨大な魔族を相手に、死ぬとわかっていても戦わなければならなかった騎士団の人達は、どんな心境だったんだろうか。
「じゃあ少し休ませてもら――――――――」
ラナの言うとおり、邪魔にならない所で休んでようとした時。
衝撃が走った。
何かが上空から落ちてきて、家が三軒程粉々になり、地面は大きく窪んでいた。
そしてその中央には一体の魔物が。
白いドラゴンが。
「ラ、ラゼル様っ…………どうしてここに…………ドラゴンが……!?」
「……くっ、生きてたのか」
恐らく最初に水晶に映っていた個体だ。
最悪のタイミングだ…………周りは怪我人だらけ、姉さん達もいない。
「早く姉さ――――――――」
反射的に叫びそうになって、僕は口をつぐんだ。
僕は今、何を言おうとしてたんだ……
姉さん達を呼んで助けてもらう?
こんな時まで何を考えてるんだ僕は。
いつまで姉さん達に助けてもらうつもりなんだよ……
最初に国を出た時は一人でなんとか生きてこうとしてたのに、いつの間にか姉さん達が一緒にいてくれて…………
正直どんな敵が現れても、姉さん達が何とかしてくれるって……そう思ってた。
甘えてた。
この依頼を受けたのだって、僕の我が儘だ。
僕がラナの助けになりたいって思ったから。
姉さん達は僕についてきてくれただけ。
でも、実際に戦ってるのは姉さん達だ。
僕は何もしてないし、逆に足を引っ張ってる。
姉さん達はそんなの気にしないって言ってくれるけど…………
僕はいつまでこんな生き方をするんだろうか。
きっといつまでもだ。
僕は姉さん達が甘やかしてくれる限り、いつまでも変わらないだろう。
口では姉さん達にベタベタされるのを嫌がって、けど困った事があれば結局助けてもらって。
でも今、姉さん達はいない。
僕一人で何とかしなきゃなんて、自惚れはない。
幸い、この場にはザナトスさん達もいる。
どこまで力になれるかわからないけど、僕も一緒に戦おう。