76話 手加減
「ふぅ、これ程の深傷を負ったのはいつ以来だろうな。勇者と戦ったのが最後か……」
繋がった腕を握っては開いてを繰り返し、動作確認をする魔族。
魔族が握っている漆黒の剣のおかげなのか、それとも元々そういう体質なのかはわからないが、戦況が振り出しに戻ったのは事実だ。
「次からは斬り落とした部位は細かく斬り刻んだほうがよさそうですね」
「それでも治る可能性もあるわよ。後は首を斬り落とすか、全身をバラバラに斬るかだけど…………」
「あの強度ではそれも難しそうですね」
「ええ。やっかいだわ、本当に」
リファネルとレイフェルト、二人が面倒臭そうな顔で魔族を見据える。
「おい小娘ども!! この剣を出したからにはもう手加減はできん。本気も本気、全力で行かせてもらう。せめて少しは楽しませてみせろ」
そこそこの距離をとってるにも関わらず、魔族の声は大きくはっきりと聞こえた。
「……手加減?」
その言葉に真っ先に反応を示したのはリファネルだった。
「ああ、俺みたいに長生きしてるとな、お前らみたいな強い奴にもそこそこ出会うんだよ。だがなぁ……この剣を使うと、大抵の奴はすぐ死んじまう。だからなるべく使わないようにしてたんだよ、俺は強い奴との戦闘を楽しみてーんだ」
話しながら、二人の方へと近づいていく魔族。
「ふふ、ふふふふっ。レイフェルト、私達どうやら手加減してもらってたらしいですよ?」
「ええ聞いてたわよ。ま、さっきまで片腕斬り落とされてたやつが言っても響かないけれどね」
あくまで二人も余裕な態度を崩さない。
その間も魔族はゆっくりと近づいてくる。
そして一定の距離までくると、魔族がピタリと歩みを止めた。
「それとよ、さっき二対一ってのを気にしてたが、俺はまったく気にしてねぇから大丈夫だ。お前ら人間が何万と束になっても、俺と対等になるなんてことはねぇんだからな」
「そうですか……では、私も少し本気を出させてもらいます」
「ガハハッ、強がりはよせ。どうせすぐばれるぞ?」
リファネルの言葉を鼻で笑う魔族。
「ふふ、強がりなどではありません。戦いを楽しむなんて言ってましたが、油断しないことです。気を抜けば…………すぐに死んでしまいますよ?」
「…………ッ!?」
剣を構えたリファネルの殺気に、一歩後ずさる魔族。
さっきまでと同じように剣を構えただけ。
それだけなのに、リファネルの周囲の空気が一変した。
「あらら? 腰が引けてるわよ、あなた」
魔族はレイフェルトに言われるまで、自分が後ずさっていたことに気づいていなかった。
そう、無意識のうちに引いていたのだ。
自分より十分の一程の大きさしかない、人間相手に。
「ガハッ、どうやら本気を出すっていうのも単なる強がりじゃなさそうだな」
「それは自分で確めてみるといいです」
「その頃には、あなたはこの世にいないかもしれないけどね」
「ったくよぉ、どこまで俺を楽しませてくれるんだ、お前たちは!! 稀に人間にもこういうのがいるからたまんねぇんだっ!!」
動き出したのは三人ほぼ同時だった。
魔族の持つ漆黒の剣と、レイフェルト、リファネルの剣が交わった。
※
「ねぇルシアナ、姉さん達大丈夫だよね? だいぶ苦戦してるように見えるんだけど」
僕はルシアナの魔術に守られながら、魔族と姉さん達の戦闘を見ていた。
戦いが始まってそこそこの時間が経っている。
攻防が速すぎて何が起こってるかはいまいちわからないけれど、魔族が健在なのはわかる。
苦戦は言い過ぎかもしれないけど、今まで姉さん達とこれだけ長い間戦い続けた敵がいただろうか?
それもリファネル姉さんとレイフェルト姉、二人で戦ってるのに。
「ん~、確かに結構苦戦してますね。お姉様達もそこそこ本気を出してるようですが、なかなか倒せませんね。私の魔術も防いでましたし、相当強いですわ、あの魔族」
「姉さん達、勝てるよね?」
ナタリア王女に自信満々で、姉さん達は負けませんなんて言ったけど、少しだけ不安になってくる。
「今の所は問題ないと思います」
ルシアナにしては、少し引っかかる言い方のような。
「今の所って?」
「いえ、魔族が今手にしてる剣ですが、どういう訳かあれを持った瞬間、斬られた腕が繋がり、身体能力も上がったように思います。他にも何か隠してる可能性もあるかもですわ」
あの黒い剣か……何か特殊な武器なんだろうか。
どうしよう、他にも何か隠してたとしたら、姉さん達が危ないんじゃ…………
「まぁ、多分大丈夫ですわ。お姉様達が負ける所なんて想像できませんもの」
それは確かにそうだけど。
もしものことを考えると怖い。
「……ルシアナ、姉さん達に加勢してあげてよ」
「それは駄目ですわ。私にはお兄様を守るという、命よりも大事な使命があるのですから」
やっぱり駄目か、わかってたけどね。
でも今回は簡単に引き下がるわけにはいかないんだ。
「僕はゼル王国に避難してるから大丈夫だよ。だからお願いだよルシアナ、姉さん達を助けてよ」
「ですが、私はお兄様を守るという使命が……」
「僕なら大丈夫だよ。もう魔物はいない筈だし。お願いだよルシアナ」
ルシアナの小さな手を握り、頼む。
「もう狡いですわお兄様。私がお兄様のお願いを断れるわけないです」
「ありがとう。本当は僕が何とか出来たらいいんだけど。頼りない兄でごめんね」
姉さん達が戦ってるこんな状況でも僕は何もできない。
一人でも大丈夫って所を見せる為に依頼を受けたのに、結局何もできない。
本当に自分の弱さが嫌になる。
「そんなこと言わないでください。私はどんなお兄様でも大好きです。愛してますわ」
「……ありがと、ルシアナ。でも無理はしないでね」
「私が行くからにはすぐに終わらせてきますわ。早くシルベストに戻って、お兄様に…………」
ルシアナが僕の唇に視線を向け、「キャッ」とか言いながら顔を赤くしてる。
手を強く握った後で、僕はゼル王国へと走った。
キス………………何とか上手く誤魔化せないかなぁ……。