74話 撤退
「怯むなっ!! 攻撃を続けろッッ!!」
ザナトスの指揮の元、魔族への特攻を続ける騎士団だが、そんなのお構いなしとばかりに、歩みを止めぬ屈強で強大な魔族。
「き、騎士団長……これ以上は無理です。一度撤退することも視野に入れるべきではないかと……」
「撤退だと!? そんなことが我々に許されるわけないだろ。後ろを見ろ!! こんな怪物が王国へ入ってみろ、国は終わりだ!! お前も大事な者の一人や二人はいるだろう、こいつは我々がなんとしてでもここで食い止めねばならん!!」
団員の弱気な発言に、ザナトスが声を尖らす。
だが騎士団が弱気になるのも無理はなかった。
魔族を止めようと数百人でかかっても、一瞬とも言える間に皆命を散らしていくのだ。
もうその攻防が何回も繰り返されていた。
いくら数がいても、このままではいずれ…………
「くッ…………」
食い止めねばとは言ったものの、それを口にしたザナトスも考えがあるわけではなかった。
次々と死んでいく部下の悲鳴を聞きながら、何とか打開策を思考するがそんものは浮かんではこなかった。
数で押しても、大規模魔術を放っても効かない。
もうお手上げ状態だった。
そんな時だった。
「騎士団を退かせなさい、無駄死にするだけです」
先程ドラゴンを軽々と屠った女剣士、リファネルの声が響いた。
横にはレイフェルトも立っている。
「……それは出来ない、私達も共に戦おう」
他国の人間に全てを任せ、自国の騎士団が引き下がる等できる筈がない。
ザナトスは共闘を提案する。
「これだけ簡単に何百という人間が死んでるのよ? これ以上は意味がないってわかるでしょ?」
レイフェルトが呆れ混じりに言う。
「しかし、この国を守るのが我々の務め。その全てを君達に任せるなど、到底できる訳がない」
この二人ならばとザナトスも思ったが、流石に二人だけを残し、自分達だけが引くという選択肢はなかった。
「――――――何だッッ!?」
ザナトスがレイフェルトと言葉を交わしてる僅かな間に、魔族を囲む騎士団の方から戸惑いにも似た何とも言えない声がどよめいた。
「あれでもまだ一緒に戦うっていうのかしら?」
「……信じられん」
そこには片膝を地面についた魔族の姿があり、その眼前には先程まで自分と会話していた筈のリファネルがいた。
リファネルの剣戟を腕で受け止めたのか、少量ではあるがその腕からは血が流れていた。
「わかった。兵を退かせよう」
「それが正解よ」
数百人がかりの攻撃でもビクともしなかった不動の巨体が揺らぎ、僅かとはいえ傷を負わせた。
そんなリファネルを見て、ザナトスは撤退を決めた。
気付いてしまったのだ。
レイフェルトの言うとおり、戦いの邪魔にしかならないと。
「すまない。我々では力不足のようだ、武運を祈る」
二人の女剣士に戦いを任せ、ザナトスの指示で退いていく騎士団と冒険者達。
「騎士団の方々が戻ってきます」
レイフェルトとリファネルの後方で、ルシアナに守られながら戦闘をみていたラナが口を開く。
今まで魔族を食い止めていた騎士団達が此方に向かって走ってくる。
何が起こったか理解が及ばぬまま、ナタリアは茫然としていた。
余りにも簡単に自国の兵達が死んでいく状況に、思考が停止していた。
「ナタリア王女、こちらに。一度撤退します。ラナ様も早く」
「しかし、まだ魔族が…………」
戻ってきたザナトスが王女を避難させるべく声をかける。
「申し訳ありません王女。我々では力及ばず…………とにかくここは危険です、一度王国内へ」
「ですが……」
ナタリアもここで引く事がどんな事態を招くかを理解していた。
ここであの魔族を確実に仕留めなければ、一体何人の民が死ぬか。
いや、それどころか国の存続事態が危ういかもしれない。
「大丈夫ですよ、王女様」
「ラゼル様?」
「姉さん達は負けません、絶対に」
王女を納得させるためにその場しのぎで言った訳ではなく、ラゼルはリファネルやレイフェルトに絶対の信頼をおいていた。
昔から今に至るまで、あの二人が負けるような姿は見たことがなかった。
ドラゴンすら一太刀で屠ってみせた。
ここまでくると、姉達が負けることを想像する事の方が難しい。
「そうですよナタリア、ラゼル様のパーティはシルベスト王国でも魔族を撃退してるんです。その強さは私が保証します」
「…………わかりました。退きましょう」
古い付き合いで、もはや親友とすら呼べる間柄のラナが言う事なので、ナタリアは素直に信じた。
「ラゼル様もこちらに」
「僕は大丈夫だから、ラナは王女様と避難して」
「…………わかりました。ですが、絶対無事で帰って来て下さいね」
最後までラゼルの背を心配そうに見つめながら、ラナ達は王国内へと避難していく。
※
「おぉ~、痛てぇ痛てぇ。なんて剣速と威力だ。思わず本気で防御に徹しちまったぜ」
騎士団達が退き、先程よりも静かになった戦場で魔族が口を開いた。
「腕を斬り落とすつもりで斬ったのですが…………随分硬い体ですね」
「ガハハッ!! 残念ながら力が足んなかったようだな、だが俺に膝をつかせたんだ未来永劫誇っていいぜ」
「そうですか、なら次こそは斬り落としてあげましょう」
再び攻撃に転じようと、リファネルが剣を握る手に力を込める。
「いいなお前、他の雑魚共とは強さの次元が違う。これは想像以上に楽しめそうで嬉しいぜ」
「ちょっと、なに一対一で戦う雰囲気になってんのよ!? 私もいるの忘れてないかしら?」
すっかりリファネルの事しか眼中にない魔族に、レイフェルトが不満を溢す。
「ガハハッ、俺はまとめてかかってきても構わないぜ!! 結果はかわらん」
「私達嘗められてないかしら? せっかくいいって言ってるし、二人でいくわよ。早くお風呂に入って汚れを落としたいのよ私は」
「そうですね。早くシルベスト王国に戻って、ラゼルにキスしてもらわないといけませんし」
リファネルとレイフェルトがほぼ同時に地面を蹴り、左右から魔族へと斬りかかった。




