72話 地中から
「何だ、アレは!? 魔術部隊か?」
「いえ、我々は何もしていません。それに、もうあのような大規模魔術を放つ余裕はありません」
突然現れた超質量のルシアナの魔術に、ザナトスさんが魔術師達を見る。
本来ならば、この規模の魔術は数百人がかりで行うものだ。
というより、それくらいの人数が居なければできない。
魔力が足りないからだ。
けれどルシアナは、涼しげな顔で魔術を発動させている。
生まれもった膨大な魔力量が成せる、力業だ。
そして、その魔術を跳ね返さんばかりの勢いで雄叫びを上げ続ける、謎の生命体。
いや、ここまで来たらもうその正体は想像がつくけど。
「大丈夫、ルシアナ?」
敵は想像を越えていて、ルシアナの魔術を耐え続ける。
ルシアナの魔力量が多いといっても、無限にあるわけじゃない。
使い続ければ、魔力切れを起こしてしまう。
巨大な魔術を発動させ続けるルシアナが心配になり、声をかける。
「ええ、大丈夫は大丈夫なんですが。正直、少し……いいえ、かなり驚いてますわ」
「本当、なんなのかしらね。あいつは」
レイフェルト姉も、相手がルシアナの魔術を耐えてる事が理解できないようだ。
「まぁ、人間でも魔物でもないとするなら、必然と答えは出てますがね」
「……魔族」
リファネル姉さんの言葉に対し、僕はさっきから思ってた言葉がポロリと口から溢れた。
「その可能性が高いですね。しかも底知れない力を感じます。シルベストを襲った魔族と同等か、それ以上かもしれません」
再生のリバーズル…………魔族の幹部で、どんな攻撃を受けても直ぐに炎とともに再生した強敵。
斬っても斬っても再生する相手に、姉さん達も苦戦してたっけ。
姉さんにあいつと同じか、それ以上に強いと言わせる程の敵…………
「まったくもぅ! こんな時になんで勇者パーティはいないのよ! 魔族を倒すのはあいつらの仕事でしょ」
確かにレイフェルト姉の言うとおり何だけど、シルベストでの戦いではヘリオスさんとハナさんは魔族にやられてた。
今回も同じくらい強い相手なら、あまり期待はできなかっただろう。
せめて、ファルメイアさんが居てくれたらよかったけど。
「勇者パーティが居ようが居まいが、大した問題ではありませんわ。
そろそろ疲れてきたので、少し本気を出して終わらせます」
今までのが本気じゃなかった事に驚きだよ、僕は…………
「『圧潰地獄』」
ルシアナが魔術名のようなものを口にした瞬間、魔術を耐える敵の上空にまたも、巨大な足が出現した。
それも二本。
新たに現れた足は、敵に追い討ちをかける様に、左右から全てを押し潰さんと迫る。
一本でも何とか堪えてる状態だったのに、それが計三本になったのだ。
ズーーーーーーーーーーーーーンッ!!
立っているのもやっとの揺れが、周囲に広がった。
ルシアナの魔術が消え、そこには大量の魔石が転がっていた。
殆んどの魔物は、ルシアナの魔術で倒せたようだ。
だけど空を飛んでいたドラゴンは何体か魔術を逃れたようで、此方に向かってくる。
そして依然、白いドラゴンは姿を見せない。
騎士団や冒険者の人達は、何が起こったのかわからずに混乱していたけど、向かってくるドラゴンを見て、すぐに我にかえったようだ。
ドラゴンを迎え撃とうと、剣と盾を構える。
「レイフェルト姉、リファネル姉さん!!」
「ええ、わかってますよ」
「私もラゼルにいいとこ見せないとね」
Sランクのドラゴンが複数。
此方もかなりの人数いるから大丈夫かもしれないけど、被害を少しでも減らす為に、僕は姉さん達に声をかけた。
姉さん達は僕の意図を汲んでくれて、すぐにドラゴンの元へと向かっていった。
「お疲れ様、ルシアナ」
「お兄様、私頑張りましたわ」
「そうだね。ルシアナが居なかったら大変だったよ、本当にお疲れ様」
僕は妹の頭を撫でながら、労いの言葉をかけた。
「ふふふ、シルベストに戻ったらキスですよ? 忘れないでくださいね、お兄様」
「…………うん」
ああぁ~、シルベストに帰るのが恐いよぉ……
何で僕は姉と妹にキスしなければならないんだろう……
「「す、すげぇ」」
ドラゴンがいた方から歓声が聞こえてきた。
どうやら姉さん達が、ドラゴンを瞬殺したようだ。
「さぁ、蜥蜴退治は終わりました。早く帰りましょう」
「結構汚れちゃったし、帰ってお風呂に入りたいわ」
すぐさま姉さん達が、僕の所へ戻ってきた。
「先ほどの魔術は君達が?」
戻ってきた姉さん達の後ろには、ザナトスさんがいた。
「達っていうか……この子、ルシアナの魔術です」
僕はルシアナの頭にポンと手を乗せながら答える。
「あれを一人で!?? ドラゴンを速攻で斬り伏せたそこの二人といい……凄まじいな、君達は」
素直に驚いてる感じのザナトスさん。
うん……普通は驚くよね。
姉さん達の強さってちょっとおかしいもんね………
「ラゼル様、それに皆さんお疲れ様です」
後方に下がっていたラナと、ナタリア王女がきた。
「ラナ、怪我とかなかった?」
「はい。皆さんのおかげです」
「ならよかった。女の子なんだし、顔に怪我とかしたら大変だしね」
「もしそうなったら、ラゼル様がお嫁にもらってくださいね」
「ハハハ、僕でよければね」
驚いた、ラナも冗談なんて言うんだね。
「「「「「えっ!!??」」」」」
「え、どうしたの?」
ザナトスさんとナタリア王女以外の皆が、僕を見てる。
姉さん達とルシアナは、何故か冷たい目で僕を見つめ、ラナは何故かわからないけど、顔が赤い。
と、その前にナタリア王女に聞かないと行けない事があったんだ。
「王女様、白いドラゴンはどうなりましたか?」
全部終わったみたいな空気になってるけど、まだ白いドラゴンが残ってるんだよね。
「えっ!? 先ほどの魔術の後から見えなくなったので、既に倒したのかと思ってたのですが」
あれ? 僕が気付いてないだけで、ルシアナの魔術で一緒に潰れたのか?
「う、うわぁーーーっっ!! 助けてくれっ!!」
騎士団員の悲痛な叫び声が響いた。
まだ魔物の生き残りがいたのかと思い、剣を構える。
が、そこにいたのは魔物ではなく。
「腕!?」
地面から突き出た、赤紫色の太い腕。
その腕は大きく、騎士団員を一度に三人、握り潰した。
握り絞められた拳からは、潰れて絶命したであろう、騎士団員の真っ赤な血が滴っていた。
「ふぅ~……とんでもねぇ魔術だなおい!! 危うく死ぬとこだったぞ!!」
地面から発せられた、野太い声。
次第に土がモコモコとせり上がり、地中から巨大な魔族が這い出てきた。
あれだけの威力の魔術を食らってまだ生きてるなんて…………この魔族、おかしくないか?